午前8時43分

 客として扱われることになった二人は、応接スペースへ招かれた。

 もっとも、人をもてなす意識など藤森達にはないようで、ボロボロになったビニール革のソファーを勧める。

 出された番茶に手を出さず、周も李も無言でその時を待っていた。

 事務所には二人と藤森の三人しかいない。四人の部下は、逃走ルート確保のためといって先刻事務所を出て行った。

 かといって、静かという訳でもない。

 部下が出ていくなり、ずっと藤森がベラベラとしょうもない話をしているからだ。

 日本にいた頃の武勇伝だ。

 喧嘩では負けなしだったとか。

 沖縄で屈強な米兵相手に取引をしたとか。

 ヤクザと銃撃戦をしたとか。

 どれもこれも低俗で語り口で、内容も妄想にしか思えない。

 相槌も打たず、李は悟りでも開きかねない顔をし、周は死んだ魚の眼で明後日の方を見ていた。

 しかし、二人の脳はフル回転している。

 椅子に座ってふんぞり返っている男が信頼に値するか。

 四人も出ていく必要があるのか。

 ハメられた場合、どう立ち回るべきか。

 李は目を細くして視覚処理に使われるリソースを思考に割き、周はマッチを擦って煙草に火を点ける。

 各々のルーティンで脳を回すも、深く考えるあまり外ある幾つもの気配を感じ取るのが遅れてしまう。

 李の瞳孔が開くのと、オフィスの扉が蹴り開けられるのはほぼ同時だった。


「動くな!」


 オフィスに飛び込んできたのは、周と同じ型のハイパワーを構えた刑事達。

 その後ろに、藤森の部下達がニヤついた笑みを浮かべて立っており、その手にはガバメントM1911A1が握られている。


(やっぱりな)


 予想はしていたものの出遅れた周と李に、銃を掴む暇はなかった。


「……周」


 やってきた刑事は、周の部屋を漁った刑事と班長の三人。

 三人は周の姿を認めると、途端に下卑た笑い声を挙げた。卑しき者が自分達の勝利を確信した、そんな笑い声である。


「なんだオメェ、こんなところにいたのか!」

「逃走犯を匿いやがって!」

「馬鹿がよぉ!」


 煙を吐き出す。そして、いつもと違う対応をする。


「俺が何処にいようが、俺の勝手だろ」


 三人の顔から笑みが消え、憤怒が弾ける。

 仏像と揶揄するほど、静かに態度を変えなかった男が言い返すとこれだ。

 狭量どころの話ではない。しかし、それを吹き出さないだけの理性は連中にもあった。

 そんな中で藤森一派だけが余裕をこいていた。


「ヤキが回ったなぁ、李」


 いつの間にか藤森もガバメントを構え、銃口を李へ向けていた。


「……なるほど、アンタの後ろ盾は警察か」


 彼女は54式を掴み損ねた手をグーパーしながら、淡々とした態度でいる。


「商売するにも後ろ盾がいる。……密輸をお目こぼししてもらう見返りは、金?」

「ハッ、そんなことオメェには関係ねぇ。だが一つ言えるのは、信頼できる友達を作っておくべきだってことだ。こんな事態になっても、サツにチクらないな」

「そうね。その通りだわ」


 藤森の皮肉に軽く応じたかと思えば、李は周の肩に手を乗せた。


「でもご心配なく。私にも、警察にチクらない友達がいるもの」


 藤森の顔が引きつる。彼の指が引き金に掛かる。

 双方共に話すことが終わったと判断した班長は、腰の手錠を放り投げた。

 乾いた音を立て、鋼鉄製のそれが周の足元に落ちる。


「チャンスをやるよ、周」

「……………………」

「女のチャカ拳銃取り上げて、手錠を掛けろ。そうしたら、今回のことは水に流してやる」

「……………………」


 煙を吐き出し、床の手錠を見る。それから、李の方を盗み見た。

 毅然とした表情をしているが、似た者同士の周には分かる。その目に微かな怯えの色があることを。

 ならば、自分がするべきは一つしかない。周は誰にも悟られないように決意をする。

 再び煙草を咥えた彼はソファーから立ち上がり、腰をかがめた。

 その場にいる誰もが手錠を拾うと思ったその時。

 周は重心を後ろに向け、尻もちをつくように倒れる。

 ズボンの左裾を捲り上げ、アンクルホルスターに収められたM36を握った。

 よもや足首にホルスターを装着しているとは思っていなかったようで、藤森一派と刑事達の反応が遅れる。

 一発目の銃声と同時に李が動く。

 ホルスターの54式と背中に隠したM49を抜き、ぶっ放す。

 左手のM49で藤森を撃ち抜き、右手の54式でその部下を血祭りに挙げる。

 周は一発目こそ外したが、二発目以降は外さなかった。拳銃をホルスターに入れたまま、左から順にかつての同僚へ引き金を引いていった。

 銃声の余韻が止むと同時にM36を抜いて、彼は立ち上がる。

 そしてシリンダーラッチを押し、蓮根状のシリンダーに残された弾を確認した。装填されていた六発の内、五発は薬莢の尻に撃鉄で叩かれた跡がある。

 シリンダーをフレームへと戻した周は撃鉄を起こし、銃口を床に倒れる班長へと向けた。

 他の二人は小さく痙攣し虫の息といった風情だが、班長だけは動脈や内臓を逸れて弾が通ったようでまだ生きている。


「テメェ……」


 彼が発する憎悪と憤りに満ちた声と視線も、周には通用しない。


「警官として真っ当にやってりゃ、こうはならなかったんだがな」


 周にしては珍しく、軽蔑の感情を露わにする。


「まぁ、馬鹿は死んでも治らないって聞くしな。来世でも馬鹿やって、殺されればいいさ」

「この野郎……」


 尽きようとする生命力を振り絞り、落とした自身のハイパワーを握ろうとする班長だがその手に何も掴めなかった。

 ハイパワーを周が拾ったからだ。そのまま弾倉を抜き、薬室の弾も抜いてしまう。


「あばよ。そのうち、お前の使えない友達も地獄に来るだろうから、寂しくはないだろうよ」

「この野郎、ぶっ殺――」


 最後の銃声は短かった。

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