君が聞くとき、だいたいは。

こばなし

きみ(あなた)のこと知りたい

「この服、どうかな?」


 隣の席の女子生徒、鈴木成美すずきなるみから見せつけられたスマホ。

 画面にはガーリーなファッションに身を包む彼女の姿が。


「鈴木さんはどう思うの?」

「もう、工藤くんいつもそれ」


 僕、工藤新太郎くどうしんたろうがそっけなく返すと、彼女は頬を膨らませてみせた。

 でも仕方がない。これしか言いようがないのだから。


「君自身がどう思うか、大事なのはそれだろ?」


 というか、まあ、彼女がこうやって何かしらを「どうかしら?」と聞いてくるときは大抵、自分の好みを正当化させたい時。

 僕の意見とか、たぶんどうでもいい。すでに彼女の中で結論は出ている。


「それ、気に入ってるんだろ?」

「まあ、そうですけどぉー……」


 鈴木さんはつまらなそうに窓の外を見て、ぼそり。


「……あなたの好みを知りたいから聞いてるのに……」

「何か言った?」

「ううん。隣の席の男子が素っ気なくて、つまんないなあって言っただけよ」


 ちなみに僕的には、もうちょい落ち着いた感じのが好きかなあ。

 ……などと答えたが最後、しっかり聞こえていたことがバレてしまうので、黙っておく。


「まあでもさ、結局は自分が気に入ったものを着るのが一番だよ」


 現に、お気に入りの服に身を包んだ彼女の写真は、魅力的だった。


「それもそうね。その方が気分がいいものね」


 鈴木さんがにこりと笑うと同時、タイミングよく授業開始のチャイムが鳴った。


***


 四限目終了のチャイムが鳴ると、教室中ががやがやと沸き立った。

 解放感からくる賑やかさに、僕らも置いていかれないようにとばかり席を立つ。


「今日何食べよう?」


 学食へ向かう廊下で、隣を歩く鈴木さんが語り掛けてくる。


「どうせ焼肉定食だろ? ごはん大盛りで」

「は、はあ!? なによ、人を大食いみたいに!」


 むきーっと声を荒げる鈴木さん。

 しかし、恐らく、いや、絶対に、彼女が焼肉定食以外を頼むことは無いと思う。


「じゃあ、サバの味噌煮定食にする?」

「いいえ」

「じゃあ、何にするんだよ?」

「……焼肉定食」


 ほら!


「いいんじゃないか、君が好きなものを食べれば」

「ま、まあ、そうなんだけど……」


 彼女はもじもじと歯切れが悪い。


「工藤くんは、その……大食いな女子とかどう思う?」

「はあ。いつも言ってるだろ。大事なのは自分がどう思うかだ」


 ちなみに僕がどう思っているかというと。

 好きなものをおいしそうに食べる鈴木さんはかなり可愛いので、ぜひとも今後とも食卓を共にしたいなどと秘かに思っているが……今言うと格好がつかないので代わりに別のことを言っておく。


「君は焼肉定食を食べるべきだ。ご飯大盛りで」

「……? やけに大食いを勧めてくるわね……」


 しまった。おいしそうに食事する鈴木さんを見たいがあまり、言葉に気持ちが入り過ぎてしまった。


「まあ、いいわ。そこまで言うなら食べてあげる!」


 彼女は僕の秘めたる想いには気付かない様子で、ふふん、とごきげんそうに笑った。


 そんな会話を交わしながら歩いていると、目の前に他クラスの派手な連中が。


「あれ? 工藤じゃーん」


 その中の一人、やんちゃそうな金髪の男子が僕に声をかける。


「なんだよ、今から昼食なんだが」

「つれねえな~。あのさ、前から聞きたかったんだけど……お前らって付き合ってんの?」


 金髪頭の発言に、隣からはっとするような気配がした。


「……デリカシーが無いな」

「あ~、ごめんて。悪気があったわけじゃないんだよ? むしろ、善意って言うか」


 彼はそう言って鈴木さんを見る。


「そんなパッとしないオンナなんかと一緒に居ると、お前まで格が下がるよ~って注意したかっただけ」

「……」


 言葉とは裏腹に、悪意しか感じないような言葉。

 それを聞いた鈴木さんは、自信なさげにうつむいてしまう。

 その様子を見た他の連中が次々に口を開く。 


「鈴木みたいな地味でブスな子よりさあ、もっと可愛い女の子いるじゃん」

「ほら、アタシとか!」

「あー、何お前ちゃっかりアピってるの~?」


 彼らの、けらけらと乾いた笑いが廊下に響く。


「……」


 鈴木さんは今にもこの場から離れたいと、そう言わんばかりの悲痛な表情を浮かべている。

 それを見た僕はいよいよ、思っていることを言うべく、ひとつ大きく息を吸い込んだ。


「まあ、彼女のことをどう思うかなんてのは、人それぞれだろう」

「お? なんだ。お前も否定はしないんじゃん、鈴木がブスってこと」

「でも――」


 僕は金髪男子に詰め寄る。


「故意に傷つけようとしてるなら話は違うと思う」


 そう語調を強めて言って、やつらをにらみつけた。


「僕はこの子と居たいからいる。いっしょに居たいと思えるほどの魅力を感じている。それだけだ」

「……!」


 僕が隣で驚いた表情を浮かべていた鈴木さんの手をつかむと、彼女は「えっ?」という素っ頓狂な声を漏らした。


「行こう」


 戸惑う鈴木さんの手を無理やりに引き、連中の横を通り抜けて進む。


「あっ……おい!」


 後ろから引きとめるような声と、唖然としたような気配を感じたが、僕が振り返ることは無かった。


***


「で、なんでここなのよ?」

「なんか、気分」


 十数分後、屋上。

 購買部で買った総菜パンを片手に、僕と鈴木さんは談笑する。


「ほんとうは「そんなことない。この子は可愛い!」くらい言って欲しかったなあ」

「それだと相手の思想の自由を奪うことになるだろ」

「……あなたって本当に「いい人」だよね」


 隣に座る彼女の顔を見るまでもなく、その言葉は皮肉と知れた。


「でも、嬉しかった」


 体育座りをしている鈴木さんは、両ひざに顔をうずめると、続けて言う。


「かっこよかった」


 これまた直球な言葉にたじろいでいると、今度はひざを抱えたままで顔だけはこちらをしっかりと見て、

 

「私も、あなたと居たいと思ってる」


 なんて言われてしまった。

 はあ、仕方なかったとはいえ、さっきの自分の行動をすこし悔やむ。

 本当はもっと、ちゃんとした場面で、ちゃんとした言葉で伝えようと思っていたのに。


 しかしそんな僕の内心など知る由もなく、彼女はたずねてくる。


「だから、ね。ちゃんと聞かせて欲しいな。私のこと、あなたはどう思っているか」

「……分かった。でも、今度改めてちゃんと言わせてほしい。勢いで言ったみたいにしたくないからさ」

「……うん、待ってる」


 鈴木さんは嬉しそうに微笑んで、総菜パンにむしゃりと噛り付いた。


 僕が彼女に心からの想いを打ち明け、一緒に居る時間が増えるようになったのは、まだ少しだけ、先の話。

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君が聞くとき、だいたいは。 こばなし @anima369

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