狼と姫 狼の姫はドジだけど戦う聖女になって全世界を救いたい

(本編は非公開中です)


〜語り手 姫和ひな


「もう〜! 入・学・式!!!」


胸に真っ赤なコサージュ。おろし立てのセーラー服。

わたしは中学校の敷地内にある体育館の屋上にいた。


たったいま!

音楽が流れて、拍手を受けながら新一年生たちが入場していく。

わたしもあの列に並んで入学式に出席するはずだったのに!

ママ……みんなに晴れ姿を見てほしかった……。


「わん」


犬みたいな鳴き声をあげたのは、わたしの影から姿を現した狼のような生き物。

陽のあたり方によっては白銀に輝いて見える白いもふもふ。


「しょうがないって? しょうがなくない!

むめいちゃんもむめいちゃんだよ!

今日はわたしの晴れの日なんだから、ほかの人に依頼すればよかったのに!」


「くぅん」


脚にすりよってくる。


「慰めなんか今さらいらないよ。って、痛っ! 角! 角が刺さってる!」


額に一束だけある青い毛をかき分けて突き出る角がわたしの太ももを直撃してた。

狼のような生き物、というのはこういうこと。

この世界には普通、角の生えた狼なんていない。


「わふぅ」

「ごめんじゃないよ、鋭いんだから気をつけて。

まったくもう! なんで、今! この場所に黒水が出るのよ!」


桜舞う青空の下、屋上に黒い水のようなものが揺蕩っている。

平たい楕円形をしているそれは、姿見の鏡のように直立して浮いていた。

水面が波打っているようにして、楕円の淵は波打ち際のようにちゃぷちゃぷしてる。


「<異渡り>が起こる前に解決しよう。渡るよ」


黒水のすぐ手前で、ポケットからあるものを取り出す。

手の上で転がせるくらいの物。

普通の人には絶対に読めない文字紋様がびっしりと刻まれている。


「だいぶボロっちくなっちゃったな、転移門発動真術器しんじゅつき

「わん!」

「そうだね、すぐ終わるといいね。

じゃあ……真言いくよ」


真術とは真言しんごんや真術文字を行使して目的の現象を発現させる手段。

真言とは真素しんそを言の葉にのせて特定の真術を発動させる呪文のようなもの。

真素とは世界を形造る素のこと。なんだけど、この世界には真素があんまりないらしい。

魔法でいうところの魔力とか魔素みたいなものかな?

でもたぶん違くて、もっともっと世界の根源に関わるようなものなんだと思う。

そして真力しんりき

真素を消費して行使する特別な能力。


いまさら、そんなこと思い返さなくても充分よくわかってるけど!


真術器に体内真素を送る。


「開けよ! 隔てる、も……」


真言を紡ぎ終える前に、黒い水面が音を立てて激しく波打ち始めた。

波打ち際、楕円形の淵を、鋭い爪と毛むくじゃらの獣の指が掴んでいる


「もしも敵なら、わかってるね!」

「がう!」


もふもふの身体から白銀の光がほとばしると、わたしと同い年くらいの少年の姿になっていた。

白銀の髪に青い瞳、ひと束ある青い毛の根元に立派な角が生えていて、和装とも洋装とも思える衣装を身につけている。

狼の耳としっぽが……かわいいんだよ!


「くるよ!」


激しい水飛沫をあげて飛び出してきたのは、青獅子の真獣しんじゅう

獅子といっても、こっちのライオンとは全然違う。

真獣とは真素を取り込んだ獣のこと。

出口になった黒水の大きさよりもかなり大きく、その姿はまさに異形。


目の輝きがおかしいし、恐ろしく感じるほどの殺気を放っている。

こんなのをこっちの世界で放っておいたらとんでもないことになる!


予想通り、牙に涎を滴らせて、わたしに襲いかかろうと狙いを定めてきた!


「鬼狼の刀!」


額に生える立派な角に手をかける少年。

白銀の光があふれると、一気に引き抜く。

その手に握られていたのは白銀に輝く刀。

疾風のような紋様と繊細な造りの柄が綺麗。


「ひゃう!」


むう〜。あいかわらず真素を持っていかれるときの快感……感覚になれることができないんだから!

まあ、始めの頃よりはマシになったけど。


あ、爪と牙でわたしを切り裂くために真獣が身構えてる。


「銀一閃」


刹那、白銀に輝く疾風が吹き抜けるけど……

何事もないように、真獣がいままさにわたしに飛びかかろうとしてる!


「やばっ!?」

「悪い。斬れすぎた」


真獣の頭に片手を乗せて、直立の姿勢で逆立ちをしている少年のしっぽがゆらゆらしてる。

くるりと宙返りしながら真獣の頭を蹴り飛ばすと、胴体から離れて転がっていった。


「首を斬ったのに生きてたの!?」

「だな」

「だな、じゃない! 野菜の戻し切り!?」


刀を振って刃に残る血を落としてる。


黒水がさっきよりも激しく波打つ、きっと後続。


「迎え討つ!」


次々と何体もの青獅子の真獣が飛び出してくる。

倒した一体以上に殺気を放っている。


「全殺する! 魂結びを反転! 真素逆流!」

「そんな必要ないだろ!?」

「早くしないと、入学式が終わっちゃうよ!」


大きなため息をつかれた。


「だって参加したいんだもん!」


たくさんの真素がわたしの身体に流れ込んでくる。

あったかい……はうぅ……気持ちよくなっちゃう……。

岩盤浴してるんじゃないんだから!


まだ足に馴染んでいないローファーと靴下を脱ぎ捨てる。


「獣人変化! Type 小太郎、白銀狼!」


身体から白銀と桃色の光が溢れていく。

狼の耳が生えて、ふさふさのしっぽがフリフリする。


「狼の手と脚!」


手と脚の肌質が変わって、筋肉が盛り上がるともふもふの毛が伸びる。

手足の指先には鋭い爪が伸びていた。

おろし立てのセーラー服が汚れないようにしなきゃ。


「小太郎、すぐ終わらす!」

「わかってる!」

「白銀狼の群れ!」


真獣たちの周囲に、十数体のわたしが現れる。

突然の数に狼狽する真獣のうちの一体がわたしを襲う。

爪がわたしの身体を切り裂くと、そのわたしは消えていなくなった。


切り裂かれたのは残像。

特別な歩法と狼の脚力で発現できる技。


縦横無尽に駆けるたくさんのわたしに翻弄される真獣の一体を、本体のわたしが狼の爪で切り裂き殺す。


「スカート!」

「なに!?」

「しっぽで中身が!」

「うひゃ!?」


少し短めのスカートが逆立つしっぽと歩法のせいで、ふわりと舞い上がって白いレースの下着がしっかりと丸出しになっていた。

今日は入学式だから気合いの入ったやつだったんだけど……。


「そ、そそそ、そんなこと言ってる場合じゃないもん!」


残像が真獣たちを翻弄している間に真獣を仕留めてやる。

恥ずかしいのを我慢して気合いを入れる!


「きゃっ!?」


ずべんと転んじゃった。


「戦闘中にドジ!? なんでいつも!? 何もないところで転ぶのやめろ!」

「ごめ〜ん」


小太郎はこの間に数体の真獣の胴と頭を切り離し、数分後には、すべての真獣を倒していた。


「お二人ともさすがですね。転んでるさまも丸見えでお見事でした」

「一言余計だよ!? って、ずっと見てたの? だったら手伝ってよ」

「戦いはわたしの仕事じゃないですから」


顔から足先まで髪や肌が見えないようなダボダボの衣服を身につけている。

聞き覚えのない女の人の声。


「ことよの里から関東支部に派遣されたばっかりの新顔さん?」

「はい、よろず担当です。では真獣の遺体は回収しておきます。素材などは吟味しておきますので」

「あ〜、任せる」


ことよの里は、小太郎やわたしのような、普通の人とは違う異形の人たちが暮らしている隠れ里のこと。

大昔、そして現在、こことは違う世界、異境からやってきた人たちが創設した拠り所だ。

万とは、雑事全般をこなす、なんでも係みたいなお仕事をする人たち。

素材については、真獣を倒したものに優先権がある場合が多いけど、この真獣レベルの素材はそんなにいらないし、変化主体のわたしたちにはあんまり必要ない。


「あ! 小太郎ったら怪我してる!

早く言ってよ、もう!

<聖癒の御手>」


怪我をした腕に手をかざすと光の粒がひとつふたつと現れて、あっという間に光に包まれて怪我が修復されていく。


「姫和、サンキュ。行こう」


黒水に手をかける呼ぶ小太郎。


「そうね、ここからが本番だものね。

開けよ! 隔てる門よ!」


転移門発動真術器から発する淡い光が黒水を覆う。


「行ってらっしゃ〜い」


万さんが手を振ってくれている。


「姫和」

「うん!」


小太郎の手をとって、二人一緒に黒水に飛び込む。



こんなことがわたしの日常。

どうしてこんなことになってしまったのか、これからどんな未来に向かっていくのか。

今、この瞬間になっても思う。

世界の理りなんて何も知らなかったあの頃、あのときの出会いがわたしたちの運命を決定づけてしまったのかもしれないと。


まあ、なんとかなるよね!

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