第8話 手紙交換
王太后主催のパーティーで、騒動を起こしたリディアナ。
翌日、リディアナは処罰を受ける覚悟でいたが、王太后からの沙汰はなかった。
しかし父から手紙が届き、侯爵家から今回の失態の責でリディアナを3日間の謹慎処分に課すと太后に申し出たと伝えられた。
ナナリーの話では、父はリディアナをすぐに連れ帰ると言ったそうだ。それを王太后が穏便に執り成してくれたという。
大事な茶器を割り、会を台無しにしてしまったのだから、候補の取り消しか追放かと、白百合の塔は嬉々として予想していた。リディアナ自身も覚悟を決めていたので、軽い罰に皆が肩透かしをくらっていた。
リディアナは謹慎中に王太后に謝罪の手紙を送った。
罰は罰として受けるが、それと謝罪は違う。許してもらえずとも誠意はみせたかった。
謹慎中は大人しく過ごした。
事業の計画を練ったり、執事のジャンと手紙でやり取りをして家業に精を出した。両親にも心配と迷惑をかけたことを謝って、ついでにアルバートとレイニーにも手紙を送った。
部屋で親しい者達の事を考えていると、落ち込んだ気持ちも幾らか軽くなった。
謹慎明けにリディアナは料理長にお願いして、厨房を借りることにした。
それからソレスに面会を求め、雲雀の塔へ足を運んだ。
「リディアナ」
渡り廊下の途中で背後から声をかけられた。恐る恐る振り返ると声の主は予想通りルイスで、彼は小走りで駆けてきた。
昼餐会の後、ルイスはリディアナを何度も訪ねてくれた。
だけど腫れ上がった目で会うのが嫌で、居留守を使ってしまった。以来気まずくて避けていたのだが、いつまでも逃げるわけにはいかない。
振り返ると正面で対峙し、微笑む。
「お久しぶりです。先日は殿下にもご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。せっかく訪ねてくださったのにお会いできず、重ね重ね失礼をお詫び致します」
この前のような、ざわついた気持ちにはならなかった。至極自然に対面できて安堵する。
では失礼、と優雅にお辞儀をしてそのまま通り過ぎようとしたのだが、ルイスに行く手を阻まれてしまった。
「何だその口調は。『殿下』ではなく名を呼べ」
「は?」
「どこへ行くのだ」
「……ソレス様のところへ。お礼をしに行くところです」
ルイスは眉間を寄せて「礼とはなんだ」と訊ねた。
「昼餐会の時に手を火傷しまして、ソレス様にお薬をもらったので」
「火傷したのか!?」
手に触れようとしてくるので慌てて距離をとりながら説明した。
「もう直りました! 薬のお陰で痕も残らず色々とお世話になったのでお礼に行くところです」
だから早く行かせてくれと訴えた。
ルイスは宙に浮いた手をぐっと握り、リディアナの後ろに控えるナナリーの籠に目をやった。
「礼とは何だ」
不機嫌そうに質問を続ける。しつこい。
「クッキーです」
これ以上詮索されたくなくて正直に答えたのだが、「君が作ったのか?」とさらに食いついてきた。
「はい、まあ」
実はリディアナはお菓子作りが得意だ。侯爵家ではいつも迷惑をかけているので、厨房を借りては賄賂という名目で使用人に配っていた。
実は城でもこっそり厨房を借りて皆に賄……クッキーを振舞っていた。
料理長が一番気にいってくれて、今では自由に出入りできるほど仲良くなった。
ルイスは口を引き結んでなんともいえない顔をしていた。
「? あのーちょうどお会いしましたので、ここで渡してもいいですか?」
ナナリーの籠から袋に入ったクッキーを一つ手に取ると、ルイスの前に差し出した。
本当は従者か近衛騎士に頼んで渡してもらおうと思ったのだが、ここまで知られて後でというのはおかしな話だ。
ルイスは驚いてクッキーとリディアナを交互に見た。
籠には元々3つ袋が入っていた。先程サラに渡した分と、これからソレスに渡す分。そしてルイスの分だ。
あの時ルイスは真っ先にリディアナを助け、庇おうとした。そのお礼にと渡したのだが、固まっているルイスをみるとやはり馴れ馴れしかっただろうか。
「材料は検閲した物を使わせてもらいました。全部私一人で作りましたけど、一応毒見をしてから食べてくださいね」
王子の口に入るものだからと気を使ったのだが、ルイスはその場でリボンをほどくと、袋を開けて手を突っ込んだ。
まさかここで!?
驚いている間にクッキーを一つ取り出すと、近衛が止めるより早く口に運んでしまった。
「……美味しい」
一つ、また一つと口に運ぶ。
あっけに取られるリディアナと近衛を余所に、ルイスは完食してしまった。しかもソレスの分まで狙ってくる始末。
「これは駄目ですよ!」
「む……。しかし何故ソレスが先で私が後回しなのだ?」
全部食べ終えると今度は訪問の順番が納得いかないと子供みたいな文句を言い出す。
「ソレス様に王太后様への謝罪の品を一緒に考えていただこうと思いました。先に相談に行きたかったのです。王太后さまにクッキーを差し上げるわけにもいきませんし別の物を用意しようかと」
ルイスは顎に手を添えて考える仕草をすると、リディアナの手を掴んだ。
「ならば私が相談にのろう」
「は?」
言うなり手を引いて歩き出してしまう。
驚くリディアナの後ろで同じく呆然とするナナリー。
「リディアナを連れて行く。ソレスにはサラにでも頼んでこの礼を持っていってもらえ」
人のお礼を勝手に他人に託し、リディアナは引きずられるように連れ去られてしまった。
着いた先は『芍薬の塔』より更に北へ行った厨房に近い草木の生い茂る広い庭園。今は使われていないようで、美しさも人影もない。
「ここは?」
繋がれた手をほいて訊ねる。ルイスが宙に浮いた手を見ながら答えてくれた。
「昔ここにはお祖母様が王子妃の頃に住まわれた離宮が建てられていた」
庭園を歩き出したルイスにリディアナも後について歩く。
「内乱で消失したが当時は美しい庭園があり、お祖母様は多くの時間をここで過ごされた」
声を落として「お祖父様にプロポーズされたのもここらしい」と秘密を教えてくれた。
「ここはお祖母様にとって思い出の場所。住まいも移されて今は手付かずだが、庭園だけは当時に近い形で再現できないかと考えていた。思い出を懐かしめる、そんな場所を造って差し上げたい」
ルイスの言わんとしている事がわかった。
リディアナは会を台無しにしてしまったことよりも先王の茶器を壊してしまったことにより心を痛めていた。
王太后は責めなかったが、侍女の反応からきっと大事にされていた品だろう。ルイスの話からも王太后は先王を愛されていたのが伝わる。
「私に任せていただけませんか? 花を育てるのは得意です」
リディアナの申し出にルイスは優しく微笑んで頷いた。
「続きはまだある。実はお前の父、エルドラント侯爵から王城に温室を作ってはどうかと進言があった」
「それって――」
「庭園と共に建物の跡地には温室を設置することにした。直接名を連ねるわけにはいかないが、発案者である君がいれば作業もはかどるだろう。技師はこちらで用意し、庭園を造る許可も取っておく」
「わあ! はいっ! あの、ありがとうございます! 善政を行う主君に仕える機会を頂き、心から感謝申し上げます!」
あまりの嬉しさに興奮を抑えられなかった。温室の件がルイスの目に留まっていたとは。議会から承認が下りたとなるば、ルイスは父から話を聞いてすぐに動いてくださったことになる。
あれ? だけど私が発案者だってよく気付いたな。
父が私の名を出すとも思えず、そこだけ引っ掛かりを感じてルイスを振り返った。
ルイスは優しい目でリディアナをずっと見つめていた。
「……はっ!」
正気を取り戻すと気恥ずかしさで無駄にうろうろ歩き回ってしまう。
ルイスは家族想いの優しい人だと思った。
王太后の思い出を語る時のルイスの表情は優しいし、ソレスの見舞いも政務の合間によく行っている。
「リディアナ」
「はい」
「あの時、何故本当のことを言わなかった?」
「!」
真面目な顔で聞かれたのでリディアナも笑顔を抑えて振り返った。
何を聞かれているのか理解していた。もしかしたら、リディアナがここまでする必要はないと思っているのかもしれない。
あの時、お茶会で転んだ時に、リディアナは誰かにドレスの裾を踏まれていた。
あのタイミングを考えたなら、偶然でも事故でもなく故意にリディアナを陥れようとしたのだろう。
場所から考えると直前に言い合ったマリアーヌたちでは無さそうだが、他にもリディアナを良く思っていない令嬢がいるのは確かだ。
マリアーヌの言葉を思い出す。
候補者は生まれた時からこの時のために努力してきた。その日々の努力はリディアナが怠った部分で、だからこそ同じ条件を手に入れたリディアナを疎む気持ちも分かる。
だが太后主催の会で事を荒立てるには場所と相手が悪すぎる。
もしあの時犯人を突き出していたら、その子は故意で侯爵令嬢を陥れたのだ。追放処分どころかお家存続の危機になるだろう。家同士の問題に発展したはずだ。
格の高い家同士の問題は大なり小なり国に影響を及ぼす。
犯人を庇うつもりも許すつもりもないが、国に与える影響を考えたなら、普段から評判の悪い自分の失態として済ませるのが一番穏便だと思えた。
だから自ら謝罪した。『これは私の不注意です』と。
そして王太后もリディアナの失態として収めたほうが良いと判断した。謹慎という軽い罰がそれを物語っている。
「『私が問題を起こすのは私にも原因がある』そうおっしゃったのはルイス様ですよ」
出会った時の言葉を持ち出すとルイスは苦い顔をした。
心配してくれたのにちょっと意地悪な言い方だったかな。
それ以上追求してこなかったので納得してくれたと思うことにする。
***
リディアナがルイスからの依頼を受けて、庭園と温室作りを始めて早くも一月が経とうとしていた。
離宮では謹慎明けに、『リディアナ嬢が作業着姿で闊歩している』『スコップ片手に早朝から姿を消す』という怪談が寄せられていた。
毎度のことながら騒ぎを聞きつけたルイスが慌てて庭園にやってきた。
庭師が着る作業着を恥ずかしげもなく上下着こなすリディアナの姿を見て、開口一番叱られた。
「君は何をしているんだ!」
「庭園と温室作りですが何か?」
怒られる理由がさっぱり分からない。
『なんで?』とお互い納得のいかない顔で向き合う。
どうやら二人の間で大きな認識のズレがあったようだ。
ルイスはリディアナが庭師と相談しながら植える花を選び、文献から当時の庭園をイメージしたデザインを考えるものと思っていたそうだ。(なんだそれ)
リディアナ自ら現場に顔を出すなど微塵も考えつかなかったのか。(なんだそれ)
温室も机上でのやり取りで済むものと思っていたそうだ。(なんだそれ)
しかしリディアナは作業着を着て自ら土を起こし、デザインや配置は現場で考え走り回りながら指示をだしていた。
すでに出来上がっている庭師たちとの素晴らしい連携プレーを見せつけると、「君は私の想像をことごとく超えていく……」と呆れながらも最後はルイスが折れてくれた。
王子の許可も得たリディアナは、今日も朝から作業着姿で働き、昼は料理長の差し入れを食べ、夕方近くまで肉体労働を続けた。
「やっと土をならしが終わった……!」
疲労困憊。しかしこの疲れが心地良い!
体を動かすって大事な事なんだなと再認識した。
明日からは土台作りが始まるので、早めに帰って休むよう現場の作業員達に追い出された。
明日は温室の現場監督との話し合いが待っていて、連日の作業に皆がリディアナを気づかってくれたのだろう。
夕方は気温も下がって少し冷えるなと腕をさする。
いつもならナナリーが迎えに来るのだが、早帰りになったので一人とぼとぼと歩いていた。
「ん?」
前に人影があり目を凝らす。
サラが横切って行く所がみえた。
こちらに気づかず侍女も連れていない。こんなところで何をしているのだろうと追いかけてみた。サラは何かをみつけて笑顔で駆け寄った。その先にいたのはーー。
「ルイス様?」
サラに笑顔を向けるルイスの姿があった。
ああ、マリアーヌ達が見たのはこれか。
話の通り、二人は仲良く手紙のようなものを交換していた。
しばらく二人のやり取りを眺めていたが、リディアナは邪魔をしないようそっとその場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます