第12話 魔窟に出現する青鬼は細工炉不素(サイクロフス)という別名を持っていた

  ふう……、俺はやっと鎌倉山の魔窟にたどり着いた。


「ねえ、中は真っ暗みたいだけど……、どうしたらいいの?」

”えっ?”

”えっ……。”

”あなたたち……、何も考えていなかったのね。”

”うっ。”

”おいおい、タケミの教えてくれた心眼があるだろう。”

”そうだった!”

”よし、弥七、目を閉じるんだ。”

「う、うん。」


 意識を集中すると……何も見えなかった。


「何も見えないけど……。」

”そうよね、心眼ってそういうものじゃないわよ。”

「そうだね。斬る対象だったり、敵意や害意をもった相手じゃないと認識できるハズないよ。」

”ふう、じゃあ私が霧をだすから、流風君ゆっくりと周りを巡らせてくれる。”

”あいよ!”

”弥七。私に意識を同調して、風の動きに集中してみて。”

「うん。」


 風の微妙な変化を感じ取るんだなと、理屈ではわかった。

 もう少し……。

 もう少しで掴めそうな気がする。


「流風様、もう少しだけゆっくりお願いします。」

”これくらいか?”

「…………はい。」


 風の動きは掴む事ができた。

 一歩踏み出すと風の動きが変わる。

 一歩前の情報と比較して立体的に感じる事ができる。

 両目で見る感じに似ている。

 

 もう一歩歩く。

 更に細かな比較ができた。


「水環様、もう少し霧の量を増やしてください。」

”了解よ。”

「流風様、もう少し範囲を広げてください。」

”こうか?”


 もう一歩。

 更に一歩。


”そうよ、弥七。”

”すげえな。だいたい4間(けん)といったところか。”

”4間って7mくらいね。もう少し伸ばした方がよくない?”

”いや、前後で考えれば14mだぞ。十分だろ。”

”水環と流風による新技かよ。”

”水鏡の応用よ。”

”そうすると、霧鏡ってところか。”


 少し時間を使ってしまったが、霧鏡を使って魔窟を進んでいく。

 床に異変を感じた。

 大きさ30cmくらいで、地を這うように近づいてくる。


「何ですか?」

”素雷無だろう。最弱の魔物だが、破裂するときに雷撃を放つ事があるので注意が必要だ。”


 少し距離をとって水針を打ち込んでやると、素雷無はあっけなく弾けた。

 直接見ることが出来ないので、輪郭しか分からない。


 少し進むと、今度はヒトガタの姿を3匹捉えた。

 身長は1mちょっとくらい。

 木の枝みたいなものを持っている。


”瘤燐だな。これも低級の魔物だが、あのこん棒で殴られるとコブができるのでそう名付けられた”


 これも水針3射で簡単に倒れた。


 照明を持たずに歩いている以上、人間という事はないだろう。


「なあ、この魔物を倒す事に意味があんのか?」

”うっ……。”

「何か、素材を入手できるとか、肉になるとかさ。」

”ないわ。”

「じゃあ、何でわざわざこんなところまで来たんだ?」

”それは……。”

”弥七の成長のためよ。”

「そんなの、毎日の鍛錬で十分だろ。」

”色々な場面で、色々な相手と戦うことで経験と知恵を養う事ができるでしょ。”

「ん、確かにこうして霧鏡を覚えたのは分かるけど、リスクが大きすぎるんじゃね?」

”それは……。”


 釈然としなかったが、ここまで来た以上は先に進むしかなかった。


 その先で出会った魔物は2mくらいありそうだった。


”多分、青鬼だ”

”細工炉不素とかいう別名もあったな。”


 真っ暗な洞窟で動いているって事は、夜目が利くのだろう。

 だが、俺にはまだ、気づいていないようだ。


 輪郭から見るかぎり、筋力は強そうだ。

 下手に水針で刺激するよりも……。


 俺は一気に距離を詰め、木剣を振り下ろして袈裟斬りにして、再び距離をとった。


 青鬼は倒れ、動く気配はない。

 屍は輪郭をおぼろにして消えていった。


 青鬼の消えた跡に、拳ほどの石が残った。


「残ったみたいなアレは何かな?」

”核みたいなものを残す事があると聞いたが、それかもしれん。”


 剣でつついてみたが、確かに石みたいだ。

 元からあったただの石かもしれないが、とりあえず拾って背嚢に入れておいた。


 出てきたのはこの3種類しかいなかった。

 石も適度に拾って背中でガチャガチャいってる。


 2時間ほど進んだのだろうか、一番奥らしい場所にたどり着いた。


「ほう、人間の小僧がこんなところに何の用だ。」


 ぼうっとほの白く光ったそいつは言った。


「あなたは?」

「俺はただの修行僧だよ。身体は朽ち果てたがな。」

「僧というと、仏教神ですか?」


 ふいに月音様が表面に出てきた。


「ほう、時間の神か。人に同化しているのは珍しいな。」

「そうですね。悟りは得られたのですか?」

「まだ、道半ばといったところだな。」

「これが、瑠璃光だとすると、薬師如来になられたのですか?」

「いや、誰かに任命される事もないので、自分がどういう存在なのかわ分からぬな。」

「ああ、仏教神とはそういうものなのですね。」

「そう、終わりのない修行。到達点がどこかも分からないというのは、難しいものですね。」

「なるほど。存在する限り、修行ということですか。」

「そうなりますね。ですが、こうして変化を与えられた事で、得られる境地もあり、楽しいものです。」

「いや、修行中のところお邪魔いたしました。」

「とんでもない。久しぶりの会話も楽しめたし、時間の神という稀有な存在と出会えたのも縁というものでしょう。」

「では、これにて。」


「お待ちください。せっかくの機会です。私が会得した術を持って行ってくれませんか。」

「術ですか。」

「そうですね、浄化と回復の術は如何ですか。」

「そのような術が存在するのですか?」

「神には必要のない術ですが、人の身体なら必要でしょう。」

「この人間が覚えられるのであれば、是非お願いしたい。」

「では。」


 瑠璃色の光が広がり、俺の身体を包んだ。

 神力の回し方、発動のさせかたが理解できる。


「なるほど、水の力の応用で、このような事ができるとは思いませんでしたわ。」

「なんと、水神も同居されているとは驚きですな。」

「この者には、時・土・風・水の力が宿っています。それだけ稀有な存在といえるでしょう。」

「そこに、高天原のアマテラス殿の想いも加わっているとは、いやはや、末恐ろしい少年ですな。あははっ。」

「更に、仏教神の教えもいただいたのですからね。面白い事になりますわよ。」


 俺たちは礼をいって、その場を退いた。


 全てがそうなのかは分からないが、この魔窟は仏教神の修行の場だったということだ。


 魔窟から出ると、陽は西に傾きかけている。


 俺は帰路を急ぎながら、キジを3話確保した。



「ただいま……あれ、どうかした?」

「お弟子さんの一人が、食あたりを起こしたみたなの。」

「昼過ぎから、急に苦しみだしてな。さっき、薬師に診てもらって薬を調合してもらったところなんだよ。」

”弥七、浄化と回復を試す機会よ、やってみなさい。”

「いきなり無理だよ。」

”大丈夫よ。私が誘導してあげるから。”


 ここの者は、俺が神様と会話しているのを知っているので、そういう認識で接してくれる。


 神服の腹をめくって、俺はそこに手をあてた。


”体内の水分を意識して、そこに神力を巡回させるの”

「こ、こう?」

”そうよ。そうしたら、神力をこうやって変化させる。”

「これって、浄化なんだよね。」

”更にこう変化させると、回復も加わるのよ”

「こう……ね。」

”それで、何度か身体全体を巡回させれば回復するはずよ。”

「トウリさんの呼吸が穏やかになって、汗もひいてきたわ。」

「すごい!こんな神のお力があったなんて。」

「この力は、仏教神である薬師如来様から授かりました。」

「……、仏様か。」

「それは、人間が区別しているだけで、成立経過は違っていても、高位の存在である事に変わりないです。」

「だが、神様と仏さまは違うだろ?」



【あとがき】

 聖徳太子の頃に、神仏習合があって、日本では結構ごっちゃになっていますよね。

Youtube動画

https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る