第17話 悪魔の妹
「さてと、お前はアモンの妹なのか?」
「クッ……。」
女は涙を流していた。
「なぜ兄を手にかけた。」
「見ていたんだろ。炎を飛ばしてきたのはあの悪魔だ。」
「それは、お前が邪な人間だからじゃないか!」
「あいつは、俺の爺ちゃんと父さんを殺した悪魔なんだぞ。」
「悪しき者が退治されるのは当然だ!」
「あの悪魔を説得しようとしたんだが、聞く耳を持たなかったからな。」
「当たり前だ!」
「いつでも、戦いを仕掛けて来るのは、悪魔や天使の方だぞ。」
「兄さんは自分の職務を全うしようとしただけだ!それをお前は!お前は……。」
「救世教に洗脳された人間は、手に負えないな。」
「洗脳だと!」
「そうだ。聖典に書かれている事は真実で、宣教師の言葉を疑う事もしない。結果として、お前の兄のような殺人鬼が生まれる。」
「兄を愚弄する気か!」
「真実を伝えているだけだ。」
「それよりも、さっきの術は何だ?」
「術?」
「子供の腹を押さえて何をした。」
「身体の中に神力を巡らせて、毒を取り除いて体力を回復させただけだが。」
「嘘をつくな!そんな術は大天使様でも不可能だと言われたぞ!」
「大天使ってのは、ただの使い走りだろう。俺のは、仏教の神様から直接教わった術だぞ。」
「馬鹿な!そんな術が存在するなら、薬師など必要なくなってしまう。」
「いや、軽い症状の時は薬を使ってるぞ。傷薬や腹痛の薬。熱を下げる薬とか一通り用意してるしな。」
そこへタツキが戻ってきた。
「ただいま。」
「何かあった?」
「ウマノスズクサの根が採れたわ。」
「何に使えるの?」
「痛み止めだ……。」
「あら、薬師さん?……って、何で縛られてるの?」
「ほら、そこの鉄砲で撃たれた。」
「……当たってはいないようね。」
「ああ、弾は叩き落とした。」
「ふうん、父親になるんだから死なないでよね。」
「えっ、こいつはまだガキじゃないか!」
「大きなお世話よ。だいたい、大人と子供の違いってなに?」
「……それは、一番重要なのは稼ぎだろう。」
「だったら、狩人として十分な収入があるわ。」
「……医師としても……。」
「何それ。治療とか薬とか、お金なんかとっていないわよ。」
「えっ?」
「神様に教えてもらった術で稼いじゃダメだろ。」
「なんで?」
「仏教の神様が、それこそ長い修行の果てに編み出した術だぞ。それを、何の見返りも求めずに教えてくれたんだ。そんなので金をとれるのか?」
「……理屈は分かるが……。待て、マトイというのは、神道の術だろう。」
「まあ、……そうかな?」
「何でそこに、仏教の神が出てくるんだ!」
「ダメなのか?」
「当たり前だろ。自分の信仰する神の加護を受けながら、他の神の教えを受けるなど冒涜でしかない!
「そんな視野の狭い神様は、救世教の神様だけだろ。」
「えっ?」
「そうでなければ、信者が神様の教えを捻じ曲げている。」
「どういう事だ。」
「古事記ってのに出てくる神様も、その前からいる神様も、修行を積んで神様になったお坊さんも、みんな世の中の平和を望んでいるだけだぞ。」
「我が主だって同じだ!」
「俺からしたら、天使も悪魔も戦いを仕掛けてくる平和を脅かす存在だぞ。」
「それは、お前らの神が、ニセモノのクセに神を名乗るからだ。」
「勘違いするなよ。神は自らを神と名乗っている訳じゃないぞ。まあ、便宜上そう表現する事もあるけどな。」
「何を?」
「創造神とか息っているのはお前のところの神様だけだよ。」
「それは、事実だから仕方がない。」
「事実から目を背けているのは救世教だ。」
「主が嘘などつくはずがない!」
「6000年前に、土を捏ねて最初の男を作った。そんな与太話を信じてるのはお前らだけだ。」
「万能の神だからこそ可能な御業だ!」
「男の背骨を取り出して女を作った。この時点で男は血だらけだよ。」
「神ならば可能だ。」
「4500年前に、世界が水没したというが、樹齢5000年を超える木が存在してるんだぞ。」
「それは、ニセの情報だ!」
「少し目先を変えようか。この世界が誕生したのは130億年以上前で、この星ができたのは40億年前だ。」
「それがどうした。」
「お前たちの主とやらが、この星を目的として世界を作ったのだとしたら、130億年の間何をしてたんだ。」
「それは、主が考えた事で、私たちが関与する事ではない。」
「それは何でかというと、経典を書いた者が、知識がなかっただけの事だ。」
「ば、馬鹿な!」
「経典を書いた当初は、天動説が信じられていた。だから、洪水伝説でも水門なんていう考えが出てくる。」
「て、天動説だと……。」
「だから、矛盾する部分が多いし、そもそも、遠く離れた倭国のことなど知る由もない。世界最古の国だというのにだ。」
「そ、それは……。」
「お前も、兄のアモンも、薬師如来が編み出した治療の術も否定するんだろうな。」
「くっ……。」
「だが、俺はこの術で人々を治療していく。お前たちが妨害してもだ。」
アモンの妹に関しては、放置する事も放逐する事も出来ずに神社預かりとなった。
アモンの妹、名前は立川佳乃といった。
立川佳乃は、俺の治療術とタツキの薬学に興味を持ったようだ。
実際に運ばれてきたけが人を、俺が治療したところを見たうえで、治療痕を何度も確認してイカサマではないと確信したみたいだ。
立川佳乃が神社に来てから5日目の夕方。
狩りから帰ってきた俺に、自分の話しを聞いてほしいと言い出し、俺とタツキを前にして騙りだした。
「私は、三崎村の薬師の家に生まれたんだ。
横須賀から近い事もあって、三崎は外国の影響が強く、中でもイギリスが直接船を留める事も多いんだ。
この辺は、政府も黙認しているみたいだよ。」
「三崎は漁が盛んだって聞いてるわ。」
「そうだね。漁師が多いからケガ人も多く、船に持ち込む薬も必要だからうちの薬屋も繁盛していたよ。
そこへ、イギリスの医師が開業し、連動して薬屋も開かれた事で、うちは一気に常連を失って、貧乏になっていったの。
薬師になるために勉強をしていた兄さんは、薬師としてその薬局で働くようになって、そこで救世教と出会ったのね。
私は父さんの手伝いをしながら、薬師として勉強していたんだけど、母さんが病気になって、父さんは母さんの治療に専念したわ。」
「専念って、薬屋はどうしたんですか?」
「しばらくは私がやってたんだけど、薬草も満足に選別できない私じゃあ長続きしないで店はつぶれたわ。」
「家族で助け合わなかった……自業自得だろう。」
「そうね。
それで、父も母も亡くなって、私は兄に面倒を見てもらったの。
でも、悪魔の力を手に入れてから、兄は変わったわ。
教会から手当が支給されるから、薬師の仕事はしなくなり、私が薬屋を手伝うようになったの。
そこで、イギリスの知識も吸収して、なんとか薬師として一人前にしてもらったわ。」
「アモンが悪魔に憑依されたきっかけは、何だったんだ?」
「横須賀に取引で出かけた時に、宣教師からスカウトされたみたい。
お前には素質があるって言われたらしいわ。」
「素質か……。」
「弥七だって、素質があったんでしょ?」
「分かんねえよ。俺は生き延びるためにやってきただけだから。」
「弥七が死ぬほど努力してきたのは、私が一番知ってる。ホントに頑張ってきたもんね。」
「でも、宿したモノが、どれだけ力を持ってるかでしょ。そんなの、人間がどうこうできるものじゃないわ。」
【あとがき】
立川佳乃をどうするか……。
まだ決まっていません。
Youtube動画
https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE
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