もふドル 〜異世界からやってきたモフモフ獣人娘たちが現代社会でアイドル無双する!〜前編

ねこ、ねこ、ねこ、ねこ、にゃんこ〜!

我が眷属どもよ! 集まるにゃ〜!


「ん?」


かすかに聞こえた声を、男の耳が捉えることはできなかった。

頭上の騒音にかき消されたからだ。


「今日もヘリの音がうるさいな」


暗くなろうとしている空を見上げると、報道局などによる複数のヘリコプター、ドローンが新宿御苑の上空を飛んでいた。

数日前から一向に活動の衰えがみえない。


新宿御苑に一夜にして現れた建造物群が原因だ。

高い城壁にぐるりと囲まれた内部には、住居のような建築物が建ち並び、中心には西洋式の城砦を思わせる巨大な建築物がそびえていた。

当然、地上からはすべてが見えるはずもなく、マスコミの好き勝手な報道で露見したものだ。


カメラに映っていたのは、建築物だけはなかった。

人の姿が複数確認できたのである。

ただし、普通の人の姿ではない。


頭には獣の耳、尻には獣のしっぽ、中には獣の体毛を生やしているもの。

それぞれがそれぞれの特徴を持ったその身体。

地球上で確認することのできない進化を遂げた生物。


一言で言うなら……


獣人


と、評するほかないだろう。


いずれも若い娘ばかりで、顔立ちや肌の色に一定の国籍、人種を感じさせることもなかった。


異世界から現れた転移者だとか、新手の新興宗教だとか、肝の太いコスプレイヤーの所業だなどとインターネットの住人たちが書き込みを重ねている。

いずれにしろ、国内外問わず、マスコミはもとより、一般人、政府と世間を大いに賑わせている。


「ふう、疲れた。なかなかいい人材が見つからないな」


この男、鈴木一郎という。歳は30前後。これといった特徴もない平凡な男性だ。強いていえば仕事柄、清潔感には気を使っているくらいか。


「今日の仕事は終わり……ちょっと休んでいくか」


セビンイレビンで買った唐揚げ串に焼き鳥(タレ味)とコーラを手に、新宿御苑千駄ヶ谷門から入ると手近の休憩所で腰を下ろした。


この男の頭のネジが外れているのか、それとも連日の忙しさで判断力が鈍っていたのか。

いずれにしろ常人ではありえない行動だった。


新宿御苑の外縁で通り魔殺人未遂事件があったばかりだからだ。

まだ犯人も捕まっていない。

普通であれば人間同士の犯罪ということで小学生の登下校が制限されるくらいだろう。


しかし、マスコミによると血だらけの爪と牙を剥き出しにしていた獣人を目撃したという近所の住人が数人いるらしい。

新宿御苑に現れた新たな住人の仕業では、と噂が噂を呼び、誰も近寄りたがらない魔窟となっていた。

そのためか、苑内の施設は休業状態、ひとっ子一人いない。


それでも国の対応は早いとは言えず、新宿御苑自体、閉鎖もされていない。

いまだに苑内に入ろうと思えば入れるのである。


「それじゃあ、いただきます」


腹が減っていた。朝飯を食わず、昼食抜きで営業活動をしていたからだ。

星空が浮かび上がった空のもと一郎が手を合わせる。

信心深い訳じゃないが感謝の気持ちを表するには十分な振る舞いだと思っている。


包み紙から唐揚げ串を手に取って口に運ぼうとしたとき、こども広場でなにやら騒いでいる少女が見えた。

唐揚げを口に放り込むのも忘れて注目すると、十数匹の猫たちを相手に熱弁を振るっているようだった。


「なんだありゃ?」


よく通るきれいな声、印象的だな……興味を覚えた一郎は唐揚げ串を手にしたまま腰を上げて近づいていく。


熱弁を振るう少女よりも、まず猫たちに興味が湧いた。

なんで猫たちはこんなに真剣そうに少女の言うことを聞いているんだろう?

内容は……この近くで魚の漁れる川を教えるにゃ、とか、眷属なのだから情報収集を手伝えにゃ、とか。

語尾ににゃがついてるあたり、思い込みの激しい少女なのかもしれない。


そう思って少女に視線を移した男の呼吸が止まる。


「かわいい……」


全身に活発さがあふれている、力強い瞳に心がまるで吸い込まれるようだ。

一郎の胸は激しく脈動していた。


「ふにゃ!? かわいいってあたしのこと!?」


少女の声に我にかえる。


「とても……かわいい」


ただの変質者だ。

通りすがりのおっさんが中学生になるかならないかくらいの少女にそんなことを言ったら当然そう思われるだろう。


「男にゃ!? ふー!」


一郎を目にした途端、毛を逆立てて威嚇する少女。


「猫!?」


頭の上にピンと立つ耳。毛が膨張するしっぽ。口元には牙。

その様子はまるで怒りに身をまかせて威嚇する猫そのものだった。

いまにも襲いかかってきそうな少女を前に焦燥する一郎。


猫、猫、猫、そうだ!


一郎は右手に持った唐揚げ串を猫じゃらしのように少女の目の前で揺らす。


「!」


目の前で揺れる唐揚げ串に本能的にじゃれつく少女。


「くんくん。なんにゃ? いい匂い……」


絶世の美少女と言ってもいいほどの少女がよだれをじゅるりと垂らしている。


「食い物にゃ!」


唐揚げ串にパクりと食いつく少女。

なんとも警戒心のない行動だ。


「俺の唐揚げ!?」


串は一郎の手に持たれたままなのにもぐもぐと口を動かしている。


一郎の目の前で少女の頭が揺れている。


「これって……猫耳?」


ぴょこぴょこと大きな獣の耳が忙しく動いていた。


「コスプレ?」


それにしてはよくできてる……髪の生え際と耳の体毛の境目がなく作り物の感じがない。

思わず、そっと耳毛に指をちょんちょんと触れてみる。


「にゃははははは! くすぐったい! なにするにゃ!?」


目にも止まらぬ速さで耳がパタパタと動く。


「本物!?」

「猫の獣人なんだから当たり前にゃ!」


怒った表情の少女のうしろで長いしっぽがぶんぶんと振られていた。

まるで機嫌が悪いときの猫のように。


「うそ……ネットでみた……あれ」


いまさら、自分がどこに足を踏み入れていたのかを自覚する。


「く、食わないで! これ、これもあげるから!」


もう一つ買っておいた焼き鳥(タレ)を差し出す。


「もらえるのに食べちゃダメ?」


指をくわえて焼き鳥を凝視したあと上目遣いで一郎を見る少女。

卒倒もののかわいさだ。


「え!? 俺のこと……食べたりしない?」

「しないにゃ! ゲテモノ食べないし!」


「そ、そっか……」


心底、胸を撫で下ろす思いだった。

ネットでは、建造物の住人は人喰いの化け物、なんて書き込みがあったからだ。


「それ、食べてもいいかにゃ?」

「あ、ああ、もちろん!」

「ありがとう!」


パクパクとあっという間に食べ尽くしてしまった。




「おなか、いっぱい! ここんとこなんにも食べてなかったから幸せ〜」

「なんにも?」


あの建造物が現れてから数日が経つ。

その間、なにも口にしてなかったのか?


「お礼に歌うね!」


さっきまで男とみて威嚇していたはずの少女は、尻としっぽをふりふりして休憩所の屋根に跳びあがる。


「まじか」


休憩所の屋根は4、5メートルはあるだろう。とても人間業ではない。


少女は胸に手をあて一呼吸、軽やかな歌声が苑内に響き渡る。



☆中編に続きます♪

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