第4話 いざ王城へ


 リディアナはドレスに着替えると、大きなため息をついた。

 男装していたのを両親に見つかってしまった。

 二人が同時に口を開け真っ赤になっていく姿を思い出す。


「ふふ、まるでスロワキアのよう」

「笑い事ではございません」


 ナナリーがお茶の用意をしながら注意し、リディアナは居住まいを正す。


「そうよね。あなたや屋敷の皆にも迷惑をかけたわ」

「お嬢様のことでお叱りを受けるのはお嬢様付になった日から覚悟しておりす。御心配には及びません。これがはじめてのことでもございませんし」


 遠い目をしながらナナリー他、皆全く気にしておりませんよと言うその慰めもいかがなものかと思う。


「それよりも、よろしいのですか?」


 ナナリーの気がかりは、先ほど父から聞かされた提案のことだろう。

 怒り心頭の父から令嬢教育として一年王城で過ごすよう言われた。

 それは手足を自由に動かし駆け回るリディアナにとって、籠の中でじっとしていろと宣告されたようなものだ。

 ナナリーはリディアナが断らなかったことが不思議なようだ。


「たしかに一年は長ったらしくて嫌になりそう。でも王城へ行けば生の政治をこの目で見ることが出来るでしょう? かの有名なバートン博士は現場での経験こそが人をより早く成長させ、価値観を変えるとのだと説いた。男社会の政治をこの目で見る機会なんて滅多に無いわ。それに城の図書庫は信じられない蔵書の宝庫だと聞いた。市場に出回らない蔵書に出会えるかもしれない! ああ……! 堂々と王城を探検しても怪しまれない環境って最高じゃない?」


 拳を握り張り切って答えるリディアナに、「王城を探検してはいけません」と冷静な突っ込みが入る。

 リディアナの興味の対象は多岐にわたり、特に政治や医療の分野は王立学院の特待生クラスの知識があった。

 成長するにつれて世の中の矛盾や理不尽な慣習は改めるべきと感じるようになり、この才能を国のために役立てたいと思うようになった。

 今では政務官として国に役立つ仕事に就きたいと密かに夢を抱いていた。

 ナナリーは一年と言うけれど、果たして周囲が一年もリディアナに耐えられるかしら? これまでの経験から高貴な方々はリディアナを毛嫌いする。一年も待たずに音をあげるのは、令嬢教育を任された貴婦人の方だろう。

 そう、追い出される自信があったからこそ提案を受け入れたのだ。


「お嬢様は勘違いをしておいでです。まあそんなところも私は好ましいと思うのですが。ちなみに私もお供いたしますよ」

「そうなの?」

「私はお嬢様におつかえしているのですからどこへなりとも参ります」

「すぐに戻ってくるわよ? お父様も私が追い出されると思っているはず」

「旦那様はお嬢様を愛しておりますがお嬢様の魅力には気づいていないのです」

「?」


 そう言ってナナリーはご機嫌に身支度を始めた。




 二日後、リディアナは登城するや直ぐにナナリーの言葉を理解した。


 リディアナがいる場所は王城の中の深遠部にある離宮。王族の居住区だ。

 離宮には王妃、王太后、第一王子と第二王子がそれぞれの棟で暮らしており、各棟は渡り廊下でつながっているが廊下といっても広大な庭園の中に整備された通路が結ばれているだけで、ほとんど自然に近い庭園に、四つの建物がある感じだ。

 リディアナと同様に集められた少女達は離宮から少し離れた『白百合の棟』でそれぞれ部屋を賜り住むこととなった。こんなにたくさんの娘達が令嬢教育を必要としているとは驚きだ。

 基本はこの白百合の棟と離宮にある教室、ホール、広大な庭以外は足を踏み入れることは許されていない。

 王族の暮らす棟は厳重な警備で守られ、勝手に足を踏み入れることもできない。

 つまり、王城どころか離宮以外で自由に動き回ることは許されていない。それなのに周りは年頃の娘だけ。政治とはかけ離れた、むしろ美しさや品位を競うリディアナが最も嫌いな女の世界そのものだった。

 ようやく自分が騙され、勘違いしていたと気付いた。

 令嬢教育と聞いてのこのこやって来たが、蓋を開けてみれば両殿下の婚約者を選定する場と言うではないか!

 そういえば前にマリアーヌも言っていたなと思い出す。

 父に打診された時に結び付かなかった自分が憎い。悲しいことにリディアナはこれでも侯爵家の令嬢。肩書と年齢だけは候補者として条件に合っていたのを失念していた。

 到着早々、勘違いしたので帰りまーすと言えるほど婚約者選別は軽くあしらっていいものではない。

 暫くはここでの生活を受け入れるしかなさそうだと覚悟を決めた。



「ああああ! つまらないぃぃ!」

「ですから申しましたでしょう」

「優雅に語り優雅に茶を飲み優雅に詩集をそらんじ優雅に踊る! 無理! 恋文の手紙の書き方講座!? 吐き気がするぅぅ!」


 ナナリーが再び「ですから申しましたでしょう」と自業自得と突き放した。

 毎日が退屈で窮屈で息が詰まる。

 我こそが王子のハートを射止めると息巻いている令嬢達との温度差で風邪を引きそうだ。

 こちらが苦手と思えばあちらもリディアナを嫌うのは当たり前で、全くやる気の無い変わり者のリディアナは次第に皆から厭われ、脱落候補筆頭となった。

 遠巻きにひそひそ言われていた悪口も、一月もすれば堂々とした嫌味と攻撃へ変わり、嫌がらせを受けるようになる。

 慣れたものでいちいち傷つき悲しんだりはしない。ただ頭にくるのでこちらは正当防衛を楯に倍返しで応戦している。


 そんなうんざりする苦痛の日々に、最大のピンチとチャンスが同時にやって来た。


 

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