腹筋BREAKER決勝トーナメント 第三試合①

「くがっちからラインだ。おお、やったんだな。くがっち。こりゃあ決勝戦見に行かないとな」

 マルコス友蔵がくがっちからの吉報を受け、万遍の笑みを見せる。

 自宅のソファでくつろいでいたので、普段のような恰好ではなく、ラフなパジャマ姿だ。

「すげえよくがっち。いきなりここまで行っちゃったもんな」

 初めて会った時にはひよっこだった彼が、あっという間に腹筋BREAKERのファイナリストになってしまったことに驚きながらも、自分のことのように喜んでいた。

「どんな漫才をするのか見せてもらわないとな。幸い、おいらの仕事と被らないみたいだし」

 予定を確認したマルコス友蔵は、早々に腹筋BREAKERのチケットを予約し始めていた。

「待ってろよくがっち。決勝戦見に行くからな」

 どうしてもくがっちの晴れ舞台が見たい。

 マルコス友蔵はそんなことを思いながら、腹筋BREAKER当日に思いを馳せていた。


「あんた、これこれ」

「おお、どうしたんだい?」

「これ、三島くんじゃないかい?」

「おお、間違いない」

 悟がバイトしていた喫茶店マスターの夫婦が、夕食後にゆっくりしていた時だった。

 マスターの奥さんがスマホを見ていて、たまたま見ていた画面に悟の写った写真があったのだ。

「三島君が言っていたな。『腹筋BREAKER』って」

「チケット予約しちゃいましょうよ」

「そうだな。そんでその日は臨時休業にでもするか」

「そうしましょう、そうしましょう」

 そうと決まれば話は早い。

 マスター夫婦は早速腹筋BREAKERのチケット予約をし始めた。

 悟の晴れ舞台を見逃すわけにはいかないからだ。



 そして、運命の日がやって来た。

 腹筋BREAKER決勝戦当日。

 決勝戦のトーナメント表とお題の順番は当日に決定する。

 審査については、審査員席5人が各20点ずつの100点と、観客からランダム100人で1~3点をつける300点の合計400点満点で採点される方式だ。

 そして、点数発表は二組のネタが終わってから行われる。

「さあ、始まりました腹筋BREAKERの決勝戦です。まずは、トーナメント表の発表から行いたいと思います! 目の前のスクリーンをご覧下さい!」

 司会者がスクリーンの方を向くと、トーナメント表が大きく映し出された。

 シタミデミタシはトーナメントの第三試合であきあかねと激突する。

 ネタ順は先攻がシタミデミタシ、後攻があきあかねだ。

「そして、お題の順番を発表します! トーナメント一回戦はこちら! 『異世界』です!」

 トーナメントのお題がスクリーンに映し出される。

「トーナメント準決勝がこちら! 『法則』です! したがって、三位決定戦と決勝戦は『初恋』となります!」

 こうして決勝戦のお題が決定した。

 ついに、腹筋BREAKER決勝戦の幕が切って落とされたのだった。


 腹筋BREAKERは第一試合からかなりの盛り上がりを見せていた。

 会場は拍手笑いに包まれ、舞台袖からでも熱気を感じるほどだった。

「もうすぐだねさとる」

「ああ。俺が考えたネタにくがっちが考えたツカミを混ぜて作ったネタだもんな。そういう意味では初戦のスタートにふさわしいネタって言えるかもな」

「そうだね。思い切ってぶつかっていこうよ」

「もちろんだ!」

 くがっちも悟も気合は十分だ。

 そうしているうちに、司会側からアナウンスが入る。

「それでは、次の試合に参りましょう! 第三試合です。シタミデミタシ対あきあかね。先攻、シタミデミタシです!」

 腹筋BREAKERの出囃子と共に、シタミデミタシの二人は飛び出して行った。


「皆さんこんにちは、なでしこジャパンです!」

「いっこもそんな要素ねーじゃねーか! シタミデミタシでーす、よろしくお願いしまーす」

「ぼくがくがっち、となりがさとるでーす」

「俺たちはくがっちの下宿先を決める下見で出会ったんで、このコンビ名にしてます」

「あの時のぼくはバカだった。ちゃんちゃんこにパンパースが正装だと思ってた」

「おかしいって気づいてくれよ! せめて着る服を決める前にな」

「日本の義務教育はどうなってんだ!」

「お前がどうなってんだよ! 真剣に問いたいわ! そんでパンパースは卒業できたわけ?」

「そりゃそうよ。もうばっちしなんだから」

「今何履いてんの?」

「ムーニーマン!」

「結局オムツじゃねえか!」

「いいじゃん、またいつかはお世話になるんだからさ」

「まだはえーよ! もっと先の話にしてくれよ!」

「それにさ、包み込んでくれる安心感が欲しいよ」

「それは他の下着でもそうだろ!」

「やっぱり社会人はオムツが大事!」

「オツムなオツム! 頭を指でトントンしてるけどさ」

「ねえさとる、ぼくずっと思ってることがあるんだけど」

「何だよ?」

「ぼく異世界に転生してみたい」

「どうした~、人生詰んだか~?」

「そ、そんなんじゃないよ。た、ただ非日常を味わいたいなって」

「しどろもどろに言われるとかえって心配するだろ!」

「よしじゃあ死ぬぞー!」

「そんな張り切って死なねえんだよ! 作品によってはそうかもしれねえけど」

「何を理由に異世界行こうかな?」

「くがっちだったら餓死じゃね?」

「何でさ?」

「お金持ってないから」

「そうだけど、やだよ。他にいい理由ってないの?」

「死ぬのにいい理由ってあんのかな? じゃああれだ。高層マンションから転落とか溶鉱炉に足をすべらせて転落とか」

「何でそんな怖いのばっかりなのさ?」

「死ぬぞーって意気込んでたの何だったんだよ! じゃああれだ、眠りについてたら異世界に行ってたってのはどうだ?」

「うーん、さすがさとるー」

「なんかムカつくなー」

「ここで異世界に飛ばされる前にイベントがあるんだよね?」

「そうだな。最初にすることがあるよな」

「女神様と恋愛フラグを建てるんだよね」

「そうじゃねーよ! そういう作品もあるかもしんねーけど」

「じゃあ何さ?」

「異世界転生する前にだいたい神様から能力もらうんだよ。くがっちはどんな能力を神様からもらったんだ?」

「やったよさとる、紙おむつから能力もらった!」

「神様じゃなくて紙様なのかよ! ぜってーやべーぞそれ!」

「気のせいですよ~」

「もう一度言う、ぜってーやべーからな! んで、転生したらいきなり魔物とバトルだったりするんだよな。もらったチート能力のお披露目だから」

「よーし、魔物はぼくがやっつけるぞー」

「くがっちはどんな能力をもらったんだ?」

「パンツを好きなものに履き替えられる能力!」

「ゴミ過ぎるだろ! どうすんだよそれ! まあでも拡大解釈ってのがあるからな。無敵になれるパンツとか、魔法を撃ちまくれるパンツなんか履いたら強そうだし」

「世の中そんなに甘くないよー」

「何でそこは現実準拠なんだよ!」

「高級ランジェリー履いてみよっかな、高級ランジェリー」

「誘惑できるもんならやってみろよ! オムツのあんちゃんが高級ランジェリーに履き替えるだけだぞ!」

「どうだ! シルクだぞシルク!」

「くがっちが履いても効果ないんだって!」

「うう、どうすればいいんだ思いつかない。日本の義務教育はどうなってんだー!」

「お前がどうなってんだよ! 義務教育の中にその答えはねーぞ!」

「さとる、ぼく分かったことが一つあるよ」

「何だよそれ?」

「やっぱ異世界に行ってもオムツが大事!」

「オムツじゃどうにもなんねーんだよ! もういいぜ、どうもありがとうございました」


 シタミデミタシの漫才で、再び会場は拍手笑いに包まれた。

 悟とくがっちとしては、お題に対して真剣に向き合ったネタをやることが出来たと思っている。

 ネタの詰め方についても、そこまで悔いのあるネタではなかった。

 後は後攻のあきあかねがどう出るかだ。

 結果がどうなるか、シタミデミタシはただただ待つのみだった。

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