第二章
第11話 天界と神の在り方
俊足というのは、特技でも技でもない。
単に脚力を鍛えただけだった。
そして、魔窟というのは、鎌倉山にある魔物の棲む洞窟だそうな。
洞窟までは片道で約25kmあり、これを1時間で走破し、魔窟で6時間の討伐をして、1時間で帰還する。
それが、神様たちの企てだった。
もちろん、帰路は狩りも必要だ。
「なあ、鎌倉って横須賀に近いけど、悪魔とか天使とか出るんじゃね?」
”いや、横須賀と鎌倉というのは半島の逆側で、近いわりに文化面ではまったくの別物といえる”
「じゃ、遭遇する確立は少ないってこと?」
”ああ、そうなるな”
どう考えても強行軍なのだが、神様が大丈夫だというのならそうなのだろう。
ここ、鶴舞村から鎌倉までは平坦なので走りやすかった。
経路としては、境川沿いを片瀬まで南下し、海沿いに東へ進んで鎌倉山に至るのが一番分かりやすいと判断された。
そして、春を迎えた頃、俺は鎌倉山に向けて走りだした。
既にサクラは散って、菜の花が咲き誇っている。
タッタッタッ
足音も軽快で、気候もいい。
川面には、時折カルガモの親子を見かける。
親鳥の後ろを5羽くらいの子ガモが連なり、微笑ましくなってくる。
こいつらが狩りの対象となるには、もう4か月くらいかかるだろう。
時々、尾羽の長い、大きな鳥が歩いている。
警戒心は低いようだ。
「あれは?」
”キジという鳥よ”
”供物としても効能が高いな”
「あれくらいなら、風刃で首を落とせそうだな。」
”まあ、帰りの獲物候補だな”
神様が、直接モノを食す事はない。
酒は飲むくせに、不思議な存在なのだが、お供えに関しては、そこから神力を得る事ができるらしい。
俺の狩りで作られる神饌も同じで、神力の源といえる。
地沢を経て片瀬までは湿地になっており、場所によって右岸が走りやすかったり左岸が走りやすかったりする。
境川の幅は、4mから7mくらいで、飛び越せない程ではないが、万全を期して竹を1本切り出し、それを使って川を飛び越える。
この左岸・右岸というのは、上流から見た左右であり、川を下る俺の進行方向で左右を見ればいい。
竹竿は思いのほか役に立つ。
支流が合流するところでも、竹竿で飛び越せるからだ。
途中で見かけた野良の神様を吸収しつつ、片瀬山を過ぎて河口に到達。
そのまま海岸線を左に曲がって鎌倉を目指す。
”そこの小路を左に曲がって進めば鎌倉山の魔窟だ”
「あれっ?鎌倉ってもう少し先じゃないの?」
”ああ、鎌倉山といっても、実際は長谷だな”
”そうね。鎌倉には魔窟が多いから迷うわよね”
”私は源氏山の魔窟の方が好きかも”
”鎌倉は全体的に仏教神の影響が強いですから、あまり刺激しないほうがいいですわ”
「ここは平気なの?」
”ここは瀬織津姫の影響が強いし海を見守る鎮守の杜のあるからな”
「仏教神とか瀬織津姫って、何か違うの?」
”そっからかよ”
”針、そもそもお前の纏い人なんだからちゃんと説明してやれよ”
”ああ、そうだな。弥七、俺と釜は神体は天界にあって、針と釜という依り代を使ってこの世界に顕現している”
「それって、針と釜がなくなっても死なないって事?」
”まあ、神に死という概念はないから、消滅だな”
「この針と釜がなくなっても、別の依り代を使って再生できるって事?」
”そういう事だ。”
「じゃあ、他の神様は違うの?」
”ああ、全然違う。流風は風の神だから、今の姿が本体だよな”
”うん。僕たち風の一族は、基本、人と接する事はないし、そもそも人に見られる事もないんだよ”
「じゃあ、今の本体を切られたりしたら、消滅しちゃうって事?」
”そういう事。まあ、弥七が気に入ったからここにいるけど、気が向いたらまた空に戻るかもしれない。それは覚えておいてほしいな。”
「分かった。」
”次は俺だな”
「樹神様の本体はどこにいるの?」
”俺は、地母神此花咲夜の一部で、本体といえばこの大地全部だな”
「咲夜姫様って、富士に祭られているって聞いたことがあるけど……。」
”それは、人間が勝手に建てただけで、此花咲夜は土があればどこにでも顕現できるのさ”
「じゃあ、樹神様が消滅する事はないんだね。」
”うーん、難しいところだが、俺という個性は消滅するが、此花咲夜としていつでも顕現可能ってところだな”
「よく分からないけど、大地の神様だというのは理解した。」
”じゃあ、私ね。水神は全部瀬織津姫の一部なの。”
「咲夜様と同じ感じ?」
”そうね。だから、これだけ海が近いと力が増すし、水環という個性を開放すれば、いつでも瀬織津姫として顕現できるわよ”
「それって、水環様が消滅するって事?」
”いえ、何度でも水環として再生できるわよ。”
「……分かった。水さえあれば無敵ってことだね。」
”……まあ、その解釈でいいわ。”
”はあ、私の番だけど、11才の弥七には説明が難しいな。”
「月音様って、時間の神様なんでしょ。」
”そうよ。私は月読の一族で、あらゆる時間軸に必ず一人は存在してるの。”
「でも、時間って形はないよね。」
”だから、この世界を特定するために、時計を依り代にしてるんだけど、もし私がこの世界から消滅したらどうなると思う?”
「時間という概念がなくなっちゃう。」
”そう、その瞬間に世界は終わるの。”
「ひえっ!」
”そしてその瞬間に、過去の私は、私が消滅しないように行動するの。”
「?」
”例えば、ここで私が悪魔に斬られるとするでしょ。”
「うん。」
”そうすると、1秒前の私は一歩下がって斬られない未来を選択するの。”
「それでも斬られたら?」
”2秒前の私が、2歩下がるわ。助かる未来が現れるまでそれは繰り返されるわ。”
「どうしても回避できなかったらどうするの?」
”簡単よ。2千年前に遡って、救世教が誕生しない未来を作るわ。”
「あっ……。」
”だから、私が突然、予想外の行動をとったら、私が消滅する未来があったのかもしれないわね。”
「実質無敵って事だね。」
”そうよ。弥七が殺されて私が消滅する事になっても、やり直しが効くんだから好きなだけ暴れていいわよ。”
「了解!」
”とまあ、この6人も特異な存在だけど、この他に仏教神と様々な異教神が加わるんだ”
「仏教神は?」
”俺たちのいる天界は、高天原というんだが、仏教神のいる天界は須弥山といって、韋駄天も須弥山の出身なんだ”
「じゃあ、仏教神も大勢の神様がいるんだね」
”ああ、高天原にアマテラスがいるように、須弥山の頂点には帝釈天がいる”
「高天原と敵対してるわけじゃないんだ。」
”多くの神は、ほかの神が在ることを知っているし、基本的に対立する事はない”
「ほかの異教神っていうのは?」
”オリンポスとかディルムン、13天など様々な天界が存在する。そして、これらの神々はそれぞれの存在を認識しており、共存しているといえるんだ”
「じゃ、救世の神は?」
”天界には存在していない”
「どこにいるの?」
”分からない。天使といい悪魔といい、主神といい、どこにも存在を感知できないのだ”
「何で対立しているの?」
”別に対立している訳ではない。やつらが、自分たちの神以外を認められないのだ”
”収穫祭の夜を思い出してごらんなさい”
「ああ、タケミさんは帰るように促したのに、あいつはいきなり攻撃してきた。」
”権兵衛の時も同じだ。あいつらの狂暴性は異常だよ”
そうか、父さんも爺ちゃんも人を傷つけるような人間じゃない。
最初にあったサギの悪魔だって、一方的に攻撃してきたんだった。
【あとがき】
私の神に対する認識は、ただ在るもの。某一神教のように、人間に必要以上に干渉してくる神というのは認められません。
洪水で滅亡させようとか、最後の審判とか、横暴すぎますよね。
Youtube動画
https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE
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