チートデイ
藤泉都理
チートデイ
チートデイ。
厳しい食事制限を伴うダイエット中に、好きなだけ食べてもいい日を計画的に設ける事。
チートデイのチートには「だます・あざむく」という意味がある。
これはチートデイに「脳をだます」という狙いがあるから。
ダイエットをしていると、突然体重が減りづらくなる「停滞期」に陥る事がある。これはダイエットによって日常的に摂取カロリーを減らしていると、脳が飢餓状態だと勘違いして身体を省エネモードにしてしまう為。
そんな時にチートデイを行うと、身体に十分な栄養があると脳を錯覚させる事ができ、再び代謝が上がって痩せやすくなる。
「バイ、『マイナビコメディカル 医療介護・リハビリ・療法士のお役立ち情報セラピストプラス』」
ふふんふふんふふんふん。
鼻唄を奏でながらご機嫌で家に帰り、手洗いうがいを済ませ、チートデイに相応しい、デパ地下の肉詰合せ弁当をちゃぶ台に出そうと、メーカー名がお洒落に刻まれた紙袋を広げて覗いた時だった。
「こ、これは。あれだ。あれ。その。あれ。あれあれだ」
あれだ。あれである。名称を告げてはいけない、あれだ。
「何で、あれが、私の紙袋の中に。そして、私の肉詰合せ弁当はいずこに」
あれしか入っていない紙袋の上部をそっと閉じて、腕を組んで、そう言えば、と、思い至った。
「そうだ。デパ地下で、和牛ちゃんにぶつかった時に、あろう事か、私は肉詰合せ弁当が入った紙袋を床に落として、和牛ちゃんが新しいのに取り替えてあげるよって言ってくれて、その言葉に甘えて、取り替えてもらって」
ゾゾゾゾゾゾ。
悪寒が全身を駆け走った。
これはあれだ。あれあれ。あれだ。
和牛ちゃんは笑っていたが、いや、笑っている和牛の着ぐるみなので、常に笑っているが、それは置いておいて。
肉詰合せ弁当を床に落とした事を、表面上は気にしていない風にしていたけれど、気にしていない風にしていただけだ。
つまりは、あの、着ぐるみの中では、歯ぎしりをしながら、憤怒の表情を刻みつけていたはず。
このガギャア大切な和牛の肉を詰め合わせた希少で貴重な弁当を床に落としおってに身体を張って護らんかいボケガア赦されると思ってんのかアアン。
そう、このように憤怒していたからこそ、私に、私に。あれを。
「あば。あばばばばばば「アバター星人?」「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!??」
「落ち着け、姉貴。おい。おーい。息していますかあ?息をしてくださあい」
突如として出現した弟に、心臓がどこぞへと釣り上げられて呼吸停止に陥った私は、けれど、弟の懸命な呼びかけにより、無事に釣り糸を手繰り寄せて心臓を取り戻す事に成功。何度か呼吸を深く繰り返してのち、あれをもらったと弟に言った。
「は?あれって?」
「私は行く」
「あれ?どこ行くの?今日はチートデイだからって五駅向こうのデパートに行って目当ての物を買って、帰って来たんじゃないの?」
「また行ってくる。和牛ちゃんに赦しを請わなければ」
「は?和牛ちゃん?なに?なんなん?何か不祥事を起こして、呪いの人形「それ以上言うでない!」
「………ちょっと、見せてみ。その紙袋の中」
「だめだ。おまえまで見たら、おまえも」
「謎の演技はもういいから、見せろって」
「くう。弟よ。そこまで姉を心配して。姉は。姉は、とても嬉しい」
「はいはい。紙袋を押し付けるな。中身が潰れる。って。何だこりゃ。おかっぱ頭の女の子の人形?」
「そう。あれだ。あれあれ」
「姉貴。まだ怖がってたのかよ?」
「一生怖いですけど何か?」
「今の姉貴の顔の方が怖いんですけど。はあ。まあ。よくわからんけど。俺もついていってやるよ。デパ地下。どうせ間違えて渡されたんだろけど」
「お、弟よ。姉は。姉は。途轍もなく、感激している。だがしかし、何も奢らんぞ」
「っち」
舌打ちした弟はついてこないと思ったが、デパ地下についてきてくれて。
新しいのに取り替えてもらったのに何故かあれが入っていましたが私がすべて悪いのでございますと私は何回も何回も謝りながら、弟は新品に取り替えてもらった時に間違って人形が入った紙袋を渡されたんで変えてもらっていいですかと冷静に説明しながら、肉詰合せ弁当のレシートを和牛ちゃんに見せると、和牛ちゃんは笑いながら謝ってくれて、今度は肉詰合せ弁当を紙袋に入れるところを見せてから、私に肉詰合せ弁当が入った紙袋を渡してくれた。
和牛ちゃんは憤怒しているに違いないと思い込んでいた私は何度も何度も頭を下げながら、和牛ちゃんに背を向けて歩き出した。
弟の裾をぎゅっと掴みながら。
「姉貴が慌てふためくから、あの人形の出所が訊けなかったじゃんか」
「いいよもう。こうして肉詰合せ弁当が戻って来たから。もういいの。あれは忘れる。そして、もう、あのデパ地下には。行かない」
絶対に。もう。行かない。
「あれ?行かないんじゃなかったっけ?」
「しょうがない。だって、肉がとっても美味しかったから」
弟の呆れた視線も何のその。
私は胸を張って、足を微動させて、そう言った。言ってやった。
「ってか。あれ?今日って。チートデイだったっけ?」
「………」
………。
(2024.8.1)
チートデイ 藤泉都理 @fujitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます