第15話 3人の悪魔との会話

「くだらない問答は終わりだ。主より賜ったこの力を味わうがいい。」


 悪魔は手に持っていた弓を弾いた。

 ピーンと甲高い音を発して弦が震えている。


 それの呼応したかのように俺の左腕で何かが弾けた。


「いてっ!」


 肘のあたりで服が破け出血している。


「な、何かを飛ばしたのか!」

「ふふふっ、このアムドゥスキアスの放つ悪魔の音からは逃げられんよ。そら!」


 もう一度弦を弾くと今度は額に衝撃があった。

 手をあてると、出血している。

 致命傷ではないが、何だか分からないと対処のしようがない。


”弥七、遮音してみて。”

”そうか、音を飛ばしたような言い方だったな。”


 俺は遮音で自分の周りを覆った。


 三度、悪魔は弦を弾いたが、音は聞こえず、衝撃もない。

 悪魔は口をパクパクさせている。


「音による攻撃で間違いないみたいだね。」

”タネが分かれば、手品も面白くなくなるね。”


 俺は木剣で悪魔を袈裟斬りにし、消滅させた。

 すぐに傷を塞いで治療をする。


”音が空気を震わせて伝わるって解明したのも人間だったわよね。”

”ああ。こいつらの使う術ってのは、どうしてこんなに底が浅いのだろうか。”

”だが、問題の本質は、これだけ多くの人間に信じ込ませてしまう手口かもしれんな。”

「信じ込ませる?」

”ああ、宣教師とかいう奴の説法を聞いた人間は、精気のない目に変わったいたそうだ。”

「それって……。」

”詐欺師による洗脳みたいよね。”


”何にしても、倭国の者は疑うことを知らないからな。”

「そうなの?」

”ほら、商人も「信用第一」とか、かかげているだろ。”

「言われてみれば……。」

”それと、どうやって人間を変身させているかよね。”

「えっ、憑依じゃないの?」

”それなら、死んだ後に死体が残るだろ。”

「あっ……。」

”最初の頃は死体も出たし、権兵衛の戦った相手も重傷を負って運ばれていった。”

「ああそっか、消滅はしてないんだね。でも、最初のサギの悪魔は……流れて行っちゃったから分かんないか。」


 帰ってから、晩御飯の時に母ちゃんから言われた。


「生地屋の息子が、穴の空いたシャツなんて着てんじゃないわ。みっともないでしょ。」

「ご、ごめん……。」

「すぐに繕うから脱いでおきなさい。」

「そういえばピチピチだねえ。」

「成長期みたいで、すぐに小さくなっちゃうんですよ。」

「偶には、婆ちゃんがもっと明るい色のを作ってやろうかね。」

「いや、猟の時に、明るい色の服は目立つからダメなんだ。」

「それで、いつも暗い色の服を着てたのかい。」


 翌日、また悪魔と遭遇した。

 しかも3人同時に現れた。


「マトイの一族のモンだな。」

「だったら何だ。」

「分かっているだろう。死んでもらうだけさ。」

「なあ。」

「何だ、命乞いか?」

「救世教ってさ、歪だと思わねえか?」

「何を言っているのか理解できんな。」

「一昨日来た、獅子座の悪魔とかいうやつは、手っ取り早く力が手に入るから悪魔になったような事を言っていたが、お前たちもそうなのか?」


 悪魔たちは、お互いに顔を見合わせた。


「いや、救世教の教えを広めて世界に平和をもたらすのが目的だ。」

「戦の好きな外国と違って、今の倭国は平和だぞ。」

「だ、だが、200年前までは、この国でも戦が絶えなかった。」

「そうだな、応仁元年から慶長20年、大阪夏の陣で豊臣家が滅ぶまでは、確かに戦乱の世といえる時代だったな。」

「ほら見ろ、その間にどれほどの命が失われた事か!」

「それは、倭国を統一するための150年だよ。この国で定住生活が始まってから16000年以上経つが、その僅か1分ほどの期間だよ。こんな平和な国が、他にあるというのかい。」

「嘘を言うな。我らが経典によれば、主が人間を作ったのは6000年前だと書かれている。そのような虚偽の歴史が信じられるか!」

「おやおや、此花咲夜姫として直接それを見てきた俺が言ってるんだぜ。お前たちには、古い記憶はないのかい。」

「お、俺たちにそういう記憶は……ない。」


「6000年前というと、地形は今とあまり変わらないね。倭国の住人たちは既に外洋船で大陸まで行き来していた時代だね。」

「お、お前はそれを見てきたというのか。」

「俺、というよりも、倭国の地母神である俺の記憶だよ。この身体の中には水神と時の神もいるんだが、みんな同じ記憶を持っているよ。」

「そ、そんな事はあり得ない……。」


「倭国の民族というやつは、和をとても重んじてきたからね。3000年くらい前にコメを育て始めるまで、13000年の間に戦はまったく起きなかったんだ。共存・共栄という考え方だよ。」

「そんな事が信じられるものか!」

「俺の知る限り、救世教の生まれた地域では、古くから侵略や略奪が絶えなかった。だから、そういう経典を作って、平和を願ったんだと思うよ。」

「そうだ。救世教の願いは平和。それだけだ。」

「そして、平和を実現するために力が必要であり、君たちのような存在が生みだされたんだと思うよ。」

「俺たちの存在意義は平和の実現だ。」

「でも、この国は、君たちの力がなくても平和なんだ。ただ、存在してしまった以上、この国で共存する事を否定はしない。好きに暮らすがいいよ。」

「なにぃ!」

「救世教を必要とする人々がいるのなら、好きなように布教すればいい。君たちの経典は、倫理書としてみれば倭国の民族の本質に近いしね。」

「我らを否定しないのか?」

「この世界には、様々な背景をもった神が存在する。おそらく人の願いから生まれたであろう君たちも、君たちの神も、在るところに在ればいい。」

「それが、この国の民族の世界観だというのか?」

「そうだね。既に、この国には主に高天原の神と自然神を祀る神社があり、仏教神を祀る寺もある。君たちに必要なら、そこに教会を建てればいいし、経典を持ち込めばいい。人が受け入れるのなら定着するだろう。」

「我らはどうすればいいのだ?」

「帰って、皆で相談すればいいさ。ただ、我らに戦いを挑むというのなら、容赦はしない。これは挑発ではないよ。」

「その子供の身体に、それだけの力があるというのか?」

「力は確かにあるよ。でも人の身体だから、不意打ちされれば死ぬかもしれないし、せいぜい60年くらいの寿命だろう。いや、時の神様がついているから、不意打ちで死ぬ事はないかな。」

「わかった。帰って本部に報告してみよう。」


 3人の悪魔は帰っていった。

 

「16000年前って……。」

”俺の中にあるイメージは伝わっただろ。”

「ああ、確かに樹神様の中にある景色は見えた。」

”この国には、それだけの時間をかけて築いてきた歴史があるんだよ。”

「この国の神様か……。」

”あら、私はこの国の神ではないわよ。”

「そうか、月音様は唯一の存在か……。」

”それを言ったら、僕も違うけど、まあそんな昔から存在していた訳じゃないからな。”


 これで、救世教がどういう反応をするか……。

 それによって、俺の未来も変わってくる気がした。



 秋を迎え、冬が過ぎた頃、タツキが身ごもった。

 そして、春が訪れ分蜂の季節がやってきた。


 とは言っても、必ず分蜂が行われる訳ではない。

 巣のミツバチの数が増え、2匹目の女王バチが誕生するかどうかは、神のみぞ知る……だ。


 いや、神様にも、それは分からなかった。

 俺はそれまでに見つけたハチの巣13箇所を毎日巡回し、その時を待つのだった。


”ねえ、鎌倉の魔窟で拾った魔物の核なんだけど、ほかの神様から聞いた話しだと、粉にして傷薬に使えるらしいわよ。”

「そういえば、物置にしまいこんだままだったよね。」

「それが本当なら、保存の効く傷薬よね。」


 早速、物置から引っ張り出して粉にして使ってみた。


「すごいわ。即効性があるし、傷跡も残らないの。とんでもない傷薬よ、これ。」



【あとがき】

 日本で戦が起きるのは、稲作によって備蓄が可能となり、金属による武器が作られ、水回りの土地の争奪とか、食料の略奪とか色々な理由が考えられます。

 時期でいうと3000年弱くらい前ですね。

 一部では水稲耕作と共に、朝鮮半島からやってきた民族が戦争を持ち込んだという説もありますが、朝鮮半島からコメが持ち込まれたという説は否定されるようになってきました。

 DNAによる解析が行われ、朝鮮半島で作られているコメは、日本由来だという事が判明しています。

 ただし、弥生時代に入ってから戦の痕跡が現れるのは九州北部を中心としており、この時期は半島系の磨製石器等による殺傷が確認されています。

 したがって、半島から戦が持ち込まれた事は間違いないようです。

 

Youtube動画

https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE

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