狼と姫 〜はじめての〜

(本編は非公開中です)


〜語り手 ナッシュ〜


「白狼族が族長ガルドの子、ナッシュ、御前に参上いたしました」


「面をあげよ。ガルドの子、ナッシュよ」

「は」


言われた通り、顔を上げる。


朱色の壁面、柱に施された見事な彫刻。正面には玉座。

全体的に華美すぎることなく品の良い趣が感じられる。


これが……人族が頂点に立つ他種族国家、和國の国王か。

誉れ高い武人である父とは真逆だな。


どの国でも戦乱の絶えないこの時代、民衆は疲弊しながらも統治を成す英雄を求めている。

当然、どの国でも武官、武人などの影響力が強く、文官などの発言は軽んじられる風潮にある。


にも関わらず、鍛錬などまったく縁のなさそうな軟弱とも言える男が玉座に座している。

“知政王”と称され、その知略、計略を持って、武力をほとんど用いず強国にも引けをとらない国力を誇っている。


「よくぞ参られた。さっそくだが、我が娘たち、双子姫直属として近衛騎士の任に就くことを命ずる」


「この身に代えましても、お二人をお護りすることを誓います」


「ならびに学友として隣に立つことを許す。ともに精進せよ」


「お心のままに」

「うむ。退がってよい」


無難にこなした。あとは立ち去るのみ。


「待って、お父さま。まだわたしたちのご挨拶がまだです!」


「かなた姫、お父さまではなくて国王陛下とお呼びなさい。ここは謁見の間ですのよ」


「だって、はるか姉! 隣国からきた初めてのお友達なのよ! 早くお話ししたいんだもの!」


「ふふ、それについては同意をいたしますわ。ですが、はるか姉ではなく、せめて姉姫様とお言いなさい」


玉座の隣に控えていた姫たち、口ぶりこそ違うが我慢ならんとばかりに口を開いていた。

国が国ならば、姫といえど王の不興でも買いそうなものだが、目の前の知政王は相好を崩している。

聞いていた通り、だいぶ子煩悩と見える。


姫の歳は九つで間違いなかったはず。

年相応の可愛らしさと、美麗ともいえる容貌。

世界広しといえど、このような美貌の持ち主は二人といないだろうし、さらに美しく成長するだろうことは想像に難くない。


いや、二人だった。目の前にいるこの双子姫はまったく同じ顔をしている。

相違点があるとすれば髪の色くらいか。

二人とも白金の髪だが、姉姫は藤紫色、妹姫は桃色味を帯びている。

髪色を除き、口さえ開かなければ見分けがつかないだろう。


本来、謁見をそつなくこなし、立ち去るのみと思っていたが、俺の本当の役割を果たすため、早速の好機がやってきた。


「陛下、発言のお許しを」

「許す」


「お初にお目にかかります。

聖賢の姫、はるか様。聖癒の姫、かなた様。

双子姫であるお二人は当代随一の美姫と聞いておりました」


「まあ!」

「いや〜、それほどでも〜」


反応を見るに二人とも自身の容姿がどのようなものか承知しているらしい。


「ですが、噂とはあてにならないものと身に染みてしまいました」


大袈裟に残念そうなため息をついてみせる。

途端にざわつく、武官、文官、侍女たち。


「大国ブリオディウォルフに属する部族、白狼族といえど少数部族にすぎない族長の子がなにを言うのです!」


双子姫の後ろに控えていた侍女がその身を震わせて激昂している。

おそらく姫付きの筆頭侍女といったところか。


「当代随一とはこの世のすべてのこと。

もしも、この世以外にも異なる世界があるとしたら、双子姫の美しさはどの世界においても勝るものと感じ入っております。

それゆえ残念な噂はあてにならぬと落胆した次第でございます」


「はっはっはっは! これは驚いた!

姫らとそう年端が変わらぬというのに、なんという口達者。逆に将来が心配だ!」


「陛下、身の程を過ぎた発言、お許しください」


「よい、二人を見るがよい。愉快だ!」


見れば、妹姫は顔を真っ赤にして心をどこかにやってしまった様子。

姉姫は妹姫ほどではないがのぼせたような顔をしている。

どちらも男に対する免疫を持ち合わせていないようだ。


子煩悩な父親の反応も上々、うまくいったか?


「あ、あの、ナッシュ様も大変な容姿を……その、美丈夫だと……存じます」


姉姫の発言にまたもざわつく周囲のものたち。

あの優秀な姉姫がそんな浮ついた話を公の場でするなんて、おおむねそのような内容が多かった。

なるほど、だいぶ好印象だ。


確かに俺自身、捨てたものではないと自負している。

陽のあたり方によっては白銀に輝く髪、紺碧の瞳、白い肌、白い角、柔和感もある端正な顔立ち、鍛えた肉体。

そんな容姿を俺はしている。


「それでさ、聞きたいんだけど、近衛騎士なのに剣を持ってないのね」


妹姫が椅子から降りて俺の目前まで小走りに寄ってくる。

いや、ここは謁見の間だろ? そんなこと許されるのか?


この双子姫、容姿はまったく同じなのに性格がまったく違う。


姉姫はその幼さに反して、知に長け、賢く、まさに王族の鏡と、聞いていた通りに思えた。

妹姫は癒しの聖女としての名声が忘れられるほどに、おてんばわがまま姫と揶揄されると聞いていたが、まさかこれほどとは。


「お父さま、ナッシュは近衛騎士なのに帯剣を許されてないの?」


俺の目の前で小首をかしげて、玉座の王を見上げている。


「妹姫よ、もう少しでよい、姫らしくは振る舞えないものか?」


知政王と称されるほどの男が困っている。

周囲のものは先刻承知しているらしく、日常を前にしているかのようだ。

ただ一人、激昂した侍女のみが慌てふためいている。

さて……


「陛下、この場にてのご披露、よろしいでしょうか?」


「うむ、見せてみよ」

「では……」


俺は頭の左側に生える白い角を右手で握る。


「<鬼狼の刀>」


真力しんりきを込めて、角を持つ手を引き上げていく。

角が白銀の光を放つと、片刃の刀へと変化していく。

ある程度長くなったところで、刀を持った手を前に突き出す。

刀は光ったまま、さらに刀身が伸びていく。

光が消えると、ゆるやかな反りを描く刀を構えてみせる。

角はなくなったわけではなく、しっかり頭に残っている。


「「綺麗……」」


「疾風のような文様に白く雅な束が素敵ですね」


「鞘はないの?」


「姉姫様、お褒めの言葉ありがとうございます。

鞘はわたし自身にございます、妹姫様」


玉座に向き直る。


「陛下、お許しをいただければ、いま、お二人に騎士の誓いを、剣を捧げたく」


膝をついて頭を垂れる。


「うむ、また機会を改めてと思っておったが……興が乗った。

いまより簡易ではあるが誓いの儀式を執り行う。

この場にいるすべてのものが証人と心えよ」


「ありがたき幸せ」


「白狼族が族長ガルドの子、ナッシュ。我が剣を捧げます」


刀身を両手で支え、姉姫に刀を差し出す。

無言で刀をとる姉姫、刀を構え儀礼の舞を見せると、刃を俺の首筋にあてがう。


「我が名ははるか。我が名にかけて誓いなさい」


なるほど聖賢の姫か、見事なまでの気格と存在感だ。


続けて、姉姫から刀を受け取った妹姫が同じように振る舞う。


「我が名はかなた。我が名にかけて誓いなさい。よろしくね」


妹姫が最後に余計なひと言を付け加える。

とても強力な癒しの真力を行使できる持ち主とは思えない。

これでは侍女の苦労も知れるというもの。


「はるか様、かなた様の名にかけて、この身、この魂、未来永劫、騎士として剣を捧げることを誓います」


二人の姫の手甲に口づけをすると、二人とも美しい顔を赤らめている。


「主従の誓約はなった。

双子姫よ、主として恥じぬよう努めよ。

近衛騎士よ、従者として主の心に忠実に仕えよ」


これである程度自由に動ける。あとは日々、信用を積み重ねていくのみ。


「「ナッシュ様」」


双子姫が俺の名を呼ぶ。


「今日からわたくしたちとともに歩んでいただけることを嬉しく思います」


「勉強もいいけどさ、いっぱい遊ぼうね!」


二人の屈託のない笑顔が眩しい。



優秀な姫におてんば姫か、なんとも愛らしい。

姫に憧れるような、どこにでもいる騎士であるならば、おそらく天にも昇るような思いを得ていたことだろう。

だがいずれ、覇王と成す父のためにお前たちを俺は裏切る。

せめて、それまでの間、忠誠を誓うことを約束するよ……。



☆一話だけです

 本編をリメイクできたら投稿したいと思ってます!


しつこいようですが、まだのお方は!

ボクっ娘天使リュリュエルのお話をぜひお読みください!


「はちゃめちゃボクっ娘?天然天使リュリュエルが勇者を大量爆誕!異世界無双!」

https://kakuyomu.jp/works/16818023213105901664

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