第14話 訃報


 部屋で読書をしていると母ソフィアが慌ただしくやって来て、王弟ドミンゴの訃報を知らせた。


「ハンズベルク公が? 亡くなられたのですか?」

「ええ。突然のことで皆驚いているわ。誕生日の宴ではお元気そうだったのに……」


 ドミンゴは病で亡くなったという。ソフィアはショックを隠せず頭を抱えていた。


「先ほどお父様から連絡が来て近日中に葬儀が執り行われるわ。あなたも王太子の婚約者として参列なさい」


 慌てて本を閉じ了承した。


「王妃に続き義弟君まで亡くされるなんて、陛下はさぞ悲しまれておいででしょうね」


 母はナナリーと共に忙しそうに部屋を出て行った。

 ドミンゴは先王の第二夫人のご子息で、国王とは腹違いの兄弟になる。

 王太子であるルイスが誕生した際に王籍を外され、ハンズベルク公爵位を賜った。

 婚約発表の席で一度お会いしたが、その時は年齢の割に若く元気そうだったが、どこか患っていたのだろうか……。

 ベッドから降りて窓辺に近づくと、床に膝をつき若くして亡くなられた王弟に祈りを捧げた。

 窓から見える王城を眺め、また無理をしてはいないかとルイスのことを想った。



  ***



 王弟ドミンゴの葬儀は、王籍を外れているので国葬ではなくハンズベルク公爵家で執り行うこととなった。

 王家からはルイスが代表して参列していた。

 度重なる王族の訃報に国民は悲しみに暮れた。


 大聖堂で両親と共に席につく。護衛騎士と共にルイスが入場した。王子の到着と共に一同立ち上がり貴族の礼をとる。

 真っ直ぐに進んでいたルイスが、リディアナの側で足を止めた。周りは深く腰を下ろしているので気付く者はいない。


「体はもう大丈夫か?」


 リディアナにだけ聞こえる声で訊ねる。

 顔を上げると久しぶりに紫紺色の瞳と目が合った。


「……」


 真っ直ぐこちらの様子を窺うルイスは、憔悴し疲れているようだ。

 また自分を追い詰めているのではないか。王妃が亡くなった時のように、無理をしていないかと心配になった。

 先日痺れ薬を盛られたをすっかり忘れていたリディアナは、ルイスを心配する気持ちが先行して返答につまってしまった。


「……すまない」

「あ――」


 返事を待たずすぐに行ってしまう。

 黙っていたことでルイスにあらぬ誤解をさせてしまった。

 そうではないのにーー。

 葬儀の最中に追いかけるわけにもいかず、歯痒い気持ちのまま始まりの鐘が鳴った。


 その後もルイスと話す機会はなく、人混みの多さで身動きさえままならなかった。

 葬儀は滞りなく行われ、参列者の帰路に大聖堂の前は馬車が連なっていた。

 両親は先に馬車に乗り、リディアナは警備の観点から人が少なくなってからナナリーと別の馬車に乗り込む予定である。

 教会の長椅子で待っていると、レイニーに声をかけられた。


「リディアナ」

「レイニー! 久しぶり!」


 手紙でやり取りはしていたが、一年ぶりに会う友人に喜びで声が弾む。葬儀の場で不謹慎だったと慌てて声を落とした。


「暫く見ない間に綺麗になったね。僕が知るリディアナじゃないみたいだ」

「あなたこそ背が伸びたんじゃない? 元気だった?」


 レイニーは肩を竦めるにとどめた。目の下には隈があり、疲れが見て取れた。


「今日はありがとう」


 お礼を言われて首を傾げてしまう。思い当たる節はなかった。


「ハンズベルク公爵夫人は僕の叔母でドミンゴ様は伯父にあたるんだ。親族席に参列していたんだけど、気付かなかった?」

「ご、ごめんなさい」

「ちなみに妹も婚約者候補で王城に上がっていたのだけど、それも知らなかった?」

「え! 私ったら失礼を……」


 レイニーは笑っていたがリディアナは頭を下げて謝った。

 レイニーは家の話を一切しなかったので、王弟と縁戚関係にあるのも妹がいたのも初耳だった。もちろん相手が言わずとも把握しておくのが社交のマナーだ。

 興味がないものには極端に知識が乏しいリディアナの欠点が露呈した。


「妹は気が強くて逆に君にひどいことをしなかったか心配していたんだ」


 候補者との衝突を思い出してギクッとしたが、そもそもどの子が妹かも分からない……、とは言えなかった。


「気が強いなんて信じられないわ。お兄様はこんなに優しくて穏やかな性格の人なのに」

「レディ。僕を買い被り過ぎですよ」

「そう? 私はレーニ―みたいなお兄様が欲しかったわ」


 リディアナが困っていると手を差し伸べて、喧嘩ばかりのアルバートとの間を取り持って三人をまとめてくれている。

 破天荒なリディアナと自由人のアルバートを優しく見守る陽だまりのような人。


「それは意外だな。僕が兄ならアルバートは?」

「アルは百歩譲って弟かしら」

「てことは僕の弟? アルバートが弟は嫌だなあ」


 リディアナは思わず吹き出してしまう。

 年齢的にはアルバートもレイニーもリディアナより上なのに、二人は年齢関係なく今も昔もリディアナの友達だった。


「時間ある? 久々にゆっくり話したいんだけど」


 嬉しい申し出に二つ返事で了承しそうになるが、背後に控える護衛の咳払いで我に返る。


「ごめんなさい。今までみたいに二人で出歩くことはできないの」


 残念で申し訳なく肩を落とした。


「……殿下の婚約者だもんね」

「ええ。私みたいなのがって信じられないでしょう? アルにも言われたわ」

「思わないよ」


 口を尖らせていじけると、レイニーが優しく頭をなでてくれた。


「君は魅力的な女の子だよ。候補として王城へ上がったと聞いた時から、こうなる気がしてた」

「それは過大評価よ」


 相変わらずの気障な台詞に顔が赤くなってしまう。


「無理をしていないかだけ心配だった。僕は君が幸せならそれで良いんだけど……。だけど気をつけて」

「?」


 突然腕を掴まれ強引に引き寄せられた。


「リディアナ様!」


 護衛とナナリーの焦り声を遠くに、拍子でよろけてしまったリディアナをレイニーは胸に抱きとめ、耳元で囁いた。


「ドミンゴは毒殺されたんだ」


「何をしている!?」


 教会の入り口から怒声が響き、リディアナは驚いて振り返る。

 人が引いた教会でルイスが早足に向かって来るところだ。同時に騎士が割り込みレイニーから引き離される。


「待ってなんでもないからーー」


 護衛からレイニーを助けようとするが、今度はルイスに腕を引っ張られて背中越しに抱きとめられた。

 驚いて振り仰ぐと片を掴まれて横顔がルイスの胸板に当たり香水の香りが鼻腔をくすぐる。


「――っ」

 

 広く硬い胸板に手を添えてしまった。

 ルイスの腕はリディアナを隠すように肩に回り、顔を上げることも突っぱねることもできず心臓だけが自由に飛び跳ねていた。

 当のルイスはレイニーを睨んでいた。


「私の婚約者に何をしたレイニー=ドゥナベルト」

「ルイス殿下にご挨拶申し上げます。婚約者様に触れてしまい、申し訳ございません。リディアナ様が転びそうになったので咄嗟に支えました」


 真っ赤な顔のリディアナは、ルイスの腕の中で肯定の意味で首を縦に何度も振った。


「……」

「リディアナ様とは昔からの友人です。婚約のお祝いを申し上げておりました。殿下をお待たせていたとは気づかず呼び止めてしまい申し訳ございません。改めて、ご婚約おめでとうございます。殿下、リディアナ様」


 恭しくお辞儀をしたレイニーは、少しさびしそうな顔をみせて踵を返した。


「あ」


 何か言わねばと思った。ルイスから離れ、その背に思わず声をかけた。


「あの……私、自分の意思で決めたことだから、心配しないで」


 決して無理をしているのではない。大丈夫だと伝える。

 背中を向けたままレイニーは頷いて去っていった。


「……護衛を待たせるな。早く戻るんだ」

 

 ルイスの言葉に慌てて振り返るが、彼はもう背を向けて教会の中へと消えてしまった。


「……私の馬鹿」


 せっかく会えたというのにほとんど話せなかった。

 護衛に誘導されて馬車に乗り込む。

 走り出す馬車の中で呑み込んだ不安をここにはいないルイスに投げかけた。

 ご飯はちゃんと食べていますか?

 無理はしていませんか?

 ドミンゴ様が毒殺されたというのは、本当ですか?


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