腹筋BREAKER準決勝

 腹筋BREAKERが始まってから、シタミデミタシの二人は慌ただしい日々が続いていた。

 とにかく腹筋BREAKERのスケジュールがタイトなこともあり、他のことに手を付ける余裕はない。

 先輩方から話を聞いていたものの、ここまでとは思っていなかった。

 そんなシタミデミタシの二人は今、腹筋BREAKERの二回戦会場控室でネタ合わせをしていた。

「みんな慌ただしそうに見えちゃうね」

「そうだな。俺たちだけじゃなさそうだ」

 くがっちと悟が控室の様子を見ながらひそひそ話をしていた。

 そんな中、控室の隅で周りの芸人に背を向けて、ひと際暗そうな雰囲気を見せているコンビがいた。

「ねえ、さとる」

「どうしたんだ、くがっち?」

「あそこのコンビ、あんなところでネタ合わせしてるよ」

 動きづらそうな場所でネタ合わせしているコンビを見て、くがっちが悟に話しかけていた。

「くがっち、あのコンビ知らねえのか?」

「えーと誰だっけ?」

「あのコンビは『陰ノ者』。前回の準決勝進出コンビだぞ! 前回のトップ3がこぞってラストイヤーだったから、今一番優勝に近いと言われているコンビだ」

「さとるどこで調べたの? ストーカーしたの?」

「んなわけねえだろ! 他のコンビのことも調べておいた方がいいからな」

 何も知らないくがっちに悟が解説をし始めた。

 強豪の姿が散見されることにより、より大会が決勝に近づいていることを実感する二人。

 そして、出番が近づいたシタミデミタシは舞台袖へと向かって行った。



 二回戦があっさりと終わってしまい、手ごたえがあったかどうかも感じる余裕のないまま、日々が過ぎていった。

 そして、シタミデミタシの元に腹筋BREAKER準決勝進出の吉報が伝わって来た。

「やったねさとる! 何か慌ただしくて喜ぶ余裕がないんだけど」

「そうだよなあ、ずっとネタ合わせしてたもんなあ」

 くがっちと悟が事務所の天井を仰ぎ見ながら、話をしていた。

 緊張感に包まれて疲れているのが見て取れる。

 そんな中、ラブソングバラードの二人が事務所にやって来た。

「お二人さん、おめでとうございます! パーティーしまひょパーティー!」

「やめとけよ、二人とも疲れきってるから。それよりも休ませた方がいい」

 呑気なラブソング糸川に対して、バラード東田が冷静な意見を述べていた。

 それを聞いたラブソング糸川がちょっとしょげてしまっていた。

「そうでんなあ。腹筋BREAKERはスケジュールがタイトだから、仕方ないわなあ」

「祝賀会はまだまだお預けだ。今は目の前の準決勝に全力を尽くして欲しい」

 ラブソング糸川とバラード東田が温かい言葉をかける。

 先輩方の心遣いが二人の心に沁みてくる。

「ありがとうございます、準決勝も思い切りやって来ます!」

「頑張ります! 準決勝はさとるのネタでいくんだよね?」

「そうそう」

 シタミデミタシの二人は意気込み十分だ。

 後は本番に向けてネタに磨きをかけるだけだ。



 そしてついに、準決勝当日がやって来た。

 ここまで来ると、ライブで活躍しているコンビが揃っていた。

 恐らくシタミデミタシが一番格下と言える存在だった。

 だが、悟とくがっちはそんなことで怯えることはなかった。

 そこまで考える余裕がないとも言える。

 今はただ、自分たちに出来る最古のパフォーマンスをぶつけに行くだけだ。

「そろそろ出番だな、行くぜくがっち!」

「うん」

 そして、ついにシタミデミタシの出番が回って来た。


「皆さんこんにちは、SPEEDです!」

「いっこもそんな要素ねーじゃねーか! シタミデミタシでーす、よろしくお願いしまーす」

「ねえねえさとる。人って老いると故障するじゃん」

「確定路線みたいに言うなあ。可能性は若い頃より上がるのは確かだ」

「うちもおじいちゃんが腰のことよく言ってたよ。ぽっくり腰だって」

「ぎっくり腰な! あれは一回なるとクセになってしまうから予防した方がいいんだよなあ」

「どうやってするの?」

「整体だなあ。体のメンテナンスは大事だから、くがっちも気になるなら先生に診てもらったらいいさ」

「緊張するかも」

「じゃあ俺が先生やるから、ちょっと練習してみっか」

「すいません、ラ餃チャセット一つで」

「日高屋じゃねえんだよここはよお!」

「さわりは必要だと思ってさ」

「整体でそんなんいらねえよ。本題だ本題!」

「ああ痛い、腰に入れてるボルトが」

「一大事じゃねえか! 前にとんでもねえ手術してるような人だろそれ! そんな深刻な話したくないから普通の腰痛にしてくれ」

「最近腰を痛めましてねえ」

「何か心当たりはありますか?」

「ブルガリアンスクワットのやり過ぎでしょうか?」

「そうだろうなあ! 何でそれを理由に選んだんだよ!」

「美尻を目指してるんです!」

「いいよそんなん! それよりもっと自然な理由にしてくれよ!」

「仕事で製造部品がいっぱい入った箱を毎日出し入れしてるんです」

「そうそう、そういうのだよ。主に痛みがあるのはどのあたりでしょうか」

「私は鼻から、早めのパブロン!」

「んなわけあるか! 腰痛は風邪薬でどうにかならねえんだよ!」

「腰から背骨にかけてですね」

「かしこまりました、それでは施術の方を始めますね。って言って全体を触って確認していくんだよ」

「この人痴漢です!」

「それじゃあ施術進まねえじゃねえか! 何のために来たんだよ!」

「それにさ、何で足とか触るわけ?」

「よくぞ聞いてくれたくがっち。腰痛というのは神経が原因で痛むケースがあるから、神経が通っているところを調べていくわけさ」

「インテリぶってんじゃねえぞおらあああん!」

「急に怒るなよ、いいことねえぞ」

「すみません先生、そのゴールドフィンガーで何とかしてくだせえ」

「ヤメロヤメロ! そういうのはよお!」

「どうしても腰をよくしたいんです。腰を直したら一杯やりたいことあるんでねえ」

「へえ何ですか?」

「ぼく草野球やってるんで、野球を思いっきりしたいですね」

「そうですよね。打つ、投げる、走る、全部に関わってきますもんね」

「昼も夜も三冠王獲りたいんでね……」

「イキってんじゃねーぞおい!」

「草野球でそんなんあるわけないじゃないですかー」

「知ってらあそんなんよぉ!」

「それで、あとはあれを楽しみたいんです。リンボーダンス!」

「ま、マジですかあ! それは大変だ! 施術に魂込めますよ」

「ま、嘘なんですけどね」

「シバくぞ!」

「本当はお尻を育てたいんです!」

「まだブルガリアンスクワット引きずってたのかよ! 男の尻にそんな需要あったか?」

「ちょっとズボンがきつくなったんで」

「じゃあ痩せろ! 悪いことは言わないから痩せろ!」

「施術でキレイになれるかしら?」

「エステじゃねえんだよ! 整体なんだよここ!」

「ねえねえ先生、この後一緒にご飯行きましょうよー」

「絡みがウザすぎるだろ! 初診とは思えない図々しさ!」

「おれいい店知ってんですよ~」

「しかもオラついてきた! 嫌な患者さん引いちまったなあ」

「この近くにあるところなんですけどねえ」

「へーそうなんですかー」

「ラ餃チャセットが美味しいんですよー」

「どんだけ日高屋行きたかったんだよ! もういいぜ、どうもありがとうございました」


 漫才は拍手と笑いに包まれていた。

 決して他のコンビに劣る内容ではない。

 後は結果発表を待つだけだ。

 果たして、シタミデミタシの二人は無事決勝戦へと駒を進めることが出来るのだろうか。

 今はただ、その審判の時を待つだけだ。

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