狼と姫 〜妹姫〜

(本編は非公開中です)


〜語り手 妹姫〜


「迷子じゃ……ないもんっ!」


穏やかな木漏れ日が降り注ぐ林の中、わたしは空に向かって思わず叫んでいた。


「空が青い!

……ついさっきまで、千遊(ちゆ)が隣を歩いていたはずなのに!

もうっ! ……元の場所に戻ろうと歩き回ったのは失敗だったかも!」


ついさっきとは言ったものの、実はしばらく刻が経っていたのは自覚してる。


千遊というのは、わたしのためであれば自らの命なんて塵にも等しいとまで思いを拗らせている獣族の侍女のこと。きっと今ごろ目を血走らせてわたしを探しているはず。


千遊のほかにもお付きの侍従たちがいたのだけど、色鮮やかな野鳥を見つけてしまったわたし、うっかり我を忘れて追いかけてしまったのがいけなかった。


「絶対、千遊にこってり絞られる! どうせ姉姫さまと比べられていろいろお小言を言われるのよね」


姉姫というのは、この和國の次期王位継承者でもあり、わたしの双子の姉のこと。


まだ子どもなのにまさに王族の鏡! と言える尊敬すべき姉。


おてんばわがまま姫とも揶揄されるわたしとは大違い。見た目はいっしょだから、一層比べられちゃうのよね。

見た目が同じといっても間違えられるようなことは絶対ない。髪の色が違うから。


二人とも白金の髪だけど、姉姫は藤紫色、わたしは桃色味を帯びている。

もしも髪の色がいっしょだったとしても口を開けばすぐに見分けがつくだろうけど……。


そして耳に入ってきたのは、ぎゃぎゃ〜といういかにも気味悪そうな獣の叫び声。


「うひっ!?」


辺りをきょろきょろと見回し、なにも近くにいないのを確認してほっとする。ただの獣ならまだしも、もしも真獣だとしたら危険を通り越して間違いなくこの世とはお別れすることになるもの。


「べ、別に心細くなんてないから! まだ陽も高いし!

あ〜あ〜。ナッシュがいっしょに来てくれたら良かったのになあ」


ナッシュはわたしとお姉ちゃんに仕える近衛の騎士で、お友だちなんだけど……

お姉ちゃんといっしょにいることが多いんだよね。

むう〜〜〜。


がさがさっ!


「うっひひゃう!?」


背後からの突然の物音に心臓が凍るかと思った。

恐る恐る振り返るとそこにいたのは……傷だらけの獣人の少年!

驚いたことに背中には一本の矢が刺さったまま。


「な、何者だ!」


衣服は薄汚れ、肩で息を切らせてる。間違いなく何者かに追われている様子。

心中穏やかではないだろうに、怯えた様子を見せるでもなく、耳としっぽをいからせ小刀を構えて威嚇してくる。


耳としっぽの形からすると狼の獣人族かしら?

黒い髪に黒い肌、全身真っ黒の狼獣人族?

この獣族はたしか滅びたはず……。


びっくりはしたけど、わたしは間をおかず少年に向かって歩き出す。


「来るな!」


少年は小刀を振るうとさらに威嚇してくるけど、そんなことはかまわない。目を見ればわかる。この少年は人を無闇に傷つけるようなことはしない。


「そんな傷だらけでなにを言ってるのですか! 癒やしを施します。お見せなさい!」


一応、聖女な姫っぽい口調を意識、わたし偉い!

少年の目の前まで歩ったところで、振るわれた小刀がわたしの腕を着物ごと切り裂く。

痛ったひ〜〜〜!

……前言撤回。


そして、いま気づいた。

訪問用の着物が切り裂かれたことを。これって湧水あふれる北の山麓にある織物工房で織られた一点物。腕の良い職人さんたちが一年以上かけて拵えてくれたものだから、大事に大事にしようと思っていたもの。

こんなときに着るんじゃなかった!


ああ〜、やっちゃった……残念。

絶対、千遊にも怒られる〜。


「あ……」


少年がわたしの腕から流れる血を見て狼狽えてる。そんな顔するなら武器なんて持たなければいいのに。


「大丈夫です。なにも怖くありません」


自分の腕の傷は放っておいて、少年の肩に両腕を回すときゅっと抱きしめる……震えてる。


あら? わたしとあんまり変わらない身長に見えたけど思ったより小柄。それにやわらかくて華奢な身体つき。

この子……女の子だ! よく見るととてもかわいい顔……わたし好み。

なぜ男装してるか、それはすぐにわかること。


「痛みますわよ」


背中に刺さった矢を一気に引き抜くと、少女は痛みを押し殺して無言で悶絶する。

ふ〜ん。追っ手を意識してるのね?


「偉いわ。痛いの痛いの飛んでけ〜」


少女の身体が光の粒で包まれると、いつも通り身体中の傷があっという間に消えていく。


「はぁ……」


張り詰めていたような少女の表情が次第に落ち着いてくいく。


「わたしの癒しの真力<聖癒の御手>はあたたかくて気持ちいいでしょう?」


そしてわたしの頭に浮かぶ少女の記憶。この少女は……。


「わたしとおいでなさい。一生、面倒見て差し上げますわ」


「は!? なにを言って……うしろ!」


「ええ、わかっておりますわ。あなたの追っ手のようですわね」


ちらりとうしろを振り返ると全身灰色の狼獣人が数人。小剣を携えて軽装鎧で身を包んでいる。

鎧に記されたあの紋章……たしか隣国に属する少数部族のもの。


「おとなしく捕まってればいいものを手間かけさせやがって! もう逃がさん!」


「畜生! お前、俺のことはほって逃げろ!」


せっかく緩んでいた少女の表情がまた険しいものに。まったく……。


「なにをおっしゃっているのです。あなたはわたしとくるのですよ。さっきもそう申し上げたでしょう?」


「はあ? なにを言ってるんだ、このガキ。殺されたくなかったらとっとと逃げるんだな!」


「月並みな脅しですわね。捕縛した重要人物にあっさり出し抜かれて逃げられるようなお間抜けな軍人ですもの。仕方ありませんわね」


「お前! 殺されるぞ!?」


「いい度胸してるじゃあないか。よく見りゃ身なりがいい上物。ガキとはいえ女には違いない。そこまで言うならズタボロになるまで楽しませてもらった上で殺してやるよ。おい!」


すっごいお冠! そりゃそうか。

ぞろぞろと林の奥から出てくる灰色の狼獣人。


「ひーふーみー……八人」


これで全員のはず。だったら……。


「ほらみろ! 俺にまかせてお前は行け!」


「一応、確認しますが、あなたの所在を把握しているのはこの八人だけですわね?」


「え? うん……たぶん」


「そう……それなら全員殺してしまえば問題ありませんわ」


「おいおいこの嬢ちゃん。俺たち全員を殺るつもりらしいぞ」

「頭が弱いんじゃねぇか?」

「俺たちで教育してやろうぜ」


狼獣人たちが顔を見合わせてバカにしたように笑ってる。

やかましい! 余計なお世話だ!


まあ当然よね。獣人族の軍人一人を相手に子どもの女一人で勝てると思う方がおかしいものね。

狼獣人の一人が小剣を振り回しながら寄ってくる。


「もう無理だ! こうなったらやるしかない!」


少女はわたしの前に立つと小刀を両手で構えて唸り声を上げる。


意地らしい! かわいい! これはなおさら連れていくしかない!


「ご安心なさい」


少女の両肩を抱きしめて、耳元でやさしくつぶやいてから。

狼獣人の一人をビシッと指さす!


「千遊! やっておしまいなさい!」


「お声がけが遅いのです! 危うく先走るところでした!」


言葉とともに、狼獣人族が声もなく次々と倒れていく。首筋にはくないが深々と刺さっていた。


「あら、ほんとに殺すことはなかったのですわ。尋問もできたでしょうに」


「かなたさま!? 殺してしまえば問題ないって言ってましたのです!?

それに、またしても獣族を拾われたのですか!?」


「だめ?」


上目遣いに小首をかしげると、言葉を失う千遊。

ちょろ〜い♪


そして林の中から現れる侍従たち。

八人の狼獣人を倒したのは千遊だけではなく、この者たちの手にもよるものだ。ほんとに優秀なんだから。


「あなたのお付きの侍女がひとりいるはずですわよね。探しにいきましょうか。ね、黒姫さま」


わたしたちのやりとりにあっけにとられ、目をパチクリとする男装の少女に声をかける。

一応、倭國の姫らしく振る舞ってはみたけど上手くできたわよね?


「え!? どうしてわたしのことを!?」


「ふふ、なんでかなあ? さあ! 行くわよ!」


いけない。油断すると、すぐに姫様口調を忘れちゃう。

どうせすぐにバレるし、まいっか〜!


「え!? いや! でも!?」


不思議そうにしている少女の手をとって林の中を歩き始める。

国境の集落の視察も無事終わっているし、この少女が一番の収穫!


これから楽しみ!



☆一話だけです♪

 後ほど姉姫のお話も投稿します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る