第5話 針神様とお針子さん
今日は、朝から西の村へ直行して、収穫祭のイノシシを狩る事にしていた。
それでも、道中でウサギを2匹仕留め、村の手前でさばいて肉と皮にしておいた。
そして、真っ先に生地屋の通用口の戸を叩いた。
「おや、坊じゃないか。こんな時間にどうしたんだい。」
「前にゆずってもらったワンピースなんだけど。」
「どうしたい。なんか不具合があったのかい?」
「ううん。3着とも母ちゃんはすごい気に入ってくれて、この間も、収穫祭の時に化粧して紺のワンピースを着てくれたんだ。とっても奇麗だった。」
「ほう。よかったじゃないか。私も嬉しいよ。」
「でも、部落の長がどうしても譲ってくれって言ってきて……。」
「そうか、断れなかったんだね。」
「ごめんなさい。でも、一番お気に入りの紺のやつは残してあるんだ。」
「気にすんな。あんなもんでよかったら、いつでも作ってやるさね。」
「それで、これ……、お礼に持ってきた。」
「子供が気ぃ使うんじゃないよ。」
「さっき捕ったウサギ。さばいて肉にしてあるんだけど。」
「へえ。坊の肉は質がいいって評判だから嬉しいねぇ。」
「それと、毛皮も洗ってあるけど、要る?」
「どれ。……いい毛並みじゃないか。これなら、手提げにしたり、襟巻にしたりできそうだね。」
「へへ。」
「うん?何だい、この香りは?」
「匂う?」
「いや、匂いじゃない。何だろうこの香りは……、薄荷?いや、もっと清々しい感じがするんだが。どこの水で洗ったんだい?」
「うっ……、水環様の水で洗った。」
「水環様って?」
「水の神様。」
「……そうか、坊は纏の一族だったね。」
「うん。」
「……、なあ、その神様って、いつでも水を出してくれるのかい?」
”キュキュッ”
「大丈夫だって言ってる。」
「そうかい。できれば、そこのカメに水を張ってくれるかい。」
「分かった。」
チョロチョロっと水環様が水を出してくれる。
「すごいね。この水の出てるトコに神様がおられるのかい。」
「うん。」
「ああ、水環様、ありがとうございます。」
”キュッキュ”
「千代……母ちゃんなんだけど、千代の服を作ってくれたお礼だって言ってる。」
「そうかい、そうかい。ああ、涙が出てきたよ。この歳になって、まさか神様の奇跡が拝めるなんてね。」
”キュキュ”
「水環様が照れてるよ。」
「ああ、そうかい。……やっぱり、そういう事なのかい。」
「どうしたの?」
「あたしゃ鼻がいいんだよ。この水環様の出してくれた水は、とても良い香りがする。」
「せ、線香とか……っすか?」
「馬鹿タレ!ワシはまだまだ健在じゃ!」
”キュキュッ”
「あっ、神様が笑ってます。」
「そこは、せめてお香じゃろ。」
「あっ、そうでした!」
”キュキュキュッ!”
「神様のツボにはまったみたいですね。笑い転げてます。」
「そ、そうか……。それでな、この水の香りは……言葉で表現するのは難しいな。」
「そんなに?」
「例えば、静謐とか清浄とかいうものに香りがあるなら、こういう香りなんじゃろう。」
「俺には分かんないっす。」
「例えば、……じゃ。こうして布を浸して陰干しして、乾いた布で服を作ったとする。うん?なんじゃこの心地よい風は。」
「あっ、流風様……風の神様です。」
「?おぬしの神様は、水環様じゃろう。」
「もう一人の神様っす。」
「ナニィ!……2柱の神を纏うなど、聞いたことがないぞ!」
「纏えるかどうか分かんないですけど、4人の神様が手伝ってくれています。」
「馬鹿を言うな!4柱じゃと!しかも、風と水、どちらも自然神ではないか。」
「自然神?」
「お前は、本当に何も知らんのじゃな。」
「はい。父ちゃんも爺ちゃんも、俺が小さいときに死んじまったし、忌部にされたことで、部落も忙しなくなったので……。」
「……、今日は収穫祭の肉を採りにきたんだろ。」
「はい。」
「仕事が終わったら、またここに来るがいい。」
「えっ?」
「うちに泊めてやる。」
「でも、俺……忌部だし……。」
「いいから、来るんだ!」
「は、はい!」
肉屋のオジちゃんは、荷車と人足を二人用意してくれていた。
「この二人は、喋れねえんだが、言葉は分かる。お前は、ともかくイノシシ狩りに集中して、獲物を荷車に積むのはこいつらにやらせろ。」
「分かった。」
村を出たところで、俺は上空の流風様に声をかけた。
「流風様、今日はイノシシだけ集中して狩りたいので、よろしくお願いします。」
”キュウ”
「俺、突然走りだすと思いますけど、お二人はゆっくり来てください。」
「ううっ。」
流風様の誘導で、初っ端から群れを見つけ、俺は3匹のイノシシを倒した。
傷口は針神様が塞いで、血は水環様が洗い流してくれるので、二人に血がつく事はない。
イノシシは、腹の大きなメスとウリ坊は殺さない。
それが狩人としての掟だ。
人足の一人がウリ坊を見つけて教えてくれたが、狩りつくさないための掟だと伝えて納得してもらった。
少し移動したところで、また群れに遭遇して、こちらでも3匹確保できた。
村を出てから2時間も経っていないが、荷車にこれ以上乗せられないので、二人に説明して村に戻った。
「おいおい、2時間でイノシシ6匹かよ。」
「一匹はこの二人の手間賃にしてください。」
「お前がいいのならそうさせてもらうが……、ホントにいいのか?」
「俺は、村長さんの礼金だけで十分だよ。」
それを聞いて、二人はオイオイと泣き出した。
この時期のイノシシは脂がのっているので、相場は1匹800円になるはずだ。
一人400円の臨時収入は二人にしてみればありがたいハズだ。
言葉の喋れない人足など、多分1日働いて200円くらいの賃金だろうから。
俺は肉屋のおじさんから、報酬の4000円をもらって生地屋の女将さんを訪ねた。
「ほう、もう終わったのかい。」
「うん。流風様が上空から教えてくれるから、イノシシとかすぐに見つけてくれるんだ。」
「なるほどなぁ。それで、あとの神様は?」
「針の神様と、お釜……いや、今は鉄の神様だな。」
「ちょっと待て!なんだい針の神様ってのは?」
「うん?縫い針の神様だけど。」
「だから、お前、ここが何の店だか分かってるよな。」
「生地屋だろ。」
「ああ、生地の販売と仕立てを生業としてるんだ。うちで仕事してる娘はお針子つうんだぞ。」
「針子?…………あっ!」
「お前、針の神様なんて、この店にとっちゃどれだけ有難い神様なのか……。」
「あはは、だから針神様が嬉しそうに飛び跳ねているわけだ。」
「うん。そうかそうか。」
「なんか、針神様が触る度に、ピカって光ってんだけど、アレ何かな?」
「神様は、何に触ってた?」
「ほら、そこの針とか……。」
「まさか……、おお、針が全部新品みてえに輝いてるぞ。」
「あっ、針神様、どこへ……。あっちの部屋に行っちゃったけど……。」
「お、女将さん!」
針神様の行った部屋から女性の声が聞こえてきます。
慌てて、その部屋に駆けこむ女将さん。
「どうしたんだい?」
「針が光ったような気がして、そしたら急に動きがよくなって……。」
「ああ、そうかい、そうかい。お前たちは運がいいよ。」
「えっ?」
「今日は、針の神様がおいでになったんだよ。この橘服飾店にね。」
「針の……。」
「神様……?」
「あたしだって、そんな神様がおられるなんて知らなかったよ。でも、お前たちだって分かるだろ。」
「あっ!」
3人のお針子さんが手にした針を見ている。
”キュウ!”
「えっ、もっと能力を上げられるって……。」
針神様は、3人の手元を飛び回り、針に何度も触れながら踊り始めた。
【あとがき】
針神様の活躍の場所は、狩場じゃなかった。
Youtube動画
https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE
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