悟、整体院へ行く

「もう、我慢の限界だな」

 悟が一人でぶつぶつ呟きながら歩いていた。

 実のところ悟はくがっちに内緒にしていることがある。

 それは、定期的に整体に通っていることだ。

 まだ若いとはいえ、悟の仕事はデスク仕事も多く、知らぬ間に腰をやられていたようだ。

「今日行くことが出来て良かったぜ。これ以上間が空いたらもたなかったかもしれん」

 悟は最悪の事態を脳内に浮かべながら、それを回避できたことに安堵した。

 くがっちとはリフレッシュ目的で設けた時間だが、体のメンテナンスもしっかりやっていく必要がある。

 体を壊してしまうとなれば、仕事どころか人生そのものに支障をきたすのだから。

「本当はいつもの先生が良かったんだけどなー。どうなるんだろ」


 悟が通っている整体院には三人先生がいるのだが、その中に一人非常に評判が悪い先生がいる。

 腕は確かなのだが、何でも気持ち悪いらしい。

 レビューに一点を付けられ、さらにはコメントでハッキリと『キモい』と書かれるくらいなのだからよっぽどなのだろう。

「いつもの先生は爽やかな若い先生だから、違う人なんだよなー」

 悟はふと思ってしまった。

 そうなれば残り二人のうちのどちらかが悟を施術することになる。

 そのキモいと言われる先生に当たる確率は半々ということだ。

 それにしても、レビューでバッサリ酷評されるのだからどれくらいキモい先生なのだろうか。

 悟は逆に気になってしまった。

 それはそれでネタのヒントになるかもしれない。

 そういった下心もちょっとだけ出てきたところだ。

 もしそれが叶うなら儲けものだと言わざるを得ない。

 悟の心の中に、ちょっとした期待感が高まってきた。

 色々な芸人を見てきたこともあり、少々のキモさなら耐えられるはずだと。

 だがしかし、その悟の思いはこの後見事に打ち砕かれることとなる。



 悟が整体院に着くと、早速整体の先生から呼び出される。

「三島悟さん。どうぞ施術室へ」

 悟はその出で立ちを見て驚きを隠せなかった。

 現れたのは黒髪ロン毛にウェーブをかけた中年の男性だった。

 しかも丸いサングラスをつけている。

 本当に整体師なのかと聞きたくなる風貌だ。

 悟は行く場所を間違えたのではという錯覚に陥った。

「はじめまして~、施術していきまっすのでよろしくちゃんこ~」

 いきなり独特の雰囲気を醸し出して来るので、悟はとにかく戸惑ってしまう。

 この段階でキモさこそまだ分からないがノリがウザく、見た目の胡散臭さがハンパじゃない。

「はい、それじゃあベッドにうつ伏せになって下さーい」

 整体の先生が凄くジェスチャーを交えて話をしてくる。

 それを見た悟は恐る恐るベッドに乗り、うつ伏せになった。

 何故だかはっきりしているが、悟は嫌な予感に襲われ始めた。


「そんじゃま施術いっちゃうよ~! かれし~、声上げちゃってもいいからね~。アフンとかイヒンとか」

(しょっぱなから飛ばし過ぎだろ!)

 急にキモさのギアを上げてきた整体の先生にドン引きの悟。

 嫌な予想というものは当たるものだ。

 悟はすっかりテンションダダ下がりとなってしまった。

 当然の結果だろう。

「ここど~お~? 痛くな~いかな~?」

 ねっとりとした感じで整体の先生が悟に問いかけてくる。

 レビュー一点がつくのもよく分かるというものだ。

「ちょっと右側が痛みます」

「わかりみ~ん! 次は首を確かめるよ~ん」

(俺、耐えられるのかな……)

 もはや悟にはネタにするか否かを考える余裕などなかった。

 正直言ってキツ過ぎる。

 そうこうしているうちに整体の先生がマッサージをし始めた。

 体全体を揺らしながら、痛みがある箇所を的確に施術していく。

 やはり腕は確かなようで、悟の体が楽になっていくのが感じられた。

 これで変なことさえ言ってこなければ、それだけでレビューの点数も上がるだろう。

 だが、現実はそうもいかないようだ。


「これ覚えて彼女にやってみてくださいね~、すごいことになっちゃいますから~」

「……」

「ホントはこんなん施術で言ってたらヴァルハラになっちゃいますよね~(笑)」

(セクハラだろがい!)

 悟が心の中で怒涛のツッコミをかます。

 これは確かに気持ち悪い。

 こんなキモい整体師がいるところに北欧神話の息吹など感じられるはずもない。

「はい、施術終了っすね~、お疲れちゃんこ~」

 整体の先生が醸し出すキモさに悟が何とか耐えきったところで施術は終わった。

 施術が終わるとすっかり痛みが気にならないようになっていた。

 あの先生の腕は確かなのだが、やはりキモい。

(やっぱいつもの先生がいいな。予約に気を付けよう)

 悟は何とかして冷静な思考を取り戻し始めた。

 そして、帰路についた悟は徐々にネタのことを考える余裕が出てきたようだ。

「せっかくだから、整体で一本ネタ書いてみるかな」

 完全に冷静になった悟は、漫才のネタを考え始めた。

 とはいえ、あの先生を元ネタにして書こうとは思わない。

 流石に気持ち悪すぎる。

 悟はどんなにオフで体を休めようと、漫才のことを忘れきってしまうわけにはいかないようだ。

 そう、全ては腹筋BREAKER優勝のために。

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