第20話 鎌倉の藤原高虎は油問屋を営む富豪だった

 俺は、夕食の時に皆に伝えた。


「薬師如来様の頼みでさ、鎌倉の藤原ってお屋敷のお嬢様に、”傷口の修復と痛みの緩和”を教えなくっちゃいけねえんだ。だから、しばらく泊まり込みになると思う。」

「どれくらい?」

「向こうがどれくらいで覚えてくれるかだけど、4・5日ってところかな。」

「神様の頼みじゃ断れないわね。」

「だ、だが、仏の頼みを聞く必要などあるのか?」

「仏じゃなくて、仏教神ね。おんなじ神様だよ。それに、薬師如来様から、一番弟子だって言われちゃったからさ。断れるわけないじゃん。」


 翌日、朝のうちにキジを10羽狩って、俺は鎌倉に向かった。

 門番に来訪を告げると、あっさりと昨日と同じ応接間に案内された。


 少しすると、花織さんと一緒に髭を生やしたオジさんが入ってきた。

 俺は慌てて立ち上がって頭を下げた。


「花織の父、藤原高虎と申します。」

「あっ、神代弥七です。」

「花織から聞きましたが、薬師如来様の治療の術を授けて頂けるとか。」

「はい。今回は、傷の治療をする術になります。」

「失礼ですが、まだお若いようですが、なぜ薬師如来様のお弟子になれたのですかな?」

「別に、俺は望んでないんですけどね。指名してもらったからには、勤めは果たしますよ。」

「の、望んでいないなどと、少々罰当たりではありませんかな?」

「ああ、その前に言っておきます。俺は忌部とされたマトイの一族です。」

「忌部……マトイ……、聞いたことがあります。神道の神に仕える一族だとか。」


「神道の神というのも曖昧な表現ですね。ほら、そこの太刀に宿る神様が笑ってますよ。」

「ほう。この太刀にも神が宿っておられると。」

「約600年前にここ鎌倉で鍛造された無銘の正宗。」

「ぐっ……、何故それを。」

「神様が言ってますから間違いありませんよ。人を斬った事はないそうです。」

「俺には確信が持てなかったのだが、本当に、この太刀は正宗の真作なのだな?」

「この太刀の神様は、高天原の神様で、花織さんの櫛に宿っておられるコノハナサクヤヒメ様の一部である樹林様は自然神。神道の神様とひとくくりにするのは乱暴かもしれませんね。」

「高天原の神様というのは、古記に記されている神様ではないのか?」

「アマテラス様は高天原の神様ですが、月詠様は時の神様。自然神に近いですね。」

「お前は、その神様と話しができると……。」

「俺にも見えない神様は沢山いますよ。アマテラス様やタケミカヅチ様は、ご本人の意思で俺の前に現れてくれましたが、普通は見えない神様です。多分、瀬織津姫様や此花咲夜姫様のご本体はまだお会い出来ないでしょうね。」

「……分かった。それで、花織の櫛の神様が、此度の縁談に反対しているのだな。」

「はい。そう言ってます。」


「それで、当家では代々油問屋を営んでおるのだが、それに関してはどうなのだ?」

「そうですね。菜の花やゴマはサクヤ様で、イワシは瀬織津姫様ですから、この2神を祀る神棚を設けておけばいいんじゃないですか。」

「それは、神社に頼めば良いのだな!」

「んーっ、さっきも言ったように、この2神は自然神です。だから……」


 俺は応接に飾ってあった白磁のツボを手拭いで拭いて、水環様に水を入れてもらった。


「そ、その水は……どこから?」

「ああ、俺の中にいる水環様という神様に出してもらいました。蒸発したら継ぎ足してください。あとはサクヤ様か……、樹林様を飾っておく訳にいかないから、今度何か作ってもらいますよ。」

「だ、誰に?」

「サクヤ様の分け御霊である樹神様っていう神様です。ああ、このツボの両脇に、サカキの枝を備えてあげるといいですね。」

「そ、その、お社とか祭壇みたいなものは?」

「お二人はどちらも自然神ですから、現世から切り離す必要はないですよ。ああ、そうだ、太刀の神様がおられるから、一緒にしてお供えをすると……ああ、お神酒ですか、そうしましょう。」

「な、何が?」

「高天原には、お酒の好きな神様が多いんですよ。だから、日本酒をお供えとして用意してください。あっ、越後のお酒が好きみたいですよ。」

「わ、分かった。すぐに手配する。」


 それから俺は、花織さんの部屋に移動した。


「あっ、これ、俺の母ちゃんと婆ちゃんが縫ったワンピースと下着。」

「えっ、いただいていいんですか?」

「ああ、二人とも仕立ての仕事をしてるから、遠慮なく使って。」

「鎌倉は昔ながらの町なので、こういう外国の服はなかなか手に入らないんですよ。」


 花織さんはその場で着物を脱いで胸帯と下履きを身につけ、ワンピースを着てくれた。


「か、軽いです。それにフワフワしてるし……、ちょっとお母さまに見せてきます!」


 花織さんはタタタッと板の間の廊下を駆けていった。

 深緑のワンピースの裾や縁をレースで飾ってあり、落ち着いた感じのデザインだった。


 少しして、婆ちゃんよりも少し若い感じのおばさんと、母ちゃんくらいの女性2人がやってきた。

 なぜ2人なのか……簡単な事だ。

 母ちゃんと婆ちゃんは、3着分のワンピースと下着を持たせてくれたからだ。


「じゃあ、サキさんとアサコさん、着てみてください。」

「はい!」


 二人の女中さんはいきなり着物を脱ぎだして裸になり、下着をつけてワンピースを着た。

 水色のレース付きワンピースと、黒に赤い模様の入ったワンピースだ。


「着る手間がまったく違います!」

「とても動きやすいです。」

「弥七さんとおっしゃいましたね。花織の母、五月と申します。」

「あっ、神代弥七です。」

「この度は、花織に薬師如来様の御業を追加して頂けるとの事で、大変感謝しております。」

「いえ。薬師如来様も、おそらく人々の事を考えて指示したんでしょうから、できる限りのサポートをさせていただきます。」

「うふふっ、誠実そうな方ですわね。」

「いや、部落育ちの田舎者ですから……。教養もないし、失礼なことをしちゃうかもしれないです。」


「……あのね、弥七さん。こんな言い方は失礼かも知れないけど……。」

「はい。」

「たかだか数十年積み重ねた人間の知識と、数百年いえ数千年、ひょっとしたらそれ以上の時を過ごされた神様の英知。比べようがございませんわよ。」

「あっ……。」

「例えば、タタミの縁を踏まないとか、禁忌みたいな事をいう者もいますけど、物事の本質は違いますよね。」

「……うちの宮司も、神社のしきたりみたいな事を気にするんだけど、神様のそれとは全然違う……。」

「そう。人間が勝手に、格式を持たせようとか、威厳をつけようとか、そんなものは意味のないこと。」

「はい。その通りです。」

「主人にも聞きましたけど、神様を心から敬うために必要なのは、人間の考えた儀式や形式ではなく、直接神様から教えていただいた方が間違いない。驚きましたわ。堅物で名高い主人があんな事を言い出すんですもの。」

「あははっ、神様も笑っていますよ。」


「それでね。弥七さんのお宅では、仕立てを営まれていると聞きまして、それで家の者と一緒に拝見させていただきましたが……。」

「母ちゃんたちの作った服を気に入ってもらえたみたいで良かったです。」

「ええ。仕立ての腕も確かなようですし、二人も気に入ったようです。」

「お母さま。こんな動きやすい服は絶対に良いですよ。」

「あははっ、水環様……水の神様が言うには、和服は姿勢が良くなるし、所作が奇麗に見えるからとても大切なものなんだそうです。」

「あらっ、私も同じ意見ですわ。」

「和服で培われた下地の上で、働きやすい服を着るのはいいんじゃないかって。」

「そうですわね。ですから、家の者に着させる服を作っていただきたいの。」

「えっ?」

「家の者が10名おります。掃除をしたり、料理をしたりするには、和服だと不便な面もありますのよ。」

「はい。和服だとどうしても袖口が気になりますから、たすきで止めているんですけど、それでお客様の前には出られませんから……。」


 水色のワンピースを着たサキさんが明るく笑った。



【あとがき】

 藤原家……。鎌倉の藤原家といえば、将軍家に関係あったのかな?


Youtube動画

https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE

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