第13話 二つ目の事件


 王太子との婚約により王族と縁戚を結ぶエルドラント侯爵家には、多くの招待状が届いていた。

 今や時の人となったリディアナの参加を是非にという手紙が殆どで、将来の王妃が参加するだけで家格に箔がつくのだった。

 家格が上の家からの招待を断るわけにはいかず、厳選した何件かの宴に参加することにした。


 リディアナは父と共にカルヴァン伯爵の舞踏会に出席していた。

 カルヴァン伯爵家は、王国創設時からの歴史ある由緒正しき家柄である。

 夫妻は社交界に多くの人脈を持ち、招待客の質も高い。リディアナにとっていい顔合わせの機会だと参加が決まった。


 父と共に玄関ホールに到着するとカルヴァン夫妻が出迎えてくれた。

 夫妻はリディアナの出席を喜び、早速招待客に紹介してくれた。

 上から下までを値踏みするような目にはもう慣れた。

 社交の正解は未だ分からないが、必要以上に口を開かず微笑んでやり過ごせば、その場でトラブルに発展することはない。

 カルヴァン婦人の助力もあって有意義な時間を過ごせた。


 一通りの挨拶を済ませたリディアナは、年の近い令嬢達に囲まれていた。

 面白いことに今までリディアナを毛嫌いしてきた令嬢まで掌を返して媚を売り、ご機嫌取りに必死だった。


「誤解があったようですけどリディアナ様が寛大な心の持ち主でよかったですわ」

「私達、今後はいい関係を築けていけると思いますの」

「……ええ」


 出かかった辛辣な言葉を飲み込む。水に流すつもりはないがその場は笑顔を貼り付けて会話を続けてあげた。


「リディアナ様、お久しゅうございます」


 後ろから声がかかり振り向くと、サラとアルバートが挨拶に来てくれた。


「こんばんは。サラーシャ様にアル、バート様」


 リディアナの挨拶に眉間を寄せたアルバートだったが、すぐに笑顔を向けて返した。


「殿下とのご婚約おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 サラとリディアナが親しい仲だと皆が知っていたので、周囲は気を利かせて三人だけにしてくれた。


「……いやぁまさか君のような自由を愛する人が、王家と婚約を交わすとは……耳を疑いましたよ。殿下も随分変わったご趣味で……あっと失礼」


 意地の悪い笑顔を向けるアルバートに、リディアナも扇で口元を隠して笑顔で答えた。


「いーえ。いーえ。私自身が一番驚いておりますもの、ほほほ。アル、バート様もいつまでも自由を満喫なさらずに、街で遊んでばかりおらずに、同時に複数の恋人を持たずに、そろそろ良いお方を見つけになったらいかがですかぁ?」


 段々と二人の雲行きが怪しくなっていった。


「ははは。リディアナ様、こんなところで冗談が過ぎますよ。マジで」

「ふふふ。アル、バート様も、ルイス様のご趣味はとーってもよくってよ」

「アル、バートじゃなくてアルバートだ。そこで間を空けるな」


 睨み合ってヒートアップしていく二人。


「二人ともお顔がとっても怖いわ。話の内容を聞かれる前にそろそろお止めになって」


 サラの忠告で笑顔をはりつけたままの二人は小声の喧嘩を止めた。


「お兄様、リディアナはもう殿下の婚約者なのよ。あまり馴れ馴れしくなさっては駄目」


 小さなサラが図体の大きいアルバートを叱る。

 ルイスの事はもう忘れたのだろうか?

 いや、一生忘れられないと泣いたサラ。きっと無理をしているに違いなかった。

 軽い世間話を済ませると、サラは「またね」と笑顔で去っていった。

 リディアナと話したい貴族は大勢おり、サラは気をつかって席を譲った。それなのに。


「なんでまだいるのよ」


 隣に居座るアルバートを怪訝な顔で見上げる。


「随分厳重な警備だと思わないか? お前の後ろに張り付いている警護も城の騎士だろ」


 何かあったのかと勘繰るアルバート。


「王太子の婚約者に対する警護よ」


 リディアナが命を狙われているのを悟られないよう、素っ気なく答えてサラのところに戻るよう促した。

 警告の件は他言しないよう念押ししてカルヴァン家に伝えていた。

 カルヴァン伯爵は快く警備に協力してくれた。


 怪しむアルバートと別れ、再び参加者に囲まれる。

 何時間も笑顔を貼り付けて疲れた。

 人が途切れた所でこっそりバルコニーへと避難した。

 護衛も付いてきているのでリディアナは安心して冷たい風に当たっていた。


「まだ名前を覚えていないの?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、マリアーヌが両手にグラスを持ってバルコニーにやって来た。


「誰それ構わず『奥様』で乗り切るのは無理があるわよ。貴方が最後に奥様と言った方は未婚よ?」

「嘘!」


 どうりでひきつった顔をされたわけだ。

 焦るリディアナにマリアーヌは妖艶に微笑み、グラスを差し出した。


「貴族名鑑に目を通さないからよ。でもおてんば娘にしてはうまくやっているじゃない」


 マリアーヌの魅力を最大限に活かした光沢のあるワインレッドのドレスは、胸元を大胆に広げ大人びて見せた。

 差し出されたグラスを受け取る。

『おてんば娘』は聞き流してあげよう。


「マリアーヌ様はお変わりなくて?」

「やめてよ。今は二人きりなんだからその気持ち悪い笑顔をしまってちょうだい」

「……」


 そう言うと手摺に気だるげにもたれかかる。


「毒は入っていないわよ」


 ぶっきらぼうに言って自身の果実酒を一気に飲み干した。


「あなた、本当にマリアーヌ?」

「飲まなきゃやってられないのよ」


 思わず吹き出してしまう。


「汚いわね! なに笑ってるのよ」


 どうやらこちらが素のようだとリディアナは肩を震わせた。


「あなたから私に声をかけるなんて珍しいわね。私のこと嫌いでしょうに」

「ええ大嫌い」


 はっきりと言われたが、ここまでくると逆に清清しいと感じる。


「あなたが失敗するのを笑いに来たのに、しっかりやってるじゃない。あんなに嫌がっていたくせにどういう心境の変化?」

「……そうね。社交は好きになれないし人付き合いは苦手なままよ。ただ私が失敗をしたらルイス様が恥をかくでしょう? それは避けたいと思ったの」


 うまく説明できない感情だが、マリアーヌは「そう」と素っ気ない返事をして興が削がれたのか会場に戻ろうとした。

 思わず追いかけてその背を呼び止めた。


「マリアーヌ!」


 また大声で叫んでしまった。

 怪訝な表情で振り返ったマリアーヌだったが、招待客の視線が集まっているのに気づくと、やわらかい笑顔を繕って優雅にお辞儀をした。


「この度は御婚約おめでとうございます。妃となられましても友人として今まで通り仲良くいたしましょう。……どうか殿下とお幸せに」


 俯きながら悲し気な顔をしたマリアーヌ。しかしすぐに顔を上げ、笑顔で颯爽と去っていった。


「……」


 『今まで通り、あなたのことが嫌いよ』と言われている気がした。

 マリアーヌはリディアナが婚約者となっても態度を変えなかった。それが逆に小気味いい。

 表面上の挨拶だけでよかったはずなのに、声をかけてくれたマリアーヌに感謝した。

 二人の様子を見ていたサラが、心配して人混みの中を掻き分けてきた。


「大丈夫!? マリアーヌ様になにか言われた?」

「……なにも。サラこそ息を切らして大丈夫?」

「ええ。今度こそ、私がリディアナを守るんだからーー」


 らしくないサラの姿にかわいくて笑ってしまう。

 リディアナの横に給仕が盆に乗った飲み物を持ってきた。

 お酒が苦手なリディアナはやり過ごそうとしたが、先程マリアーヌがくれたものと同じ木苺のジュースが一つだけ盆に乗っているのを見て、口の中に残るスッキリとした感覚をまた味わいたくてグラスを受け取った。

 サラにも何か飲み物を、と頼もうとしたが給仕は忙しそうに行ってしまった。

 サラは人混みに酔ったのか、別の給仕から水をもらっていた。


「そういえばレイニーもご家族と来ていたわよ。お兄様ったら私をほったらかしてレイニーとどこかへ行ってしまったわ。挨拶していない?」

「ええ。レイニーが来ているなら私も会いたいわ」


 どうせ今頃アルバートに連れまわされて令嬢に声をかけているのだろう。

 容姿の整ったレイニーはモテるので、アルバートに餌にされていると本人から聞いたことがある。


「妹のルディア様もいたわ。私達と同じ婚約者候補だったのよね。レイニーは優しのにルディアは気が強くて私、少し苦手なの……、リディアナ?」


 リディアナは返事をすることが出来なかった。


「ーーっ」


 舌に違和感を覚え、サラの持っていた水を奪い取る。

 呆気にとられるサラを無視して口に含み、そのままグラスに吐き出した。

 リディアナの奇行にサラが固まる。

 ジュースを零さないよう両手に持ち、出口に向かって人気のない場所まで急いだ。

 ここにはいれない。怖いーー!


「リディアナ!」 

「リディアナ様!」


 異変に気づいたアルバートと警護に付いていた騎士が同時に来てくれた。会場を出て扉を閉めると、グラスを渡してよろめく。

 アルバートに支えられながら回らない舌を必死に動かして「毒、お、と」と伝えた。

『毒』、という単語に即座に反応したアルバートと護衛。


「すぐに水を! それとエルドラント侯爵を呼んで来い!」

「先程の給仕を追え! 屋敷の入り口を封鎖しろ!」

「リディアナ動けるか?」


 カルヴァン家の使用人に空き部屋へ案内させ、リディアナをベッドに寝かせる。


「う、あ……」


 言いたいことがたくさんあるのに舌がうまく回らない。

 ジュースを飲んだ瞬間、違和感に気づいた。

 即座に毒を盛られたのだと気付き、サラの水で口を濯いだ。

 一体何の毒を盛られたのか。少量でも致死量に達する毒だったなら……。恐怖で心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が溢れ出る。

 生存率を上げるためにも落ち着けと自分に言い聞かせた。脈を整えるため深くゆっくりと呼吸をする。

 使用人が水を持ってきたくれたので、桶に何度も口を濯いだ。ドレスが濡れるのも構わずに、最後は一気に水を飲み込んだ。

 一報を聞いた父トマスが慌てて姿を表す。

 リディアナの視界が安堵で歪む。

 トマスは蒼白な顔で診察をはじめた。


「うまく話せないんだな? 痺れるのは舌だけか? 手足や頭は? めまいや吐き気はないな。熱、脈……意識ははっきりしている」


 そしてリディアナが持ち帰った毒入りグラスを検分し、匂いや色を確認するとほっと息を吐きだした。

 心配そうに待つアルバートは唇をきつく結び、腕を組んで落ち着きなく二人の様子を窺っていた。


「他に痛むところは? うん。口に含めただけで飲み込まなかったのだな。すぐに口をゆすいだのか。……ああ、よくやった」


 動かない舌の変わりに身振りで答え、父は的確にリディアナを診察した。


「大丈夫。これは命に関わる毒ではない」


 トマスの診断結果

に全員の緊張が解け、安堵の表情を浮かべた。

 リディアナは一息つきベッドの上で神に感謝し祈るように目を閉じた。

 ドアが開く音にはっと目を開ける。

 アルバートが部屋を出て行こうとしたので慌てて呼び止めた。


「待っ、毒、なかから」


 振り返ったアルバートは怒りと安堵が入り混じった複雑な顔をしていた。彼がこれから会場に戻り、後始末をしようとしているのは分かっていた。だからリディアナの考えを伝えておきたかった。


「国が、落ち落ち着……ら、騒……いで」


 まだうまく舌が回らない。

 この国の王妃が毒を盛られて殺害されたのはまだ記憶に新しい。ようやくルイスの力で国内が安定してきたところに、今度は婚約者が毒を盛られたとなれば悲しい記憶が呼び戻され再び混乱に陥りかねない。


「お前はそれでいいのか?」

「いい」


 意図を理解したアルバートはリディアナに念を押して確認した。

 間違っているかもしれない。それでもルイスに必要以上の苦労をさせたくない。


「わかった。後は任せて、寝てろ!」


 最後だけ怒鳴りつけるように叫んだアルバート。

 むっとするが分かったと言って出て行ったのだから、後は任せて大丈夫だろう。


「随分と親密だな」


 トマスがぼそりと零す。

 まさかアルバートとの仲を疑われてはないよね?

 後で怒られるのを覚悟で仲良くなった経緯を説明して誤解を解いておこうと心に誓った。


「お前を失わずに済んで本当によかった」


 トマスはリディアナの髪をなで、胸元に抱きしめて無事を喜んだ。

 冷静そうに見えた父の胸の鼓動は早く、体はひんやりとしている。

 安心させるように抱きしめ返した。

 リディアナの舌も徐々に回復していく。そこへカルヴァン伯爵が慌ててやって来た。

 真っ青な顔のカルヴァンは、リディアナの護衛騎士と共に部屋に入ってきた。


「ランズベルト公子から話は聞きました。申し訳ございません」


 ホストであるカルヴァン伯爵は、王太子の婚約者を危険に晒した責任を痛感し、神妙な面持ちで謝罪した。

 深く腰を折るカルヴァンに顔を上げるよう言い、大丈夫だと伝えた。それよりも逃げた犯人の行方が気になった。


「給仕の男はまだ見つかっておりません。伯爵家の使用人全員の所在が確認できたので外部から侵入した者と思われます」

「皇室から事前に厳重な警備をするよう伝えられておりましたので、使用人は全て厳選し身辺調査も済ませております。男の特徴を伺いましたがうちで雇った記録はありません」

「厳重な警備の中で侵入したとなれば屋敷の誰かが手引きしたか、ゲストに紛れて入ってきたか……どちらにしても招待客全員の身体検査をする必要がありそうです」


 護衛騎士の言葉に顔を更に青くしたカルヴァン。

 王太子の婚約者を危険に晒したとなれば伯爵家の名に傷が付く。更に招待客を犯人扱いして取り調べれば、社交界での地位は保てなくなるだろう。

 そこへタイミングよくアルバートが戻ってきた。


「会場は少し騒ぎになっていましたが、カルヴァン夫人がリディアナの体調不良としておさめてくれめした。使用人達にも普段どおり動くよう命じています。引き続き屋敷内を捜索させていますが、おそらく逃げたでしょうね。この様子じゃ」

「アルありがとう。あの、身体検査はしなくて、結構です。騒ぎ立てるのは、私の望むところではありません」


 舌も治ってきたし他に痛いところもない。父は命を奪う毒ではないと断言した。


「し、しかし……」


 賛成しかねる護衛にアルバートも援護する。


「証拠なら逃げた犯人が持ち帰っただろうし、手引きした者がいたとしても犯人につながる手がかりを持ち歩いているとは考えにくい。なんの成果もなければ貴族を犯人扱いするほうがリスクが大きい。リディアナも無事ですし、騒ぎ立てず早めにお開きしてもらいましょう」

「あ、ああ。手配しよう」


 カルヴァンが明らかに喜んで頷いた。


「なるべく時間差でゆっくり招待客を帰してください。身体検査はしませんが怪しい者や挙動不審な者がいないか確認します」


 アルバートのてきぱきとした指示に皆が頷く。

 隣でトマスが、「父親そっくりだな」と呟いたのはリディアナにしか聞こえなかった。

 カルヴァン達が出ていき、部屋にはトマスとリディアナとアルバートが残った。

 アルバートは何か考え事をしているのか難しい顔をしていた。


「アル?」


 直ぐに顔を上げて、「何でもない」と答える。何か引っ掛かることでもあったのだろうか。


「挨拶が遅れました」


 アルバートはトマスに向き直って二人は今更ながら簡単な挨拶を交わした。

 トマスは数日前に、エルドラント家に投函されたリディアナの命が狙われているという警告文の話をした。


「それでこの警備の数ですか。それなら毒は? 本当に命に関わる毒ではないのですね?」

「ああ。持ち帰り詳しく調べるが、特徴的な臭いと症状からトリス系の痺れ薬を盛られたと思う。どちらも致死性のない有毒植物だ。症状は痺れ、眩暈などで数日で毒素は体から抜ける。後遺症も残らない」


 リディアナが舌で違和感を覚えて飲み込まなかったお陰で、症状は全身に回らず軽く済んだ。含んだ後もすぐに口をゆすいだことで体内に入ることもなかった。

 完璧な応急処置だったとトマスが誇らしげにリディアナを見つめた。

 父の医学書を読んでいたおかげもあるが、ルイスからの手紙に書かれた注意書きを実行していたおかげでもあった。


「嫌がらせが濃厚ですね」

「あ! サラに何も言わずに出てきたの。大丈夫かしら」


 すっかり忘れていた。サラの水を奪い目の前で吐き出したのだ。


「俺が戻ると泣きながら来たから面倒で別室で待機させてる。……俺もすっかり忘れてた」


 何も知らないサラは今も一人、心細くしていることだろう。


「カルヴァン殿にはゆっくり休んでいくよう言われたが、体が動くなら屋敷に戻ったほうが安全だろう」


 リディアナはトマスの手を借りて起き上がった。


「でしたら我が家の馬車でお送りします。皇室からの護衛を残していきますし、分散された警備の中で、エルドラント家の紋章付きの馬車に乗るよりか安全です」


 リディアナたちはアルバートの提案を受けることにした。

 トマスは王城の研究室から痺れ薬の特効薬を調合してから帰ると言って、アルバートと護衛にリディアナを託した。

 呼び戻されたサラと三人、ランズベルト家の馬車に乗り込んだ。



   ***



「サラしっかりして!」


 帰りの馬車では事情を聞いたサラが、青ざめて卒倒しかける。


「そんな、命を狙われていたなんて――」


 サラはリディアナを心配して涙を零していた。ハンカチを差し出し震える肩を慰めるようにさすってやる。


「まぁ普通なら恐怖に震えて泣くよな。おいサラ、お前が慰められてどうする」

「普通の女の子じゃなくて悪かったわね」


 アルバートは肩を上げて可笑しそうにし、サラは注意されると背筋を伸ばし涙をぬぐった。


「お兄様の言う通りだわ。恐怖に震えているのはあなたの方よね」


 アルバートが我慢できずに吹き出した。それを一睨みで黙らせると、アルバートは両手を挙げて謝った。

 サラはマリアーヌが怪しいとかランズベルト家の警護を送ると騒ぎ、アルバートに止められるまで話は続いた。

 エルドラント邸に到着すると、リディアナが馬車を降りて二人に礼をした。

 サラは絶対に無理をしないようリディアナに約束させ、兄妹は帰って行った。



 翌日、早朝からルイスの政務官であるネッドが手紙と花束を携えて見舞いに来てくれた。

 父が処方してくれた薬を飲み、後遺症も無く元気に過ごしていたが、心配する母やナナリーの剣幕に負けておとなしくベッドで過ごしていた。


「御無事で何よりです。殿下が大変心配しておられました。夜中に報告を受けた際にはすぐにでもリディアナ様の元へ行くと言われ、日も変り療養中ですので明日にしましょうと全員でお止めしたのです」


 さすがにそんな時間に来られても困ると頷いて感謝する。


「隣国の使者が来ており殿下は城を空けられません。国王代理の外交とあって残念がっておりました」


 受け取った手紙をその場で開封する。ルイスは昨夜のことを心配し詫びていた。


「……ルイス様が謝ることではないのに。あの方は何でも一人で背負いすぎですね」


 ネッドは眉尻を下げて肩を竦めた。彼も同じ気持ちでいるのが伝わる。

 手紙には数日中に見舞いに来ると書いてあった。

 リディアナは弾む心を落ち着かせ、ルイスの訪問まではベッドの上で過そうと思った。


 しかし3日経ってもルイスが訪ねることはなかった。

 忙しいのだろうと思っていたが、理由は別にあった。


 

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