シタミデミタシ オーディションへ

 それからというものの、日常で特に目新しいことはなかった。

 悟にとってはそうだった。

 しかし、くがっちは事情が少々異なるようだ。

「おいくがっち、何見てんだよ!」

「もうちょっとだけ、これもネタ作りに生かせるかもしんないし」

 くがっちは最近どうやらライトノベルを読むのにハマっているようだ。

 スマホの画面を食い入るように凝視している。

 いわゆる電子書籍というやつだ。

「そんなんいつでも中断できるだろ!」

「もうちょっとで区切りのいいところだから」

「俺はお前のオカンじゃねえんだよ!」

「オカーーン!」

「うるせえよ!」

 中々ネタ作りモードに入ってくれないくがっちに、悟が業を煮やしている。

 無理もない話だ。


「さとる、お待たせ!」

「ホントに待ったぞ」

 あっけらかんとしているくがっちに、悟は少々怒っているようだ。

 それでも、ネタ作りとなると二人は真剣だ。

 シタミデミタシの今後を変えてしまうようなネタだって生まれるかもしれない。

「それでだくがっち、ネタの方は仕上がったのか?」

「ちょうどさとるに見てもらおうと思ってたのがあるよ」

 くがっちが悟にネタを見せる。

 シタミデミタシの二人はスマホのメモ帳を使ってネタを書いている。

 悟はくがっちの書いたネタを真剣に見ていた。

「マジか! くがっちそれで一ネタ作ってたのかよ!」

「実はね」

「何て言うか、真っ直ぐな奴だよホント」

「もしかして褒めてる?」

「今回だけな。次からは真面目にやってもらうぞ」

 そして、くがっちが考えたネタを基にブラッシュアップし、次の漫才で行うネタが完成したのであった。

 後は練習を重ね、実践の場で披露するために全力を尽くすだけだ。



 シタミデミタシの二人は、久しぶりにストリート漫才をするために駅前に赴いた。

 円城社長と初めて出会ったころに比べて経験を積んでいる二人は、自信満々に漫才をやってのけている。

 中には立ち止まって見てくれている人もちらほら見られた。

 そして笑い声も聞こえてくる。

 彼らは着実に力をつけてきているのだ。

 焦らなくていい。

 今は自分たちにそう言い聞かせながら、目の前の漫才に力を出し切ろうとしている。

「どうも、ありがとうございました」

 悟がいつものようにネタを締めくくり、くがっちと一緒に頭を下げた。

 まばらながら拍手が聞こえてきた。

 シタミデミタシの二人は今、着実に手ごたえを感じてきている。

 漫才を終えた二人は、ペットボトルの水を飲みながら談笑していた。


「今までの成果が出てきているな」

「そうだね」

「くがっち何だか嬉しそうだな」

「女子高生がこっち見てたからさ。結構可愛かったし」

「よくそんな余裕あるなあ」

 悟とくがっちがとりとめのない話をしながら、水分補給をしていた。

「そこまで暑くないのに、何だか喉が渇いちゃってさ」

「空気がちょっとずつ乾燥してきてるからだな、こりゃ」

 しみじみとした気持ちになりながら、悟とくがっちは空を仰いでいた。

 空は少しずつ夕焼けに染まろうとしていた。

「そろそろ帰るか」

「そうだね、何かお腹減っちゃったよ」

「なあくがっち」

「どうしたのさ、さとる?」

「今日はラーメン食って帰らねえか?」

「やったー!」

 新ネタを試して、それなりの反響を得た二人。

 今日ぐらい景気よく行きたいところだ。

「言っとくけど、たまにはって奴だぞ」

「こんなサービス、滅多にしないんだから」

「うるせえよ!」

 悟とくがっちはあったかいラーメンを求めて、街の方へと繰り出すのだった。



「お二人も、ついにオーディションに参戦するのですね。私はとても嬉しく思います。お二人が次にするネタはこちらも拝見しています。今までつけてきた二人の力を思う存分に発揮して頂きたいです」

 シタミデミタシの二人は事務所で円城社長から激励のお言葉を受けていた。

 ちょっとした壮行式のようなものだ。

元気笑会げんきしょうかいさんはお笑いの世界における最大手です。このステージに乗り込んで漫才を披露し、笑いを取ることが出来れば今より1ステージ以上は確実に上がることが出来ます。その代わり、元気笑会さんは最大手なだけあって所属芸人さんの層は非常に厚いです。他の芸人さんもステージを求めて多数やって来ることでしょう。例え受からなかったとしてもくじけてはなりませんよ」

 円城社長は我が子を見守るように優しい視線を送っている。

 それがシタミデミタシの二人には心地よかった。

「「はい」」

 シタミデミタシの二人はついつい揃って返事をしてしまった。

「ありがとうございます」

 悟がお礼の言葉を述べ、くがっちと一緒にお辞儀をする。

「本当なら私も現地で見たいところなのですが、残念なことに打ち合わせが入っていましてね……」

 円城社長が残念そうな表情を浮かべている。

 シタミデミタシの二人が活躍する所を見たいというのもあるだろうが、漫才そのものが好きな円城社長のことだ。ライブそのものを見たいというのもあるだろう。

「今回は先輩コンビの二組はいませんが、場数を踏んできたお二人なら緊張することなくやっていけるだろうと信じていますよ」

 円城社長が笑顔で二人の背中を押してくれている。

「くがっち、やってやろうぜ!」

「そうだね! ライブで新ネタかましたいね!」

 こうして、悟とくがっちは思いを一つにしてオーディションへと臨むこととなった。

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