狼と姫 〜姉姫〜

(本編は非公開中です)


〜語り手 姉姫〜


轟々と燃え盛る炎、その熱気がわたくしの肌を灼く。


腕の良い彫工師の手によって見事な彫刻が施された柱は焼け崩れ、朱色に染められた雅な壁が炎に焼かれ、パキパキと痛々しい音がわたくしの耳を傷つける。


時代の節目に起こる戦乱にも屈することなく、歴代の王に受け継がれてきた城が燃えているのです。


この謁見の間で目の前に広がる光景。


国王の護衛を任されていたこの者たちは無惨に倒れ、ある者は切り裂かれ、ある者は引きちぎられたように横たわっています。

わたくしたち姉妹を慕って残ってくれた侍女たちも、一人を除いて無惨な姿となって倒れ伏しています。

そしていま、わたくしの父でもある国王の首が刎ねられるさまが、わたくしの瞳にうつり込んできました。


父の首を刎ねた男、隣国の新王。

わたくしたちの眼前にそびえるその男の目は、まるで狂った炎のように赤く輝き、口からはまるで赤い煙を吐き出してるかのように禍々しい熱気を帯び、その姿はとてつもない恐怖を感じさせます。


隣国の一部族の長に過ぎなかったこの男は、反乱の狼煙をあげると恐るべき早さで国盗りを達成。

恐怖による支配と熱狂的とも言える臣下の支持のもとに民を統率すると、すべての世界の支配を掲げ、周囲の国々に宣戦布告をした後、真っ先に我が国に攻め込んできたのです。

そしていままさに、この男の手によって、この国は終わりを迎えようとしているのです。


転がる父の首を一瞥する男の赤く輝く双眸がわたくしに向けられます。


「双子姫よ、我が力、我が糧となってもらおう」


言葉とともに一歩二歩と近寄ってくる。


「一体なんの話しでしょう?」


「そなたらの真力しんりきを欲する。

妹姫かなたの類いまれなる奇跡の技<聖癒の御手>。

そして、我が最も欲する<異渡り>。

姉姫はるか、そなたの持つ特異な能力だ」


「つまり、わたくしたちを虜囚にすると?」

「似たようなものではあるか……そなたらを喰らう」


「喰らう? そんなことをしてなにになると言うのです」


忌むべき人喰いをするものはこの世界に多くおりますが、わたくしたちを喰らったところでなにがあるわけでもないでしょう。


「<異渡り>の姫、そなたも承知しているだろう。

世界はここだけではなく、異なる境界の外側に世界があるということを。

目的はただ一つ。

我が大願を果たすために、この世界を含めたすべての異境を破壊し、ひとつの世界を創造することのみ」


「なん……ということを」


ですが、とてもそんなことができるとは……まさか……もしそれが可能であるならば。


「わたくしたちは決して屈するようなことは致しません!」


わたくしは恐れる思いを押し殺し、その目を睨み返します。


いま、この場に残っている味方はわたくしを含め四人。

毅然を振る舞い、震える脚で立つわたくし。

侍女を守るために身代わりとなった双子の妹姫は、敵兵の攻撃を受けて気を失ったのか倒れています。

妹姫に守られ一人残った侍女は妹姫に覆いかぶさるようにして泣いています。


「妹姫と逃げるんだ!」


そして、獣の耳が半ば千切れ、血だらけの姿で叫ぶ尾を持つ男性。

一人の騎士がわたくしたちを守るために、新王の喉元に剣の切っ先を突きつけるような勢いで、立ち塞がってくれています。

わたくしたち双子の近衛の騎士でもあり、わたくしの大切な人。

わたくしたち姉妹を守るため、新王の側近の手によって致命と見れる傷を負っていました。


「ナッシュ、愚かな獣め。我が元で大人しく飼われておれば良いものを」


近衛騎士を侮蔑の表情で見る新王。

わたくしたちを守るため、新王に立ち向かう近衛騎士の表情は見てとれません。


なぜ、こんなことになってしまったのでしょう。


「いいえ、もはやこれまで。

この暴虐の王のもとでは、残された民の命はもとより、世界そのものが風前の灯となることでしょう。

わたくしはこの国の姫巫女として最後の務めを……この命にかけて民を、すべてを守ります!」


わたくしの言葉に振り返り、瞳を見つめてくる近衛騎士。

そんな目で見ないでくださいませ……こうして瞳を交わすのもこれで最後です。


近衛騎士は悔しそうな表情をするも、わたくしの決意ある眼差しに納得してくれたのか、意を決したように敵の顔を睨みつけます。


「時間を稼ぐ!」


その言葉にわたくしは心を整え、術を行うため精神を集中して言の葉を唱え始める。

この術は大規模範囲では制御することが叶わなかったもの、失敗したらどのようなことになるか。

ですが、新王の言葉を聞いたいま……やっとこの術を行使する覚悟ができました。


わたくしも妹姫も決してこの者の手に落ちるわけにはまいりません。

そのようなことになるくらいならば、命を絶つ選択が正しいというもの。

ですが、わたくしと妹姫の自死を、この男はさせようとはしないでしょう。

もしそれができたとしても、我が民の命を救うことは叶いません。


「そうはさせんぞ!」


新王の恐ろしい声が響く。


深く集中していくと次第に周りの音が小さくなっていく。

わたくしの耳に、剣戟と近衛騎士の雄叫びがかすかに聞こえる。


術の完成が間近になり閉じていた瞼を開くと、わたくしの目と耳に飛び込んできたのは……。


「だめーっ!」


瀕死の近衛騎士を新王の大剣が貫こうとした刹那、侍女の手を振り解いた妹姫が近衛騎士の前に飛び出していました。

その大剣は、妹姫の背を突き抜け、近衛騎士の胸をも貫いたのです。


大剣に貫かれたまま、近衛騎士に支えられるように身を寄せる妹姫。

妹姫の口からは鮮血が流れ落ち、その白い首筋を赤く染め上げていく。

近衛騎士の意識はかすかにしかないようで、新王が大剣を引き抜くと抱きあうようにして膝をつく二人。


「大丈夫……わた……しが……お守り……いたし……ます。

<聖癒の……御手>」


妹姫は両手を頭上に掲げると、その両手を中心に光の粒が現れ、瞬く間に眩い光が溢れ出す。


そう……ですね。あなたの力ならわたくしたちの大切な近衛騎士を守ってくれるでしょう。


そう思ったとき、わたくしの胸が熱く感じられました。

業火に照らされ鈍く赤い光を放つ剣が、わたくしの胸を貫いていたのです。

赤く見えるのは炎のせいばかりではなさそうでした。


「なにをする!?」


新王の言葉を無視し、わたくしを見つめる新王の側近、その目は苦悩に満ちているようでした。

そうですか……あなたもまた苦しんでいるのですね。


意識が遠のいていくのがわかります。

いけません! まだ術は完成しておりません。

わたくしは気力を振り絞り、術を完成させるための言の葉を紡ぎます。


「開けよ、隔てる門よ!」


わたくしはいま、床に倒れ伏しているのでしょうか……。


新王がわたくしを見下ろしているさまがかすかに目にうつります。

新王の甲冑、胴の部分が大きく開いていました。

毛むくじゃらの腹から生える異形とも思える大きな狼の頭。


わたくしの身体を狼の顎が捕らえ、呑み込もうとしています。

もうすぐわたくしのすべてがこの異形の腹の中に。


「術は……無……事に……完成し……たので……」


なぜ、わたくしの身体がこの場に残っているのでしょう?

妹姫は? 他の者は?


ああ……瞼が重くなっていく……わたくしの命が、いま終わろうとしている。

皆の未来に幸あらんことを……。

そう願うわたくしの意識だけが暗い水の底へと沈んでいくかのようでした。


このときのわたくしの決断が、まさかあのような未来へと繋がっていくとは……。


悠久の時を経て、わたくしもまた、新王のごとく大願を果たすため、あの子らに……修羅の道を歩ませる決断を……したのです。



☆一話だけです♪

 後ほどこれに関わるお話も投稿します。

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