シタミデミタシ 実践の場で
「最近やけに張り切ってんな」
「腹筋BREAKER出るからにはって感じだな」
事務所でシタミデミタシとカニカマ工場の二人が談笑をしていた。
漫才に夢中になっている悟とくがっちを見て、カニカマ工場の二人が声をかける。
「ただ、気にしていることがあるんです」
「どうしたんだ?」
「お二人のように、男らしさを押し出すような特徴が俺たちにはないんですよ……」
三橋ジロウが悟の質問に真剣な表情を見せ、答えを考えていた。
「それがかえって持ち味なんじゃないかと思うがな……」
三橋ジロウの返答に、悟は少々驚いていた。
てっきりダメ出しが飛んでくると思っていたからだ。
「シタミデミタシの漫才はスタンダードだ。だがスタンダード故にどんなネタでも対応できるのが強さだ」
「その幅の広さは、必ず腹筋BREAKERに適した漫才が出来ると思う」
三橋ジロウと深川ジンが悟とくがっちにエールを送る。
先輩二人からの心強い言葉に、悟とくがっちは改めて背中を押されたような感覚が包み込む。
勢いがある時にどんどん実践し、ネタを作っていく。
その流れを作り続けるための後押しをカニカマ工場の二人がしてくれている。
今回ついにシタミデミタシの二人は前座以外の尺で漫才をすることが出来るのだ。
カニカマ工場の二人から見ると、シタミデミタシの二人は緊張をしているのが分かる。
「共同主催で意見が通りやすかったから、良かったな」
「自分たちの力をしっかり試してみてくれ!」
三橋ジロウと深川ジンがさらにエールを送り続けていた。
「「ありがとうございます!」」
カニカマ工場の二人からいっぱいエールを受け取ったので、シタミデミタシの二人は元気いっぱいだ。
これで迷わず次の漫才に向かって行くことが出来るだろう。
ついに、漫才の当日となった。
悟とくがっちは思いの外緊張していないように見受けられる。
「くがっち、思い切ってやっていこうぜ」
「そうだね。しっかり笑いを取りたいね」
悟とくがっちも心を一つにして向かっている。
そしてついに、シタミデミタシが舞台袖から上がっていく。
ほんの少し、いつもより歓声が上がっているような気がした。
「皆さんこんにちは、女子十二楽坊です!」
「いっこもそんな要素ねーじゃねーか! シタミデミタシでーす、よろしくお願いしまーす」
「ドラマが起こる場所っていいなって思ってさ」
「突然だなあ。そんで、ドラマの主人公になりたいとかじゃないの?」
「ぼくはやっぱり場所にこだわりたい」
「そうなの? 例えばどこさ?」
「家の先の曲がり角だね」
「来たよド定番!」
「おさかなくわえたどら猫をおっかけてね」
「サザエさんじぇねーか! この場合、くわえるのは主人公側だろ」
「刀をくわえて三刀流ね」
「ゾロじゃねーか! ワンピースの話はいいんだよ! そこはあれだろ、朝食のトーストをくわえるんだよ」
「乃が美の高級食パン食ってんじゃねーぞおい!」
「パンの詳細はどうでもいいよ! それで、高校生の男女がぶつかって出会ってさ。朝礼でぶつかった相手が転校生だったってやつね。それで出会った相手に言うんだよな」
「あの乃が美の食パン最後の一枚だったんだぞおらああん!」
「乃が美から離れろよ! そこは『あの時の!』って展開になるんだよ」
「ああ。すみませんね、無知なもんで」
「確かにそうかもな」
「1÷3=0.33までいくのは知ってるんですけど、その後がねー」
「あれずっと3が続くんだよ! 割り切れずにな! マジの無知はやめろ」
「あとはあれだね、学校の屋上なんかもいいんじゃないかなって」
「いいなー。センチメンタルな気分になった奴が不意に屋上に行ったら、学校一絡みづらいやつが居座ってるんだよな。そんで急に声かけられてね」
「自殺は俺が先にするから帰れって言うんでしょ」
「言わねーよ! やだよそんなドラマ! ふいに話しかけられるんだけど、そいつが意外といいやつで話が盛り上がったりするんだよな」
「俺この『目覚めよ!』ってやつ読んでるんだけど、一緒に読まない?」
「やだよそんな奴! ぶっきらぼうながらも、もっと爽やかな奴がいいよ」
「俺この『しんぶん赤旗』ってやつ読んでるんだけど、一緒に読まない?」
「さっきとほぼ同じノリじゃねえか! 嫌だよそんな奴」
「じゃあどんな風に話するのさ?」
「お互いどうすればいいのか分からないからさ、学校やクラスに馴染めないなって感じの話から始まっていくんだよ」
「それは分かる気がする」
「だろー」
「クラス中で英語、ドイツ語、中国語、スワヒリ語が飛び交うんだもんなー」
「どこの学校なんだよそれ! すげー多国籍じゃんよ! いやそうじゃなくてさ」
「俺たちきのこ派はたけのこ派により排除されかけている」
「きのこたけのこ戦争はやめろ! あれそんなに危険だったのか?」
「俺たちそば派はうどん派により寝返り工作を受け続けている」
「あの派閥そんな陰湿じゃねーだろ! もっとおおらかだろ! それはさておき、意気投合した二人が屋上でさらに時を過ごし、その時に言うんだよ」
「ここで日焼けしない?」
「んなわけあるか!」
「日焼け止め持ってきたよ」
「やめろやめろ! そんなんじゃない! 意気投合して二人で趣味や好きなことで目標を立てて突き進んでいくってのが王道な気がするな」
「じゃあ二人でボディービルの大会に出るために屋上で日焼けかあ……」
「無理やりつなげようとするなよ! その流れは無理があるから」
「じゃあつまんない」
「急にどうしたんだよくがっち」
「そんなんドラマじゃないよ!」
「今までの流れを全否定するのはやめろよ! もったいないから」
「ぼくはね、そんな場所よりも、もっとドラマが起きる場所知ってるもんね!」
「知ってるんだったら教えてくれよ。あれか、転属された職場か?」
「違うね」
「駅のホームか? 幼馴染とばったり再開するとか」
「それも違うね」
「じゃあくがっちはどこでドラマが起きると思ってんだよ?」
「有馬記念!」
「正論過ぎてぐうの音も出ねえ! どーも、ありがとうございました」
漫才が終わった。
確かに拍手や笑いも起きた場面があった。
ただ、それでも悟とくがっちの表情は硬いままだ。
シタミデミタシの二人は舞台袖の方へと向かって行った。
いつもより足取りが重く感じてしまう。
何故だろうか。
今日のために必死になってネタ作りと練習をしたはずだった。
漫才をすることをとても楽しみにしていたはずだった。
しかし、今日の漫才に全く手ごたえを感じることが無かった。
この感覚が悟とくがっちにとってある種の恐怖に感じられた。
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