歯科医の怪
ゆかり
浅緋、ふたたび
僕は久しぶりに帰った実家で歯痛に襲われ近所の歯科に駆け込んだ。子供の時に通っていた歯医者だ。
当時の歯医者さんは結構年配だったからもう引退してるだろうなと思いながら、看護師さんに案内されるまま治療台に座った。痛みを抑える薬だと渡された錠剤を飲み、いつの間にか僕はウトウトしてしまった。
「口を開けて下さい」
声を掛けられ夢うつつで口を開ける。あれ? 女性の声だったな、女医さんに代替わりしたのかな? そんなことをぼんやり考えながら治療を受けた。
でも……、今の声、何処かで聞いた事があるような……
「!」
まさかと思って目を開けると、そこには見覚えのある顔が! 女医はマスク越しにニヤリと笑ったような気がした。
『何でっ? どうしてぇっ? 治療? え、嘘だろ? 僕に、僕に一体何をするつもりぃぃ? いやぁぁぁ、やめてぇぇえ!』
喋れない僕は目だけで叫ぶ。
紛れもない。その歯科医は僕の彼女、
とにかく、浅緋は限りなく自己中。目的のためには手段を選ばず自分以外がひどい目に遭う事なんて気にもしない、逞しくも素敵な僕の彼女だ。
浅緋は僕を見下ろし冷たく言い放つ。
「
亮介は僕の名だ。昔、何かで読んだ。名は最もシンプルな呪いだ、と。その意味が今、少し理解できた気がした。動くなと言われた僕は蛇に睨まれたカエルのように指一本動かす事が出来なくなった。そしてそのまま恐怖で気を失った。
どの位時間が経ったのかポンと肩を叩かれ目を覚ました。
「お待たせしました。では、治療を始めます」
男性歯科医が僕を覗き込んでいる。
「あのう、さっきの女医さんは?」
恐る恐る尋ねる僕に歯科医は怪訝な顔で答えた。
「ここには女医なんていませんよ。歯科衛生士の女性も今日はお休みだし。夢でも見られたのでは?」
そう言って、治療を始めようとするが僕の口の中を覗き込んで固まってしまった。その手が小刻みに震え、目は見る見る充血して行く。僕の口の中はそれほど恐ろしい事になっているのか?
「歯抜きじじい! 動くなっ!」
浅緋の声が響き渡った。男性歯科医はビクッと体を震わせ、狸とイタチを掛け合わせたような毛深い風貌に変化していく。ギリギリと歯嚙みしているがそれ以上はどこも動かせないようだ。
浅緋に『歯抜きじじい』と呼ばれたその異形は、浅緋に頭を掴まれるとどんどん縮んでドブネズミほどの大きさになった。前歯だけはやけに立派だ。看護師も似たような姿になって逃げようとしたが、多勢に無勢たたみ小僧達に捕まっている。
この歯科はとうに廃業して今は空き地になっていた。僕はその空き地に座り込んでいたのだ。
浅緋は歯抜きじじい達の隙を見てたたみ小僧を使って僕の口の中に結界を張ったそうだ。浅緋のサイン入りで。
僕が見た女医の浅緋は、念が僕の頭の中で具象化したものだったのかもしれない。
「亮介。あんたもちょっとは気を付けろよな。妖怪が見えるくせにお人好しだから狙われ放題なんだよっ」
浅緋は、やはり頼もしい。頼もしいが、浅緋って何者? と僕の悩みは更に深まる。
浅緋曰く
「誰かが『
思えば、この日から、僕と浅緋とたたみ小僧の妖怪退治が始まったのだ。
歯科医の怪 ゆかり @Biwanohotori
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