くがっち、人生で初めて服を買いに行く
悟がカフェに行ってる頃、くがっちは彼の人生の中で大きな一派を踏み出そうとしていた。
「人生、何事も挑戦なんて言うけど……」
そしてくがっちは決心した。
ついに自分の服を自分で買うのだ、と。
今まで両親に買い与えられた服と、悟に買ってもらった服しか身に着けていない人生だったが、ついにそれを脱却する時が来たのだ。
これは、今まで自分で服を買ったことのないくがっちにとっては大きな一歩だろう。
「でもなー。漫才はスーツだし、ここでそんなに出費したくないからなー。それに、さとるにお金返しきってないし……」
ライブや地方営業のおかげで借金返済を繰り上げすることが出来ているものの、くがっちはまだ悟にお金を完済していなかった。
そんなこともあり、くがっちはとあるファストファッションのお店に行くことにした。
無難な選択だと言えるだろう。
店頭から眺めても、様々な服が置かれているのが分かる。
お店の中にはお客さんがたくさんいるので、活気を感じる。
「ここで緊張してたら、ライブなんて出られないよね……」
人生初体験なので、ちょっとくがっちは緊張しているようだ。
だが、店の中にも一人客は多かったので、くがっちはそこに混じってみることにした。
お客は皆、自分が求めている服のコーナーで淡々と色やデザインを物色している。
「ここって初心者お断りってやつなの」
くがっちがあたふたしながら店の中を回っていたその時だった。
「いらっしゃいませ。お客様、いかがなさいましたか?」
女性店員がくがっちに声をかける。
くがっちは急に声をかけられてしまったので驚きを隠せない。
「は、はい……」
「どのような服をお探しですか?」
「ズ、ズボン見ようかなって……」
くがっちが女性店員の質問に答えると、ズボンのコーナーに案内してくれた。
種類も色も豊富で、どれ選べばいいか迷ってしまう。
くがっちからしたら宝の山だ。
「お客様はどんなズボンがいいとかありますか?」
「ええと、履きやすくて包み込んでくれそうな感じのがいいです」
「では、この伸縮性があるタイプのズボンはいかがでしょうか?」
女性店員が持ってきてくれたのは、薄めの素材だが布地に伸縮性があるので、履いても圧迫感を感じさせないタイプのズボンだ。
「試着してみますか?」
「は、はい。お願いします」
くがっちはカーキ色と茶色のズボンを試着することにした。
試着室にとりあえずズボンを持って行くくがっち。
「あのー」
「何でしょうか?」
「こっちに来ていただけたり……」
「しません、着替え終えたら呼んで下さい」
女性店員はくがっちが着替えるのを待っていてくれるようだ。
くがっちは早速試着をし始めた。
サイズがあっている上に、余り窮屈さを感じさせない履き心地だ。
そして鏡で確認するくがっち。
何となくだが似合っている気がする。
着替え終えたくがっちは試着室から出てきた。
「お客様、とてもよく似合っていますよ」
女性店員に褒められてくがっちが嬉しそうにしている。
「あ、あとはこのズボンに合いそうな服も欲しいです」
「そうですねー、お客様はパーカーの方が似合うような気がします」
女性店員がくがっちに白とグレーのパーカーを二着持ってきてくれた。
サッと着ることが出来て、買う予定のズボンと合わせやすそうだ。
上下着替えた状態でくがっちが女性店員の前に立つ。
「オフの日はやっぱこういう服を着てる人多いですよね」
「そうですねー」
「やっぱちゃんちゃんこにパンパースなんていないですよねー」
「お客様、そんな格好じゃ外に出られないですよ」
くがっちがふと昔の自分のことを話すと、アパレルの店員さんに笑われてしまった。
無理もない話だ。
(以前のぼくは随分恥ずかしい格好だったんだね……)
くがっちはふと過去の自分を思い出しながら、そんなことを考えていた。
(さとるもぼくのことそう思ってたんだろうな……)
過去の自分は、他のみんなと違うことをしていた。
流石に今となってはあの当時の格好は出来そうにない。
(待てよ、これって漫才のツカミに出来たりしないかな……)
くがっちの脳内に閃いたネタが駆け巡り始めた。
そんなことを急に思いついてしまったものだから、くがっちは買う服をとっとと決めて会計に進む。
漫才のことを考え出したら突っ走ってしまうくがっちらしい。
そしてくがっちは会計を済ましてそのまま店を出てしまった。
「待っててよさとる、ネタのクオリティを上げるためのツカミを考えてみたから。せっかくだから試してみたい!」
くがっちは意気揚々として帰路へとついて行った。
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