死体で遊ぼう

鈴宮幸成

死体で遊ぼう

 昔観た映画のことを思い出す。そこには親を戦争で失ったスペイン人の小さな女の子がいた。

 女の子は灰を全身に被り、瓦礫の山と化した街をフラフラと歩いた。隣町の銃声が休む間なく響いている。風が吹くと埃がごうと舞う。女の子は時折ぺっと口の中に入った異物を吐き出した。

 程なくして女の子は倒れた。ばさっ……と。

 倒れた場所はある墓地だった。大勢のカラスが見守る墓地だ。あるカラスがこう言った。

 「やれ、また人が死んでいる。おい、これで何人目だ」

「知らんよ。328人まで数えてもう諦めた」

「全く、我々のような、死体をわざわざ地面に埋めるもののことなんて、コイツらは考えもしないんだろうな、ハッ!」

 そう小言を吐くと、カラスたちはまだ息のある女の子を土の中に埋めてしまった。女の子は程なくして死んだ。そして神様の元へ女の子の魂が向かった。

 魂を天界に送る直前、神様は女の子の最後を知って仰天し、すぐにカラスたちを叱りつけ、女の子を生き返らせた。

 カラスたちは女の子に謝った。けれど女の子にはカラスがガーガーと言っているようにしか聞こえなかった。そこで、神様が女の子に、人以外のものの言葉を聞き取れる耳を与えた。おかげで、女の子はカラスの謝罪をちゃんと聞く事ができ、女の子はすぐカラスたちの失敗を許した。


 「……驚くかもしれないけれど、この、人以外のものの言葉を聞き取れる耳をさ、僕、持ってるんだよ」

と、彼氏はいきなり言い出した。

「はい?」

「いや、本当なんだよ。他人に言うのは初めてだけど、本当なんだ」

あーあ、留年確定して頭ぶっ壊れたんだろうな、と私は思った。

「はいはい、落ち着いて。今日別に危険日じゃないし、ストレス溜まってんならヤッってもいいからさ、早めに家帰って寝よ」

と言って、半ば興奮気味の彼氏を嗜めようとしたが、

「いや、本当なんだって!さっきから君のイヤリング、『外してくれ!頼む!一生のお願いだ!』ってずっと叫んでるし!」

余計興奮した。

「……はぁ」

呆れた私は、試しにイヤリングを外してみると、彼氏はホッとしたような顔になって

「よかったねぇ」

と私のイヤリングに話しかける始末だった。こんな光景を、彼氏は初めて私に見せた。

 

 その後、そんな光景を何度も彼氏は私の目の前で見せてきた。はっきり言って狂人のそれだった。本人曰く、私にだけは心を許す事ができるから、この、素の姿を晒せられるらしいのだが、冗談じゃない。勘弁してくれ。4年前に介護士さんの目の前で死んだ、ボケて私の名前も忘れるような状態だった祖母の相手をしていた時と同様の気まずさに耐えきれない。

 私は遂に別れようと切り出した。もちろん本人は「そんなぁ」と言って反対してきた。

「君にしか、僕が周りのものと話してる時の姿で、普段通りの姿でいられないんだ!頼むよ!」

「ふざっけんな!私は一度も、アンタのストレスサンドバックになった覚えはねぇよ!私をアンタの勝手に使うのはセックスの時だけにしろ!」

と言って、縁を切った。もっとも、私の体を好き勝手にされるセックスは、私の性癖にドンピシャだったりする。


 別れてから三ヶ月後、私は青信号の横断歩道を渡っている最中、ボケ老人の運転する車にはねられて死んだ。体のどこかは知らないが、血が大量に出て、身体中が寒くなって意識が途切れるのが分かった。


 映画の話に戻る。耳を手に入れた女の子は、石でも枯れ木でも、どんなものの声も聞き取れるようになっていた。もちろん、墓地に大量に埋まっている死体の声もだ。

 心優しい女の子は、死体たちの話し相手になっていた。そのうち、死体たちは女の子にお願いをするようになった。

「あれそれという本を読みたい」

という願いには、その本を持ってきて、

「死んだ親と再会したい」

という願いには、その死体を掘り起こして、親の死体のそばに埋めたりした。

 ある時、ある死体がこう言った。

「生き返りたい」

 これには、女の子は辟易した。やり方が全く検討つかないからだ。

 女の子はカラスたちにどうすればいいかを聞いた。カラスたちは簡潔に答えた。

 「生き返らせる方法はある。だが、それには本人の血が必要だ。それに、生き返るのはそいつの意識だけだ」

「しかも、自分の秘密を打ち明けられるような、信頼できるやつじゃないといけない」

「それじゃあ、埋まっている死体さんたちの誰も、生き返らせることはできないじゃない!」

と女の子はカラスに言った。カラスたちは女の子の優しさに関心しながら、次のように言った。

「でも、これから死んでしまう人の何人かは、救えると思わないかい?」


  気がつくと私はまだ明かりがついている映画館にいた。そうだ、私はあの横断歩道を渡って、映画を観に行こうとしていたのだった。そこはミニシアターのようであり、スクリーンのすぐ前に座席がある、全体的に閉塞感に満ちた空間だった。私の他に、誰もここにはいないようだった。

『僕がいるよ』

とどこかから声が聞こえた。耳を通さない、心に直接響いてくる声だった。

『あれ?あんた?』

私はそう答えた。声は元彼氏のものだった。

『そう。たまたま目の前で君が死んで、君の近くに駆け寄ったら、君の声が聞こえたんだ』

『私、何も言った覚えない』

『君の体中が叫んでたんだ。生きたいって』

『はぁ』

私は彼の、耳のことを思い出した。

『だから、一か八か、君を生き返らせようと試みたんだ。君の血をいくらか飲んでね』

『え』

私の血を、飲んだ……?

『……キモい』

『ごめん』

『まぁ……ちょっとアレだけど。……それで、私は生き返ったの?』

『生き返ったと言えば、生き返ったよ。僕の体の中にだけど』

『アンタの中?』

『うん、意識だけね。しかも、血をそこまで飲めてないから、いつかは君の意識は消滅する』

『ふぅん』

『なんか、軽いね』

『いや、別に。正直、話に全然ついていけないところはあるけど』

『……気分、悪かったりしない?』

『全然』

もっとも言えば、どこか心地よい気分があった。誰かと一つになっていることに、感動する自分がいた。

 そういえば、私がこの男と付き合うようになったのは、何かの拍子で、彼と一度セックスをしたからだった。

 あいつと繋がる事が、嬉しかったし、最高に気持ちよかったのだ。付き合う前、別れた後、他の何人かの私とセックスした男は、そんな気持ちに、私をさせてくれなかった。

 別れてから、正直、後悔したことは多々あった。特に、他の男とヤッた後には。

 私はコイツをただのディルド程度にしか観ていなかったが、今までの人生で最高にマッチした男は、コイツだったのかもしれない。

 『僕が話したこと、どこかで覚えていたの?』

『どうゆうこと?』

『だって、今から始まる映画、君が観ようとしていた映画、僕が前に話していたのじゃん』

『あぁ』

「そういえば、そうだった」かもしれない。


 女の子は墓場を離れ、戦闘があった街へと行っては、そこについさっきまで生きていた人々の死体に、耳のことを話した。そして、少しの間話すと、女の子は死体の血を飲んで、その小さな体の住人を、また一人、一人と増やしていった。

 女の子と死者たちは話し続けた。しばらくすると死者たちは彼女の中から消えていった。

 誰もが孤独で、渇き切った心を抱かざるを得ない戦場で、皆、満たされて逝った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死体で遊ぼう 鈴宮幸成 @suzumiya2007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る