午前5時49分
英国租借地香港 九龍城区
オヤジに連れられ店の中に入る。その途端、鉄とガンオイルの臭いが強く鼻を突く。
「これは……」
周は呆然とした。店の棚に並んでいたのは、日用雑貨ではなく多数の銃火器であった。
アメリカ製のAR-15ライフルやM60機関銃。
ソビエト連邦製のAK-47やPKM、RPD機関銃。
中国製の56式自動歩槍やデッドコピー品の数々。
ベルギー製のFALライフル。
イタリア製のM12サブマシンガン。
他にも拳銃やロケットランチャーなどが壁に立てかけられている。さながら無国籍の銃火器見本市と言ったところか。
「好きなの選べ。選べないなら、使う状況さえ教えてくれれば、俺が見繕うが」
「頼むわ」
周の意思など無視して、李が話を進めていく。だが、銃について警察官が持ちうる最低限の知識しか持ち合わせていない彼にとっては、それは有難いことでもあった。
「持ち運びしやすくて、連射できるヤツが良いわ。交戦距離は短め。だから、狙撃銃は要らない」
「いいのか? 狙撃されるかもしれねぇぞ」
「チンピラに狙撃して当てる技量は無いし、並の殺し屋なら私相手に狙撃なんて不確定要素が多い方法を使わない」
「そうかい」
李の注文を聞いて、オヤジはあちこちの棚を行ったり来たりする。
そして、抱えた銃を部屋の隅にあった机の上に並べた。
「注文に合わせて、適当に見繕った。見てくれ」
李は幾つもある銃の中から、AKS74Uを手に取る。
ソビエト製のそれは、室内戦を主とする特殊部隊や戦車兵の護身用に開発されたアサルトライフルだ。
銃身は極端に短く、ストックも折り畳めるので持ち運ぶのにも、隠し持つにも最適と言えた。
「
明後日の方向に向けて構えたり、チャージングハンドルを引くなど動作確認をしながら李は聞いた。
「ある。後で出してやる。……で、そこのニイちゃんは?」
オヤジに睨まれた周は、そばにあったミニウージーのグリップを掴んだ。
イスラエル製のそれは、文字通りウージーというサブマシンガンを
連射速度も高く精密射撃には向かない銃だが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるが実現できる。
注文にあった手数の多さを叶えているのだ。
「ソイツはいいよ。荒事に慣れてないニイちゃんにはピッタリだ」
そう言うオヤジは、選んだ自分のセンスに酔っているようだった。
オヤジにあれやこれや言われる周とは対照的に、李は黙って銃を選んでいた。
AKSとは別にもう一丁を選ぶ彼女が次に手に取ったのは、アメリカ製のKG-9だ。
拳銃として発売された銃だが、構造上の問題でサブマシンガンとしての改造が可能かつ容易であり、米国でも犯罪者に愛され社会問題になった。
彼女が手にしたそれも、どこぞの誰かがフルオート射撃が出来るように改造してあった。
見た目では判別が付かない改造の有無を李は機関部を覗いて確認した後、AKSの隣に置く。
それから、オヤジの口撃を受けていた周へアドバイスをする。
「周、バックアップ用に
「バックアップ?」
「奥の手、よ」
そう言いながら、周の前にS&W M36を差し出す。
それを見たオヤジは彼の腰のホルスターを一瞥すると、棚から足首に装着するタイプのホルスターを出して投げ渡した。
「これ使え」
「はぁ……」
「銃はこのくらいでいいでしょ。これ以上は、流石に持ちきれない」
「そうか。じゃあ、弾倉と弾だな」
「9ミリパラ、5.45ミリ、.38スペシャル、7.62ミリトカレフを頂戴。弾倉もあるだけ」
「そうこなきゃな。裏に来い、弾込めはセルフサービスだ」
その言葉に従い、周はミニウージーとM36とアンクルホルスターを、李はAKSとKG-9を持ってバックヤードに向かう。
オヤジがプラスチック籠に弾が入った紙箱や弾倉を持ってきたので、さっそく二人は弾倉の弾込めに取り掛かる。
セルフサービスと言い切るだけあって、オヤジは大欠伸をするとテレビを点けて煙草を咥えた。
ニコチンに飢えていた周はオヤジが吸い出したのを見て、煙草に火を点けた。狭い室内はあっという間に煙草の煙に満ちだす。
李は薄っすらと白い視界の端で、テレビに映る朝のニュースを捉えた。
『昨日発生の殺人事件 警察が犯人像を公開』
そんな見出しが躍る画面の中では、主婦に人気のコメンテーターがフリップを持っていた。
フリップには、殺人犯――李の外見特徴が細かに記されている。
周もニュースを観ており、作業の手が止まる。
いくら捜査が行き詰まりかけているからといって、公開捜査に踏み切るには早すぎるし、事件の規模も小さい。
「どうして……」
周の呟きに李が淡々とした態度で応じる。
「三合会からの圧力があったんでしょ。……私が姿見せないから、よっぽど焦ってるみたいね」
これから三合会の連中だけでなく、一般市民の眼まで気にしなければならないのに李は口角を上げた。
三合会を嘲るようにも、これから向かってくる人間全てに威嚇しているようにも取れるそんな笑みだった。
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