焦っちゃダメ

 ここ最近、シタミデミタシの二人はネタ作りが振るわなかった。

 正直言ってネタが思いつかないのである。

 燃え尽きてしまったのだろうか。

「くがっち、ネタの方はどうだ?」

「いいや、全く。事務所に来れば気分が変わって何か思いつくんじゃないかって気がしたんだけど」

 円城プロの事務所で悟とくがっちは頭を抱えていた。

 とにかくネタが浮かばない。

 そんな絶不調と言える二人の前に、ラブソングバラードの二人が姿を現す。

「おお、お二人さんどうされました?」

「随分と思い悩んでいるようだな……」

 ラブソング糸川とバラード東田の二人がシタミデミタシの二人に声をかける。

「率直にわてが思っていること、二人に言ってもええですか?」

 ラブソング糸川が突然切り出し始めた。

 それを聞いた悟とくがっちがラブソング糸川の方を向き始めた。

「お二人さん、正直言って大分焦っている印象がありますなあ」


 シタミデミタシの二人は痛いところを突かれたのか、ハッとした表情でラブソング糸川を見ていた。

「すぐ分かりましたわあ。普段ならくがっちはんが『大分だいぶ? 大分おおいたじゃなくてですか?』ぐらいは言いそうな気がするんやけど」

「いや言わんだろ」

 ラブソング糸川のボケにバラード東田がツッコミを入れる。

「お言葉ですが……」

「それに、生き急ぐってのは死に急ぐってのにもつながってくる。人としてだけでなく、漫才師としても、だ」

 言葉を返そうとした悟に、バラード東田が更に言葉をかぶせる。

「もっと速く、もっとたくさんのネタを作って、もっと面白くなりたい。その気持ちは確かに大切だと思うが、余りにそればかりだと地に足がつかない」

「人生焦っていいことなんて一つもありゃしませんで」

「心の余裕が失われた時にいいネタってのは思いつかないものだしな……」

 バラード東田とラブソング糸川が更に言葉を重ねていく。

 それだけここ最近のシタミデミタシの二人は焦りが感じられていた証拠なのだろう。


「インプットとアウトプットというものがあるが、焦ってネタ作りをするととかくアウトプットに偏りがちだ。そうなるとインプットがおろそかになってしまう」

「このバランスが崩れるとうまくいかん、わてらもつくづく実感しましたわあ」

 先輩二人の心配の言葉を受け、悟とくがっちは俯いてしまった。

 恐らく、思い当たることしかないのだろう。

「わてらもお二人さんみたいな気持ちになったこと、ようけありましたなあ」

「今考えればそんな瞬間がたくさんあったな」

「それっていつなんですか?」

 ラブソングバラードの二人が呟き出したので、くがっちがとっさに反応する。

「落研時代からですわあ。あれは、新作落語のネタに挑戦していた時。全然ネタが浮かばずに往生しましてなあ」

 ラブソング糸川が昔を思い出しながら話をしていた。

「あの時期は本当にキツかったな。学祭の寄席や大喜利の運営なんかも考えないといけなかったし、とにかく大変だった」

 バラード東田も昔を思い出しながら頷いていた。

「そんで突然飲みに連れていかれ、気が付けば居酒屋に居た。なんてこともありましたわあ」

 もはや嫌な予感しかしない。


「そんで、コールが始まりましたわあ」

「そうだったな」

「「飲んでっけー! 鬱憤晴らしてけー! ここで稀有なファイト! 飲みの場で飲ませてよ! 飲んでっけー! 君の前にglass! おまかせしなさい! もっと飲ませてあげる! あげるー! お店午後九時オーダー中!」」

「このコールはもっぱらお店で使われることが多かったが、最後のフレーズをちょっと変えて部屋飲みで使うこともあったな」

 ラブソングバラードの二人が急にコールを歌い始める。

 またもや名曲をコール用にカスタムしたものだ。

 それについてバラード東田が解説をし始めた。

 やはり良い子も悪い子もマネしてはいけない奴だ。

「まだあるんですか、それ。誰が考えたんですか?」

 悟が少々呆れ気味の表情を浮かべる。

「誰かが知らないうちにどこかから輸入してきた」

 バラード東田が冷静に回答をしてくれた。


「そんでもって、始まったら止まらないのが落研飲み。その勢いはとどまることを知りまへんでしたわあ」

「嫌なことは飲んで忘れろと言わんばかりにな……」

「「お医者さん飲もうよ! 大工さん飲もうよ! 八百屋さん飲もうよ! 気が付けば僕も! 山田さん飲もうよ! 田中さん飲もうよ! 鈴木さん飲もうよ! お店で飲もうよー!」」

「このコールは〇〇さんのと飲みの場にいる人を名指しして、みんなで飲むコールだな。とにかく巻き込むのが特徴だ」

 ラブソングバラードの二人が再びコールを歌い始める。

 またもや名曲をコール用にカスタムしたものだ。

 それについて再びバラード東田が解説をし始めた。

 やはり良い子も悪い子もマネしてはいけない奴だ。


「思ったんですけど、コールネタ言いたいだけですよね?」

「そそそそそんなことないで悟はん」

 悟の冷静なツッコミに、ラブソング糸川が動揺を見せた。

 図星なのだろうか。

「それともう一つ、落研の隣の部室ってどこだったんですか?」

「確か、替え歌研究会だったなあ」

「絶対出所そこじゃないですか!」

 バラード東田の返答に、悟がズバッとツッコミをかます。

 ちょっとずつだが元気が出てきたようだ。

「お店で飲もうよー!」

「いいよくがっちも言わなくてさ!」

くがっちが口ずさんでいたので悟がツッコむ。

「何が言いたいかというと、日常をもっと楽しんで過ごすと案外ネタが出てくるかもしれまへんよ。インプットは日常の中に潜んでいるかもしれないんでね」

 最後にラブソング糸川が思いの外実践的なアドバイスを悟とくがっちに送ってくれた。

 ラブソングバラードの二人がかけてくれた言葉に、シタミデミタシの二人は救われたような気がした。

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