第6話 タケミカヅチ様を纏ったら剣の立ち人になれた

「な、何が起こってるんだい?」


「ああ、手がウズウズして……。」

「ぬ、縫わなくっちゃ!」

「今なら、どんなに難しい縫製でも出来そうな気がします。」


 3人のお針子さんは、止まっていた手を動かして布を縫っていきます。

 それも、楽しくて仕方ない感じで作業をしています。


「あんた達、いつの間に腕をあげたんだい。」

「針の運びが滑らかなんですよ。」

「縫う軌道が見えるんです。」

「楽しくて仕方ないです!」


「あははっ、針神様の踊りとリズムがあっていますね。」


 楽しそうな針神様につられてか、水面様も踊りながら布の上で舞っています。

 流風様はクルクルと部屋中を飛び回り、お釜様は布の上を滑ってしわを伸ばしていきます。


「ああ、水環様の香りが強くなってきた……。」

「上等な香水なんか比べようもない上品な香り……。」

「今なら、貴族のドレスだって作れると思います。」


 神様たちの宴は10分ほど続いた。

 驚いた事に、女将さんまでもが、針と布をもってその中に加わっていた。


「……いったい、何が起こったんだい?」

”キュキュッ”

「えっ、今のが神様の祭りなの!」

「祭りだって!まさか、神祭(しんさい)だったのかい!」

「神祭って?」

「……祭りっていうのは、神様に感謝して喜んでいただくモンだろ。」

「うん、それは知ってる。」

「それは、あくまでも人間が主導で行うもんだけど、神祭ってのは神様が楽しみながら、人間に祝福を与えてくれるモンだって言われてるんだ。」

「祝福?」

「ああ、それは神様が授けてくれる技術であったり、知識であったりするらしい。ああ、そうだよ。今ので、間違いなく私のウデはあがってるよ。」

「私も感じます。」

「今縫いあがったこの緋袴、完璧な仕上がりですわ。」

「素敵な香りもついていますわ。これって、神前に奉納するレベルの装束になっているはずです。」


 今回縫いあがったという服は、祭りで巫女さんや宮司さんに着ていただく装束だそうだ。


”キュキュッ”

「えっ、女将さんに縫ってもらったのは、母ちゃんの服なのか?」

「ああ、私もそれは感じていたよ。お前の母ちゃんは、針神様に気に入られてるようだね。」

「いいのか?」

「あたしたちが針神様から授けられたものは、金じゃ買えないモンだよ。これは、お前が来てくれたおかげだからね。遠慮せずに持っていきな。」

「そうですよ。神様と一緒になって縫いあげたなんて、その経験だけで十分だと思いますよ。」

「明日からの針仕事が待ち遠しくて仕方ありませんわ。」


 仕立て部屋を片づけてお針子さんは帰っていき、俺は女将さんに連れられて神社の社務所を訪れた。

 神様が見えるようになってから、神社を訪れるのは初めてだ。

 神社の敷地に入ると、いろんな神様がいた。

 俺の神様たちも楽しそうに他の神様としゃべっている。


「頼まれていた神服と巫女装束です。ご確認ください。」

「おお、早かったですね。」

「うふふっ、今回は針の神様にお力添えをいただきましたので。」

「えっ!……これは!」


 風呂敷を広げた宮司さんが驚いている。


「ま、まさか……本当に……ですか。」

「この弥七がマトイの一族の者で、針神様をお連れいただきました。」

「……、するとお前様には神様のお姿が見えるのですね。」

「……はい。こちらの境内には、本当に沢山の神様がおられて驚きました。」

「私にはそこまでの神力はないのですが、ここの神様のご様子は如何ですか?」

「皆さん穏やかに過ごされていますよ。」

”キュキュ”

「えっ!」

”キュキュキュイ”

「分かりました。お伝えしますから安心してください。」

「な、何か?」

「北西の隅にある榊が朽ちているそうです。祭りまでに切るようにと言ってます。」

「お、お前様は、神様のお言葉が分かるのですか!」


「言葉というか、直接頭の中で内容が分かる感じです。」

「ちょ、ちょっと一緒に確認していただけないか。」

「いいですよ。神様も、行けって言ってますし。」


 俺は宮司さんと一緒に、夜の境内を歩いていく。

 燈篭の薄明りで、不便はない。

 

「あははっ、神様がぞろぞろとついてきてますよ。」

「そ、その中に、主祭神のアマテラスオオミカミ様はおられるのですか?」

「まだ、俺の力が弱いので、そこまで高位の神様は見られませんよ。」

”キュキュキュ”

「ああ、俺に話しかけてくれたのは、副祭神のタケミカヅチ様だそうです。特別に姿を見せてくれたそうですよ。」

「おお、タケミカヅチ様なんですね。」

”キュキュ”

「タケミカヅチ様が、宮司さんはよくやっているって、褒めてますよ。」

「わ、私なんかが、畏れ多い……。」

”キュキュキュ”

「でも、タツキさん程ではないって言ってます。」

「あははっ、タツキというのは娘で、巫女をしています。そうですか、もっと精進しないといけないですね。」

”キュ”

「アハハッ、冗談だって言ってます。」

「くっ、まさかタケミカヅチ様にからかわれるとは思いませんでした。」


 目的の榊は、20cmほどの幹で、高さは8m程か。

 確かに元気がないように見えた。


”キュキュ”

「木は死んでいないので、根元で切れば新しい芽が出るそうです。」

「そうですか。明日、早速、植木職人を呼びましょう。」

”キュキュッ”

「えっ、俺が切るんですか!」

”キュキュ”

「分かりましたよ。やります。」

「君が?どうやって?」


 俺は背嚢から木のナイフを取り出して硬化をかけた。


「そ、そんな木の短刀で何を……。」

「神様の指示ですから、まあ見ててください。」


 タケミカヅチ様の指示に従い、まず斜めに伸びた横枝を切り落として、木刀の形に削っていく。

 

「ま、まさか、その木刀で切るんですか!」


 そうだよな、俺自身もこんな太い木を切れるとは思えない。

 だが、指示に従い、木刀に硬化をかける。

 すると、タケミカヅチ様が俺の頭に飛び乗ってきた。

 ああ、神様と一体になるこの感じ……纏だ。


 俺はタケミカヅチ様に身体を委ねる。

 榊を左前の位置にして、膝をつき、木刀を左の腰において左手で軽く支える。


 目を閉じて意識を榊に集中する。

 

 榊を……斬る!

 意識にあわせて右手で剣を掴み、目を閉じたまま一気に横なぎに……斬った。


 手ごたえはなかった。

 だが、目を開けたときには、木刀は榊の先にあった。


 榊は立ったままだったが、左手で軽く押してやると、榊はズンと音を立てて地に倒れた。


 タケミカヅチ様が離れたあとも、俺はじっと右手の木刀を見ていた。


「弥七君……。」

「あっ……。」

「い、今のは……。」

「俺じゃないです。タケミカヅチ様が、俺の身体を使って切ったんです。」

「そ、そうか。タケミカヅチ様は、剣術と雷の神様。凄いものを見せてもらったよ。」

「とんでもない集中力でした。剣術の訓練なんかしたことないんですが、剣の達人って凄いんですね。」

「いや、あんな事ができる人間はいないよ。」

”キュキュッ”

「あ、はい。」


 俺は木のナイフを取り出して、切り株に指示されるまま、雷と三角を組み合わせた図形を刻み込んだ。


「それは?」

「木の病を防いで、再生を促す呪(まじな)いだそうです。」

”キュ”

「あっ、ありがとうございます。」

「どうしたの?」

「この木刀は手間賃代わりにいただけるそうです。」

「そんなものでいいの?」

「あの木の神様が宿っているんですよ。」

「えっ、神様が!」

「樹神(こだま)様っていうみたいです。」



【あとがき】

 コダマって木霊っていう漢字しか知らなかったのですが、樹神・木魂っていう漢字もあるんですね。

Youtube動画

https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE

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