休息は大事
悟が部屋に戻ると、くがっちが夕飯を作って待ってくれていた。
「おかえりー、さとる」
「ただいまー」
くがっちの方を見てみると、くがっちが大根おろしを作っていた。
コンロの上には焼き鮭が入ったフライパンと、白菜の味噌汁が入った鍋があった。
「今出来上がったところだからご飯にしようよ」
「ありがとなー」
配膳された出来立ての料理を食べる二人。
焼き鮭に大根おろしを添え、その上から醤油を垂らす悟。
そして箸でつまんで熱々のご飯に乗せ、ご飯と一緒に焼き鮭を頬張る。
「ああ、うまい。こういうメニューもたまにはいいな」
「そうだね」
悟の言葉にくがっちも相槌を打つ。
悟とくがっちは久々にゆっくりと食事を楽しんでいるような気がした。
悟と同じようにしてくがっちも焼き鮭をおかずにしてご飯を食べている。
「さとるー、最近職場の人から『ちゃんと寝てるの?』って心配されるよー」
「奇遇だな。俺も最近上司から『疲れてんのか?』って言われるぞ」
くがっちの何気ない近況報告に悟も同意している。
先日のライブがらみで緊迫した月日を過ごし、彼らはネタを本番のために仕上げていたのだ。
更にその後もライブに立とうとオーディションへと出向いていた。
残念なことに成果には繋がらなかった。
それでもオーディションの経験が積めたことは二人にとって大きい。
そんな日々が続いたものだから、疲れがたまっているのだろう。
無理もない話だ。
「そんなんだからさ、上司に言われたよ。疲れたときは豚肉や鮭がいいんじゃないかってな」
「それで今日の献立これにしたの?」
「いいや、たまたまだぞ」
くがっちの疑問に悟がキッパリと答えた。
狙ってこうなったというわけではないようだ。
「それにねさとるー、最近なぜかネタが思いつかないよー」
「くがっちもそうだったのか、実は俺もなんだよ」
ライブのために全力を尽くしたので、悟とくがっち色々と出し尽くしてしまっているようだ。
ここまで来たら休息の一つくらいは必要となってくるだろう。
そこで悟はくがっちに提案することにした。
「ここは思い切って休息を取るか?」
「え、さとるどこかに連れてってくれるの?」
「いや、別々にしよう。俺は別で行きたいところがあってな」
「アタシというものがいながらどいつとつるむ気なのよ!」
「気持ち悪いなあおい」
くがっちが急に変なことを言い出すので、悟が思わずツッコんでしまう。
「それに、休んでるうちにふとネタが思いつくんじゃないかなと思ってな。正直それも期待してるんだ」
「そうだよね。そういうものいいかも」
「後は、色々と気がまぎれそうだしな」
「そうだよね。そうすれば悟に借金返済することも忘れられそうだよね」
「それは忘れちゃ困るんだよ!」
くがっちの唐突なボケに悟が間髪入れずに反応する。
当然くがっちのジョークなのだろうが。
「それでさ、実際にどの週で休息を取るの?」
「そうだなな。来週、再来週あたりはどうだろうか?」
「さとるー、結構思いきっちゃうね」
「今度の地方営業は、今までやったネタをもう一度ぶつけてみるのもいいかなと思ってな。まだ行ったことない場所だし」
「それで思い切って休息を取る作戦なんだね」
悟の大胆な作戦にくがっちが驚いてしまっていた。
ここまでずっと新ネタを何としても試そうとしていたからだ。
「本当は潤沢にネタがあれば、新ネタをどんどん試せるんだがな。ちょっと息切れしちまったな。正直言って悔しいが、いくらネタを作ってもクオリティが追い付かないようじゃな……」
「そうだよね。本当はもっとネタを作らないといけないんだけどね……」
正直言って、二人は休息を取ることに恐怖を覚えていたのだろう。
突っ走らなければ、他のコンビに置いていかれそうな気がしていた。
だが、これ以上今のペースを保とうとしても心身ともにもたないだろう。
「よーし、それじゃあ何するか考えとこっと!」
「そうそう。せっかくだからな! ちょっとやってみたかったことをやるにはいい時間だと思うんだよな」
「それでネタが思いついたら大儲けだよね」
「ぶっちゃけそう思うよ」
くがっちも悟も何をしようか考えながら、スマホで色々と検索し始めた。
せっかくのオフなので有意義に過ごしたいところだ。
ここまで来ると、抑圧から解放されたような気分の二人が止まるはずがなかった。
まだまだ彼らは若いのだ。
自分たちの気持ちに正直になったシタミデミタシの二人は、それぞれのオフの日を思い浮かべながら予定を組んでいったのだった。
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