新ネタ一発

「ついに来ちまったな」

「だね。ここまで来ると、とっととネタ見せしてしまいたいね」

「気持ちは分かる」

 オーディション会場にやって来たシタミデミタシは、緊張感の中会場の控室へと向かって行った。

 控室には数多くのお笑いコンビがひしめいている。

 おそらく元気笑会所属のコンビが多数を占めているのだろう。

 独特のプレッシャーが控室内を支配している。

 仏頂面で出番を待つコンビもいれば、ひそひそ話でも最後までネタ合わせをするコンビもいる。

 あとはオーディション常連みたいなコンビたちが談笑しているのも見られた。

 ここまで来るとライバルというよりも戦友といった感じなのだろう。

「控室でどうするかってのでも個性が出るな」

「すごいよここ、お茶をやかんで出してるんだね」


 くがっちが指差す方を見ると、かなり大きなやかんが置いてあった。

 くがっちは迷わず紙コップに麦茶を注ぎ始める。

 くがっちが悟の分も注いで持ってきてくれた。

「さとるも飲む?」

「ああ、ありがとうな」

 悟もくがっちが麦茶を飲み始めるのを見て、同じように麦茶を飲んだ。

「あとは軽くネタの確認でもしとくか」

「そうだね。基本的には練習通りでいいんでしょ?」

「おお、アドリブを入れてくれなんて言わないからな」

 悟とくがっちがスマホでネタの流れを見ながら確認している。

 特に周りに知り合いがいるわけでもないので、気にせず淡々と進めていた。

 そうしているうちに、シタミデミタシの出番がやって来たようだ。

「とうとう来たね」

「ああ、かましてやろう」

 シタミデミタシの二人は会議室のような場所に案内された。

 入っていくと、審査員が数人席に座っていた。

 悟とくがっちは、そこで今回のライブの意気込みや経歴等の軽い質問を経てから最後にネタ見せを行った。

 こんなにあっさり終わってもいいのだろうかと思いながら、シタミデミタシの二人は退室し、会場を後にした。

 悟とくがっちはどう手ごたえを感じればいいのか分からないまま帰路につくこととなった。



 後日、円城プロの事務所に『オーディション合格』の通知がやって来た。

 円城社長だけでなく、ラブソングバラードとカニカマ工場の二人もやって来ていた。

「やりましたなあお二人さん! 会場を爆笑の渦に巻き込んでやって下さい!」

「プレッシャー与えすぎだろ!」

 喜びを押さえきれないラブソング糸川にバラード東田が冷静なツッコミをかます。

 いかにも彼ららしいやり取りだ。

「このライブは必ず二人にとって収穫となるさ。思い切ってやってくれ」

「こういうところで場数踏めるようになると強いよなー」

 三橋ジロウと深川ジンもシタミデミタシの二人にエールを送る。

 これまた彼ららしい心強い後押しだ。

「ここにいるみんながお二人の活躍を信じています。全力を出し切って下さい」

 円城社長もシタミデミタシの二人にエールを送る。


 事務所のみんなから受け取った思いを胸に今、シタミデミタシの二人は出番を待っていた。

「もうすぐだな」

「そうだね」

「思い切ってネタをぶつけていこうぜ!」

「分かった!」

 そしてついに、シタミデミタシの番がやって来た。

 二人は舞台袖を振り返ることなく、ステージへと向かって行った。


「皆さんこんにちは、喜び組です!」

「いっこもそんな要素ねーじゃねーか! シタミデミタシでーす、よろしくお願いしまーす」

「さとるー、やっぱヒーローってかっこいいよね!」

「そうだな、永遠の憧れだもんな」

「僕も小さい頃ヒーローに憧れてたよ」

「将来の夢はヒーローですってやつな」

「そうそう、戦隊もののシルバーになって若奥様ひっかけたいなって」

「クソ野郎じゃねえか! それに小さい子どもがいきなり若奥様いかねえだろ!」

「あとはさ、善良な人たちを悪から救いたいって気持ちもあったよ」

「くがっち……」

「いじめってさ、いじめられた人じゃないと本当の辛さ分からないからさ」

「急に重すぎるわ! 心苦しいんだよ!」

「実はさ、ぼくが書いていた幻のヒーロー作品があってね。その名もラノベヒーロー!」

「いつの間にそんなん書いてたんだよ! そんで、何でラノベヒーローって名前なんだ?」

「語感が良かったから」

「何となくだな」

「じゃあ早速読んでいくね」

「おお」

「僕の名前はラノベヒーロー、突然この異世界に召喚されたんだ」

「正直あるあるな展開だな」

「ちなみにスリーサイズは上から」

「いらねーよ! 男のスリーサイズ情報なんてよ!」

「森の中かあ、カワイ子ちゃんはいねーかー? おっ馬車がオークに襲われてんじゃん」

「典型的なクソ野郎だな。そんでまたよく見る展開じゃねーか!」

「何だよ、白髪で冠付けて偉そうな格好したジジイじゃねーか! 助けるのやーめた」

「助けてやれよ! 王様なんだよ! 助けたらいいことあるから」

「僕はオークを倒し、王様を助けた。そしたら王様は何も言わずそそくさと逃げていった」

「王様もクソなのかよ!」

「やっぱり自分のお腹を縦に切り裂いて、その裂け目にオークを全部吸い込んでしまったのがよくなかったのかな?」

「そりゃ王様逃げるわ! いいのかヒーローがそんなにグロくて!」

「そして、何故かそのそばですすり泣いている一人の少女に、僕は出会った」

「ここで急展開だな。これはあれかな? その少女を守ろうとするために改心するパターンかな?」

「チッ、僕の対象年齢じゃないな」

「やめろよそういうの!」

「あと十年待つか……」

「女の子をそういう目でしか見れねえのか! 流石に書き換えとけよ!」

「チッ、反省してまーす」

「それ反省してない奴が言うんだよ!」

「少女は不思議な雰囲気の子だ。少女のことを見ると彼女は笑顔を見せてくれた」

「やっぱ独特な雰囲気なんだな」

「こういうの電波系って言うんだよね」

「言い方よ! もっとあるだろ!」

「彼女を見ると、不思議と守らなければならないという感覚が僕を襲ってきた」

「やっぱあれかな、不思議な力を秘めている子なのかな?」

「そして僕は彼女に言った」

「ここでお互いが名前を告げるんだな」

「トイレどこですか?」

「知るかそんなもん! 勝手に行っとけよ!」

「すると、彼女が名前を教えてくれた。彼女の名前はリラ。こうして僕とリラは森を抜けることにした」

「やっと話が進みそうだ」

「僕とリラが森の中を進んでいると、猟師さんに出会った。猟師さんは僕を見るなり『その子はここに置いていけ! 連れて行くな!』って言うんだ」

「これはリラが訳アリって展開なのか?」

「『俺が養女に迎え入れるんだ!』って言ってさ」

「その猟師キショ過ぎるだろ! お前含めてそんなんばっかりかよ!」

「僕は当然拒否した」

「そりゃそうだよな」

「野郎の言葉に興味はねえ!」

「そりゃそうだよな! 最初からそんな奴だったもんな!」

「これが序章なんだ」

「なんじゃそりゃ。んで、結局どうなったんだよこれ?」

「原稿のデータなくしちゃった」

「ダメじゃねえか!」

「言ったじゃん、幻のヒーローだって」

「そういう意味だったのかよ! もういいぜ! どうもありがとうございました」


 シタミデミタシの二人は新ネタをやり切った。

 少なくとも気心しれた場所で漫才をするわけではなかったので、どうなるか心配だった。

 だが、ふたを開けてみると手堅く拍手笑いを取ることが出来た。

 理想の漫才からはまだまだ離れているものの、狙った場所でウケがあったので悟とくがっちはホッとしている。

 悟とくがっちには、もっともっと場数を踏まないとという気持ちと、もっともっと舞台に出て笑いを取りに行きたいという二つの気持ちが入り混じっていた。

 そう、彼らはまだまだ上を目指している。

 そして、漫才を心から楽しんでいる。

 目標である腹筋BREAKER優勝へ向けて、一歩ずつだが歩みを進めることとなった。

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