ネクストブレイクを求めて

「あのコンビ、始めて見たな」

 小柄なスーツ姿の可愛らしい女性が、自分のデスクで何かを思い出していた。

 快活な雰囲気で、ポニーテールがよく似合っている。

 彼女の名前は守屋鈴音もりやすずね

 若手のエンタメ記者だ。

 そして彼女は仕事としてだけでなく、趣味でお笑いのライブに通っている。

「シタミデミタシ、だったかな。今後も色んなライブに出てくるかもしれないな」

 彼女はお笑いを楽しむだけでなく、次に来そうなお笑いコンビの品定めもしていた。

 そこは本職として見ているのだろう。

 ネクストブレイクとなるお笑いコンビに目をつけていれば、それだけで慧眼というものだ。

 そして、そんな彼女が目を付けたのがシタミデミタシの二人だった。

 元気笑会主催のライブに初参戦ながら、確かに笑いを取っていた彼らに可能性を感じたのだ。

 初めて彼らを見たときに、鈴音は彼らがスベるのではないかと考えていた。

 だが、彼女の予想はキレイに裏切られた。

 彼らの将来が楽しみだし、もっと彼らのネタが見たい。

 そんなことを思いながら、彼女は仕事をしていた。


 せっかくだから、彼らを特集の中に加えてみるのはどうだろうか。

 鈴音はそんなことを考え始めた。

「編集長」

「おお、守屋かあ。何だ?」

「お笑いコンビのネクストブレイク特集なんですが……」

 鈴音が編集長に記事を見せる。

 編集長が睨むようにしてデスクトップを眺めている。

「シタミデミタシ、はあ? 何だよこいつら?」

 編集長は明らかに嫌そうな声を上げた。

 その嫌そうな声が静かなオフィスに響く。

 聞いているこっちが嫌になりそうだ。

「こちらのコンビなんですけど……」

 鈴音が円城プロのホームページを編集長に見せる。

「んだよこいつら、泡沫ほうまつじゃねえか……、ダメダメこんなコンビを記事にあげるようじゃあ。俺たちが失笑されちまうぜ」

 編集長の角が立つ物言いに、鈴音がムッとした。

 無理もない話だ。

「この前の元気笑会主催のライブでは、初登場ながら確実に笑いを取っていたコンビです。将来性は十分にあるコンビかと」

「ダメだ!」

 編集長が語気を強めて否定した。

 頭に来ているのだろう。


「そんなに気になるなら趣味で追いかけるんだな。仕事でこのコンビを追いかけるのは俺が許さん」

 編集長からは全く鈴音の意見は認められなかった。

「それにこのコンビ、所属事務所は弱小、キャリアもまだまだで注目コンビとは到底言えない。ちょっと夢見過ぎなんじゃねえの。確かにこういうので予見したらかっこいいけどさ」

「私はそんなつもりでは」

 さらに編集長が追い打ちをかける。

 余りにもしつこいと言えるだろう。

 いくら何でも、鈴音がかわいそうだ。

「かしこまりました」

 鈴音は大人しく引き下がることにした。

 これ以上編集長からの罵詈雑言を浴びせられたらたまったものではない。

(だったら、プライベートで追いかけるしかない……)

 それでも鈴音はお笑いが好きなのだ。

 こんなことぐらいで折れる彼女ではなかった。

 鈴音の決心は想像以上に固い。

 これはシタミデミタシの漫才が、一人の女性にある意味火をつけたと言えるだろう。



「この前のライブで漫才出来て本当良かったね」

「ああ。何て言うか、手ごたえを感じることが出来た気がする。もっとライブに出て、もっと手ごたえを感じたな」

 くがっちと悟が部屋でライブのことを思い出しながらネタ作りをしていた。

「そういやあぼく思ったんだけどさ」

「なんだよ」

「漫才って結構女性ファン多いのかな?」

「いるのはいると思うぞ」

「前列に座ってた小柄な女の子が、すごく熱心に漫才見てたんだよね」

「くがっちそんな余裕あんのかよ!」

「違うよ。その子が可愛かったから目についただけだよ」

「それでも大した余裕じゃねえか!」

 くがっちの言ってることに、悟はツッコまずにはいられなかった。

 当の悟にはそんなよそ見する余裕なんて全くないのだ。


「その子ね、すごくお笑いを真剣に見ていたような気がするんだ」

「大のお笑い好きなのかもな……」

「だからさ、その子がぼくらのファンになってくれればなあって」

「結局それが言いてえだけじゃねえか!」

 くがっちの言いそうなことが、悟にはすぐ理解できた。

 生きていれば、人間は多少の煩悩くらいあるものだ。

 少なくとも今の悟はくがっちをそう解釈している。

「あとはあれだな。円城社長が話を進めていた地方営業の話が延期になっちまったんだよな。ここでもネタが試せると思ってたんだけどなあ」

「だったら、ストリート漫才で試す?」

「機会が全くなければそれも考えないといけないな」

 悟とくがっちは少しでも多くの経験を積むべく、話を進めていた。

 腹筋BREAKERに向けて特にライブは狙っていきたいところだ。

「あとはネタ作りもだな。ベタなネタでも特殊なネタでも、まずは一本作って行こう」

「そうだね。頑張る」

「あ、あと再来週の土日はちょっと俺用事があるから、くがっちはくがっちで予定組んでくれていいぞ」

「分かったよ」

 こうして、シタミデミタシの二人は次のステージに向けて着々と準備を進めていくこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る