第7話 木刀で20cmの榊を斬れって、俺は人間なんですって!
榊の木刀……いや、木剣には、タケミカヅチ様の力も込められたらしい。
社務所に戻ると、巫女姿のお姉さんが女将さんとお茶を飲んでいた。
「おかえり。」
母ちゃん程ではないが、色白の美人さんだった。
背中までの長い髪を白い布で縛っている。
「ワハハ。タツキ、早速着てみたのか。」
「だって、凄いんだもん。見た瞬間に特別なモノだって分かったわよ。」
「針の神様がお力をくだすったそうだが、本当に輝いて見えるな。」
「お力どころじゃないわ。トキさんに聞いたんだけど、神祭の中で仕立てられたそうよ。」
「神祭だと!」
「そう。女将さんを含めた4人のお針子さんが祝福を受けたみたいよ。」
「馬鹿な!神祭など、古い書物にいち度だけ記載のある特別な神事だぞ。」
”キュキュキュ”
「ああ、人間が気づいていないだけで、そこまで珍しいもんではないみたいですよ。」
「えっ、ああ、その子が弥七君ね。」
「弥七です。はじめまして。」
「タツキです。弥七君のおかげでこんな巫女服が着られるのね。ありがとう。」
タツキさんに微笑みかけられて、顔が熱くなったのが分かる。
母ちゃん程ではないが、奇麗な人なのだ。
”キュキュ”
「タケミカヅチ様も奇麗だって言ってます。似合っていますよ。」
タツキさんは一瞬言葉を失ったようだ。
「ああ、弥七君はタケミカヅチ様と話しが出来ているみたいなんだ。」
驚いた顔のタツキさんに凝視されてしまった。
”キュウ”
「ああ、タツキさんは剣の鍛錬もされているんですね。」
「な、なんで、そんな事を知ってるのよ!」
「タケミカヅチ様が教えてくれました。」
「それに、その木剣はなに!」
「さっき、榊の枝で作ったんですよ。」
「すごいんだぞ。こんな木剣で、20cmの榊を切り倒したんだからな。あれは居合だったな。」
「何で……何で父さんがそんな重要なのを見てんのよ!いいわ、弥七、私と立ち合いなさい!」
「く、苦しいですよ、タツキさん……。」
俺の襟を締め上げながら、タツキさんの目はマジだって分かった。
”キュッ”
「タ、タケミカヅチ様も、落ち着けって言ってます。」
ハッと我に返ったタツキさんに開放された。
”キュキュ”
「剣術の事になると見境が無くなってしまうのは、タツキの悪い癖だって言われてますよ。」
「くっ、こんな年端もいかない子に言われたくないわ……。」
「俺じゃないですよ。タケミカヅチ様が言ってるんです。」
「くっ……。」
俯いたタツキさんの耳が真っ赤に染まる。
「そ、それで、その木剣は……、特別な力を秘めていますよね。」
「ええ。樹神さまっていう神様が宿っていて、タケミカヅチ様の神力も込められています。」
「ゆ、譲ってくれないだろうか……。」
”キュキュッ”
「ダメですね。これは俺に対して造られたもので、タツキさんの手にするものではないそうです。」
”キュウ”
「ああ、タツキさんが望むなら、造ってやれと言ってますが。」
「お、お願いします!」
タツキさんの必死さが怖い……。
「も、もう一つ、我がままを聞いてもらえませんか。」
「えっ?」
「居合の技を見せていただけませんか!」
「ム、ムリですよ。」
”キュキュッ”
「えっ、いいんですか……。」
タツキさんの顔が、パッと明るくなった。
大輪の牡丹の花のようなその笑顔を見て、少し悔しくなった。
「タケミカヅチ様、俺、いいように使われてませんか?」
”キュキュ”
「まあ、いいですけど。」
「す、すまない。この埋め合わせはさせてもらうから。」
全員で榊のところへ移動したところで、タケミカヅチ様が俺に入ってきた。
木剣を倒れた幹にあてると、刃先がすっと幹を切り割った。
3尺ちょっとの丸太を砂利の上に移し、その前で左ひざをついて左手で腰に木刀を構える。
「タツキ、我の頭に手を置くがよい。」
「は、はい。」
「お前はマトイの技を使えぬ故、直接教えてやる事はできん。」
「はい。」
「せっかくの機会だ。居合の極意をその胸に刻むがよい。」
「はい!」
「目を閉じて集中せよ。」
俺も目を閉じて、意識を丸太に集中する。
真っ暗な視界の中に、丸太の輪郭だけが浮かび上がり、太刀筋を意識すると丸太の輪郭に、ふた筋の赤い線が入る。
下の線は、かえしの太刀筋だと理解できた。
更に、その太刀筋だけに集中していく。……一閃!そしてかえしの一閃!
「タツキよ、これを構えずに、瞬時に発動できるよう鍛錬するのだ。」
「承知いたしました。」
タケミカズチ様は、外側の木から2本の木刀を削りだした。
荒々しく削り取っていくのだが、その切断ひとつ一つに意味があった。
出来上がった一本を、無造作に宮司さんに放り投げる。
年輪の外側から内側に向かって削りだしたそれは、反りのある木刀だった。
「タツヨシ、そいつは祭壇においておけ。神社の結界を強固なものにしてくれるだろう。」
もう一方の面からも、木刀を削りだして、女将さんに渡す。
「神祭の残滓に引かれて、悪い虫が寄ってくるやもしれん。服飾店に飾っておけ。」
「あっ、ご配慮いただき、ありがとうございます。」
残った真ん中の木からは、反りのない木剣が削りだされた。
「ほれ、わしの念を込めておいた。強化の呪いが刻んであるので、まあ、普通に使っても折れる事はないだろう。」
「あっ、ありがとうございます。」
「まあ、折れたら、またこやつに造らせればいい。」
そこまで言って、タケミカヅチ様は俺から離れた。
「くそっ、人使いの粗い神さんだぜ、ったく。」
「な、なあ、弥七君。」
「はい?」
「モノは相談だが、どうだろう。タツキの婿になってはくれまいか。16才で、少し年上だろうが申し分のない器量よしだぞ。」
「はあっ?」
「おとうさま、そのような手段があったとは思いつきませんでした!」
「な、ナニ、嬉しそうな顔で……。」
”キュキュ”
「タ、タケミカヅチ様、何を言ってるんですか!」
「タケミカヅチ様は何と?」
「い、イヤだな、タツキさん……。か、神様が人のそういう事に関わるはずないですよ。アハハ。」
「弥七君、正直に言ってみようか?」
「そうだね。この神社でも婚姻の儀は行われているんだよ。ここで言えば、アメノウズメ様がおられるハズで……。」
言える訳がない。
境内の神様が集まってきて、今にも神祭が始まりそうなくらい盛り上がっているなんて……。
多分、真ん中で軽やかに踊りだしたのが、そのアメノウズメ様なんじゃないだろうか。
俺は慌てて、みんなを社務所に誘導した。
「タツキは、お帰りになるのをお待ちしていますわ。」
「いえいえ、俺は自分の家に帰るのであって、ここは俺の家じゃありませんから。」
「ふむ、私にも神様の様子が分かるようになったのかもしれません。今、この境内は宴の真っ最中でしょ。」
それは、あんたがお神酒を注ぎまくったおかげで、神様が盛り上がっているだけですよ。
いやいや、ウズメ様、踊りすぎですって……。
ほら、針神様達も浮かれてないで帰りますよ。
そういえば、タケミカヅチ様もウズメ様も、他の神様の倍くらい大きい。
これは、神格によるものなのだろうか。
俺たちは一度店によって、タケミカヅチ様からいただいた木刀を神棚に奉納して、女将さんの家に向かった。
女将さんの家の屋根には、針神様に似た顔の神様が佇んでいた。
【あとがき】
アメノウズメ様は、芸能の神として広く知られていますが、縁結びの神として祭られている神社もあります。
踊りとか舞いは、祝事につながると思うのですが、芸能というよりも祝いの神という面が強いと思っています。
Youtube動画
https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE
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