第19話 藤原花織は名家のお嬢様だった

 藤原花織に案内されて、俺は屋敷の中に入った。

 入ってすぐの部屋は、長椅子が置かれておりそこに腰掛けるよう案内された。


「鶴舞村からきました。神代弥七といいます。」

「藤原花織です。今日は薬師如来様のお使いだと聞きましたが?」

「うん。薬師如来様から前に”回復と浄化”を教えてもらったんだけど、それを少し変えたら別の技にできたんだ。」

「別の技……ですか。」

「傷を修復して痛みを消す技なんだ。あくまでも薬師如来様から教えてもらった技の応用だけどね。」

「た、確かに私も、傷を癒す術があったらと思っていましたが……、なぜ貴方が?」

「何故って、毎日何人も具合の悪い人を治してれば、怪我をした人も来るじゃねえか。」

「そ、それはそうでしょうけど、貴方はまさか医者なのですか!」

「いや、俺は狩人だよ。毎日、神様にお供えする獲物を狩ってるぞ。」

「では、なぜ治療を?」

「俺の嫁が神社の娘だから、たまたま具合の悪い人を治したら、口コミで広まってこうなった。」

「……理解が追いつきませんけど、毎日神社で具合の悪い人を治療していると……。」

「ああ、そしたら、ケガ人もくるから、嫁が薬を作るようになって、ケガ人も病人も来るようになっちまった。俺には狩りの仕事があるってのによ。」

「ちょ、ちょっと待ってください。奥様は薬師なのですか?」

「いや、神様から教わって始めただけだよ。」

「か……神様?えっと、神社という事は……まさか、古史に出てくるイザナミノミコトとかの神様がいるんですか!」

「その人は知らねえけど、アマテラス様とかタケミカヅチ様。ああ、ウズメ様もいるぞ。」


「……、まあ、薬師如来様が実在する以上、神道の神様が実在しても……、不思議ではありませんわね。」

「実在っていうか、この家にも何人かいるぞ。ほらそこにも。」


 俺は花織さんの肩に乗った神様を指さした。

 そこにいる神様は、さっきから樹神様と話している櫛を依代にしたサクヤ様の分け御霊(わけみたま)だと言っている。


「山の上にあった、朽ちたご神木から削りだしたミネバリの櫛を依代にしてるって言ってるよ。」

「な、なぜそれを……。」


 花織さんは袂から上等そうな櫛を取り出した。

 

「確かにこの櫛はミネバリの櫛です。祖母から譲り受けたもので、大切に使っていますが……。」

「そこには、コノハナサクヤ姫の分け御霊(みたま)である樹林様が宿っているんですよ。ああ、樹林様が、今の縁談は断れと言っておられます。」

「なっ……、何でそれを……。」

「はははっ、浪費家で女癖が悪く、ほかに何人も付き合っている女性がいるみたいですね。」

「くっ、……キリン様と言われたか……、ご忠告には感謝するが……。」

「花織さんは、将軍家との接点もあるので、そこを狙われてるみたいですね。藤原の人脈もあるし、持参金目当てで……、ああ、行き遅れのカモだと見られてるみたいですね。」

「わ、分かったから、もうヤメてください!キ、キリン様、私の情報はそれ以上……。」


「それだけ、花織さんの事を思ってくれているんですよ。」

「えっ?」

「樹林様はコノハナサクヤ姫様の一部なんですよ。サクヤ様は地母神。慈愛に満ちた神様です。その神様が見守ってくれるんですから、安心していいですよ。」


 少し目を閉じて落ち着いた花織さんは話しを続けた。


「それで、弥七さんは、”回復と浄化”を使ううちに、傷を癒す術を編み出したという訳なんですね。」

「はい。それを魔窟に来たついでに薬師如来様に伝えたら、花織さんにも教えるように言われて、ここにきました。」

「それは、大変ありがたく思いますが……、私には一般人への治療が許されておりません。」

「許すって、誰にですか?」

「鎌倉総本山からです。」

「えっ、花織さんは仏門に入っていませんよね。」

「ですが、薬師如来様に修行していただいたからには、門徒と同様だと……。」


「馬鹿じゃないですか。それこそ、如来様の想いを踏みにじる行為。神様から授かった力を人のために使わないなんて、それこそ愚行ですよ。」

「ですが、父にも圧力をかけてこられ、立場がありますし……別にムリしてまで治癒の力を使う必要はないと。」

「はあ……。如来様が言ってたのは、これの事かよ……。」

「えっ?」

「俺は、薬師如来様の一番弟子だそうです。直弟子だから、寺の命令とか聞く必要はありません。」

「はあ……。」

「俺が花織さんに修行を施せば、花織さんは俺の弟子になります。」

「えっ、それって……。」

「薬師如来様の直径になりますから、寺の意向に従う必要はありません。」

「そんな事って……。」

「薬師如来様から授かった技を、人のために使わないのは如来様の意思にそぐわないという事です。」

「じゃあ、私は……。」

「治療の技を使って、人々の身体と心を癒してください。」

「……はい!」


 それから花織さんの部屋に行き、着物を脱いで腰巻一枚になってもらった。

 白い肌に、小ぶりの胸が悩ましい。

 もう、子供じゃないのだ。


”弥七、邪な心は捨てなさい。”

「分かってるよ。」

「はい?」

「ああゴメン。神様と話していたんだ。じゃ、ベッドで横になって。」

「はい。」


 俺は、花織さんの下腹部に手をあてて神力を巡回させていく。


「す、すごいです。こんなに力強い法力は薬師如来様以来です。」

「法力?」

”仏教では、神力とは言わずに法力と表現するのよ。”

「何か?」

「ああ、俺のトコの神様の間では、神力というんだ。神の力だね。」

「そうでしたか。」


「神……法力をこう変化させると回復で、更に変化させて浄化だよね。

「はい。こうして教えていただくと、私の術にはまだまだムダが多かったんだと分かります。」

「この治癒系の法力というのは、水系の力の応用なんだ。俺の中には、瀬織津姫様の一部である水環様って神様がいるからね。」

「えっ、弥七様の中身は神様だったんですか!」

「サマはヤメテよ。尻の穴がムズムズしてくるから。」

「私の師になられるんですから……では、弥七さんとお呼びしますわ。」

「それも抵抗あるな。呼び捨てでいいよ。」

「そうはまいりません。……弥七君でいいですか?」

「ああ、そうしよう。俺はマトイという部落の出身で、神様を纏う……神様と一体となる事ができるんだ。」


「一体……、それならば、やはり中身は神様なのですね。瀬織津姫様といえば、江の島神社に祀られている海神様ですね。」

「海というよりも、水の神様だね。他にも、コノハナサクヤ姫様の一部だったり、風の神様や時の神様がおられるんだ。」

「えっ?神様はお一人じゃないんですか?」

「うん。色々あってね。今は6人の神様がいるんだ。」

「ろ、六人の神様が身体の中におられて、それでいて薬師如来様の一番弟子……。私は、そんな弥七……クンの弟子なのですね。」

「ま、まあ、そうなるね。」

「そして、私には薬師如来様のお導きで、人々を癒さなければならないという使命ができました。筋書きは完璧ですわ。」

「な、何の筋書き?」

「勿論、正当な理由で婚姻の申し出をお断りして、行き遅れとか言わせないための筋書きですわ。オホホッ。」


「ま、まあ、それはともかく、法力をこう変化させると傷の修復になる。」

「あっ、申し訳ございません。そこをもう少しゆっくりお願いします。」


 その後、何度か繰り返したが、花織さんの理解には至らなかった。


「ふう。今日はここまでにしましょう。」

「で、でしたら、泊まっていってくださいまし。」

「いや、家の者に何も言ってないから、今日は一旦帰ります。明日からは泊まっていけるよう、家の者に言ってきますから。」

「まさか、鶴舞まで、これからお戻りになるんですか!」

「ええ。全力で走れば、1時間半くらいですから、陽が沈むまでには帰れますよ。」

「つ、鶴舞って……、相模までが8里半くらいと聞いていますから……。」

「6里半くらいですよ。じゃあこれで。」


 勿論、帰りには狩りもしていく。

 神社に着いた時には、完全に陽が沈んでいた。



【あとがき】

 藤原花織。

 25才の才女で、姫カットの色白美人。


Youtube動画

https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE

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