第10話 親友の涙


 王妃毒殺事件と国王の体調不良で、国内には不安と混乱が生じたが、若き王太子の働きで落ちつきを取り戻しつつあった。

 まずルイスは王都に赴き、国民に向けた声明を自らの声で発した。

 犯人を決して許さず今後も捜査を続けていくと約束した。


「陛下は今深い悲しみの中にいる。陛下が王妃を偲ぶ間は私と弟ソレスでフェルデリファを守ることとなった。私はこの悲しみを力に、フェルデリファの民と共に前へ進む覚悟である」


 ルイスは自らが民の前に姿を現すことで、王立騎士団の厳重なる警護による王城と王族の安全を示した。

 また、噂でしかなかった国王の体調についても隠さず明らかにしたことで、理解と共感を得ることに成功した。

 前を向く若き王太子の姿は国民に感動を与え、フェルデリファの未来を明るく照らしていた。

 国民の信頼と安心を勝ち取ることに成功した後は、活気を取り戻すまでにさほど時間はかからなかった。



 一方のリディアナは、ルイスの素晴らしい活躍を耳にしながら自由を満喫中である。

 日常を取り戻した王城には候補者が戻りつつある。

 リディアナも戻らねばならないのだが、ぎりぎりまで家に居座るつもりだ。


 ところが抵抗空しく城へ戻る日がやって来た。

 部屋で読書をしていると、慌てた両親と使用人が力ずくでリディアナを馬車に乗せた。


「ちょ、どういうこと!?」


 説明を求めると、なんとルイスから『直接迎えに行く』と手紙が届いたらしい。


「職権乱用よー!」

 

 リディアナは泣く泣く馬車に乗り、王城へと戻った。



   ***



 国が落ち着きを取り戻しても、これで全てが元通りという訳にはいかない。

 ソレスはその後も体調が優れないようで、離宮でお見かけするのがぱたりとなくなった。

 部屋に籠り、病で気も塞がりがちだと聞いたので、一度お見舞いに伺おうと思っている。

 国王も悲しみから立ち直れないまま、ルイスが政務を一身に任されていた。

 迎えに行くと言っておいて激務のルイス。あの庭園で会った以来、姿を見ていない。


 それでもリディアナは与えられた仕事を全うしようと、毎日庭園へ通った。

 王太后の休まる場所として、過去の文献から昔の建造物を再現してみた。それだけでは面白みがないのでリディアナは自ら考えた東屋を作った。

 温室も順調に作業は進んでおり、こちらはもう完成間近である。試験的にエルドラント家から持参した、南国の花を植えることにした。問題がなければ大抵の野菜や薬草は耐えられる。今後続々と植える予定だ。

 更地が色とりどりに形作られていくことで、皆のやる気も上がり、完成まであと少しとなった。



 春になると気がかりがもう一つ増えた。

 最近サラの様子がおかしい。

 一人でぼうっとしていることが増え、何か思い悩んでいるようだ。

 何度か理由を尋ねてみたが、その度になんでもないと言われた。リディアナに心配をかけまいと無理に明るく振舞うようになったので、サラが話したくなるまで見守ることにした。



 暖かい気候が続き、庭園の花が一気に開花した。

 水をはった池やアンティーク調の東屋は、一昔前にタイムスリップしたかのように当時が再現されている。

 完成すると一月後にあるパーティーで王太后に披露することが決まった。

 リディアナも招待され、前回の反省を生かして入念に準備をするつもりだ。


「え? ルイス様のお誕生日なの?」


 一月後にあるパーティーは、王太子ルイスの十八歳を祝う宴だった。

 王家主催の舞踏会とあって、招待客は名だたる貴族が名を連ねた。

 参加者名簿には王弟ドミンゴ公の名もあった。社交デビューが王家主催の舞踏会になるとは思ってもみなかった。

 連絡を受けたエルドラント家も準備に大慌てだ。

 リディアナのドレスは圧倒的に数がなく、華やかさに欠けていた。

 前回の失敗もあって、素直に両親の意見を聞きながらナナリーと準備を進めた。


 マナーの相談をしにサラの部屋を訪ねた。

 しかし行き違いでたった今散歩に出かけたところだと侍女が言う。

 追いつけるかもとしれない思ったリディアナは、サラを追いかけた。


「あ」


 サラではないが、回廊の先でルイスの姿を見つけた。

 数週間ぶりの姿に知らずと顔がほころぶ。声をかけようと駆け出すが、ルイスも誰かを見つけたようでリディアナがいる場所とは反対の方へ行ってしまった。

 ルイスが駆け寄った先を目で追う。

 そこには、リディアナが探していたサラの姿があり、ルイスに手を振っていた。


「……」


 気安い間柄にドキリとする。

 二人は一言二言話した後、周囲を気にしながら互いに手紙を渡し合った。そしてサラは小さくお辞儀をしてリディアナの方へ戻ってきた。

 隠れる場所がない廊下で慌てていると、気づいたサラも驚いた顔をしていた。

 サラは気まずそうにリディアナの前で足を止めた。


「……」

「私の部屋に、行く?」


 サラが小さく頷いた。

 二人はリディアナの部屋へと入るとソファに並んで座り、ナナリーにお茶を用意するよう言って退出させた。

 二人きりになるとサラは、ポツリポツリと話し始めた。


「私、リディアナにずっと隠していたことがあるの」

「……うん」


 リディアナの心臓はどくどくと脈打っていたが、気付かれないよう優しく返事をしてサラの言葉を待った。


「小さい頃、お父様に連れられてよく城に来ていたわ。殿下とはその時に偶然出会ったの。私、一目で恋に落ちたわ」


 リディアナの胸がちくんと痛んだ。 

 宰相の娘であるサラが城に出入りしていても何ら不思議ではない。筆頭公爵の令嬢ともなれば、王太子であるルイスと出会い恋に落ちても困ることもない。そこに大人たちの思惑もあったと思う。


「殿下も私と同じ気持ちでいると知った時は踊りだすほどうれしかった。まだ子供だったから簡単に結婚の約束までしたのよ」


 大人達の思惑など関係なく、サラは恋に落ち、ルイスも彼女に好意を寄せたのだった。

 二人は想い合う仲になった。


「だけど大人になると気づいたの。私みたいな気弱な子に務まるのかしらって。自分に自信がなくて、この恋を誰にも言えず、ずっと手紙のやりとりをしていたの」

「そうなのね……」

「正式に婚約者を選ぶと聞いて慌てて参加したわ。でも、やっぱり私、駄目だった」


 今にも泣き出しそうなサラの震える手に、リディアナは手を重ねた。


「マリアーヌ達に少し嫌味を言われただけで逃げ出して。私、本当に臆病で、自分が情けなくて変わりたいと強く思った」


 リディアナは重ねた手を優しく握り、励ますように語りかけた。


「とても、好きなのね」

「ええ好きよ。私、逃げ出した後に凄く後悔したの。殿下のことだけじゃない。あなたを置いて逃げてしまったことを呪ったわ」

「私?」

「あなたがぼろぼろになって帰ってきた。いつも気丈なあなたが泣くのを必死に堪えているのを見た時、どうして傍にいてあげなかったのだろうって。いつも私を救ってくれたあなたの、肝心な時に逃げ出した自分が大嫌いよ!」


 サラの目からは大粒の涙がこぼれていた。

 あの日からサラは自分を責めていたのだろうか。ちっとも気づいてあげられなかった。


「でも変わりたいと思った。あなたの友達として恥ずかしくない自分でいたいと。そうすればきっと、殿下の隣に立つ自分に自信が持てると思うから」


 サラの瞳には、今までみたことのない強い意志が現れていた。


「今まで黙っていてごめんなさい」

「気にしないで。話してくれてうれしかった」


 優しいサラ。大好きなサラ。

 私だってサラの存在にどれほど救われたか。

 リディアナはサラを抱きしめた。

 それからナナリーが持ってきたお菓子を二人で分けて、その日は遅くまで他愛もない話をして過ごした。


 その夜、リディアナはなんだか眠れなかった。

 胸が痛くて苦しい。

 ナナリーを起こさぬよう起き上がると、置いてあった水を一気に飲んだ。

 ベッドに戻り昼間の話を思い出す。

 サラには幸せになってほしい。そのために自分に何ができるだろう。

 ルイスのことを考えたが途中で止めた。彼のことを考えるのはいけないことのように思えた。

 慌てて布団を被り、苦い息苦しさをちいさな胸に押し込め、その夜は無理やり眠りについた。



    ***



 舞踏会を三日後に控えたリディアナは、庭園で最終チェックを終わらせた。

 全ての作業を終えると辺りは暗くなり始め、急いで部屋へ戻った。

 白百合の塔の入り口にルイスの近衛騎士が立っていた。

 騎士の方々と軽く会釈すると、ルイスが難しい顔をして戻ってきた。

 物々しい雰囲気に声をかけるのを躊躇してしまう。

 ルイスはリディアナに気づくと、その場に佇んだまま何か言おうとしたのか、口を開きかけたが結局そのまま黙って横を通り過ぎていってしまう。


「……?」


 いつもと違うルイスの様子に嫌な予感がした。

 急いで中へと入ると、部屋の前で一人項垂れて立ちつくすサラがいた。


「サラ」


 声をかけると肩がぴくりと揺れ、ゆっくりと振り返った顔は涙で濡れていた。


「ど、どうしたの!?」


 急いで駆け寄るとサラはリディアナに抱きついて大声で泣き出した。


「もう、もう一緒にはいられないって――」


 叫ぶように泣くサラと、先ほどのルイスの様子を重ね、何が起きたのか予測がついた。

 沸騰しそうな感情を抑え、泣き叫ぶサラを落ち着かせようと部屋の中へ入った。

 サラを支えてソファに掛ける。侍女に温かいお茶を用意させた。


「で、殿下が、もう、自分のこ、ことは、忘れてくれって」


 嗚咽の合間に搾り出した声は震えている。


「私、私は何もできない。つらい、苦しいの、リディアナ――!」


 サラはリディアナの膝の上で泣き崩れた。

 声がかれるまで、泣き続けた。

 リディアナはなんと声をかけていいのかわからなかった。ただ傍に居て背中を摩ってやることしかできない。

 泣き疲れ、憔悴した彼女を侍女と共にベッドへ連れていく。


「私、なんとなく気づいていたの。殿下は私を選ばないと。ばかね、私。それでもあの人の事が好きで、押しかけて、結局迷惑でしかなかった」

「……」

「だけど本気だったの。忘れろと言われても、きっと一生忘れられないのだわ」


 真っ赤に目を腫らして布団を頭まで被ると背中を向けてしまう。

 小刻みに揺れる布団が、中で泣いているのか窺えた。


「今日は休んで。また来るからね」


 布団が大きく頷いた。後ろ指引かれながらも侍女に後のことを任せ、リディアナは部屋を後にした。

 扉の前でゆっくりと息を吐く。


「……」


 決意を固めると、部屋へは戻らず玄関へむかって走った。


 リディアナには確信があった。何故かは分からない。だけど絶対にいると思った。

 扉を開けて外に出る。生垣の側で待ち構えるルイスの姿があった。

 辺りは暗く二人の他に人影もない。側には珍しく護衛も付けていない。

 完全な二人きりの空間。

 月明かりを背に浴び、ルイスの顔は逆光でよく見えなかったが、あちらからはリディアナの怒った顔がはっきりとみえるだろう。


「……サラは?」


 最初に口を開いたのはルイスだった。

 その声には本心から心配しているのが伝わり、更にリディアナを不快にさせた。


「泣いていました。部屋で休ませましたが、まだ泣いていると思います」


 リディアナは怒っていた。そんなに心配ならば何故泣かせるようなことを言ったのか。

 紫紺色の瞳はリディアナをずっとみつめていて、リディアナも逸らさず睨み返した。

 そしてルイスは、信じられない言葉を口にした。


「リディアナ、私の婚約者は君だ」


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