受け取ったバトン
悟とくがっちは家に帰るなり、円城社長から受け取った動画ファイルを早速視聴し始めた。
「何が入ってるんだろうねー」
「多分漫才だと思うんだけどなー」
くがっちと悟が話をしながら画面を見ていた。
何が始まるのか気になって仕方がない。
そうしているうちに色々なコンビの漫才が始まった。
どのコンビも力の入った漫才をしており、面白い。
これは確かに見ているだけで勉強になることは間違いなかった。
「くがっち、さっきのコンビの漫才どれくらいだった?」
「えーとね、三分四十秒だったよ」
「円城社長のお言葉通りだな」
円城社長が口にしていた四分のネタで戦うということを、まさしく見せてくれている動画だった。
そんな中、悟とくがっちの見慣れた二人が画面に映っていた。
カニカマ工場の二人だ。
悟とくがっちは息を飲んでその漫才を見ていた。
「こんにちはー、カニカマ工場でーす!」
「「おしっ!」」
「近年暑い日は暑い、寒い日は寒いって気候が続いてるよね」
「おいジン悪口やめろよ!」
「何がだよジロウ?」
「ベルーナドームの悪口はやめろよ!」
「言ってねえよ! そう思ってるお前がアウトだよ! 西部ファンにボコられるぞ!」
「こう見えても野球好きなんでね」
「何の言い訳にもなってねえ。話は変わるんですけど、入りそうで入らないってのは何かむずむずしますね」
「おいジン悪口やめろよ!」
「今度は何だよジロウ?」
「バンテリンドームの悪口はやめろよ!」
「言ってねえよ!」
「外野フェンスが高いからホームラン入りそうで入らないってんだろ!」
「そう思ってるお前がアウトだよ! 中日ファンにボコられるぞ! 何で初手ドームの話から切り出すんだよ?」
「そこはまあオレ流だから」
「そんな都合よくねえぞオレ流って言葉は!」
「あーあ、オマリーの六甲おろし聞きてえなー」
「唐突だなあ、応援歌の話しだしたぞ! チョイスが渋いし」
「燃えよドラゴンズ! は水木のアニキだなあ」
「普通だった。黄金期だしな。そこは板東英二で来るかと思ったわ」
「野球ファンっていいよな、男気を感じるし」
「関係ねえよ、野球は男女ともにファン多いだろ!」
「大リーグボール養成ギプスの話で盛り上がれるしなー」
「それは巨人の星だろ! それで野球ファンなびかねえだろ」
「クリぼっちの話で盛り上がれるしなー」
「それも巨人の星だろ! 昨今はそうとも限らないだろうけどさ」
「ちょっとジン、俺とずれてるよなあー」
「俺が言いたくてしょうがねえんだよそのセリフなあ!」
「あと野球と言えば台湾レベルたけーよな」
「台湾野球とは通だねー」
「チアガールの」
「完全にやらしいおっさん目線じゃねえか!」
「話は変わるけど、もちろん日本の野球だって素晴らしいものがいっぱいある!」
「そうだそうだ!」
「きつねダンスとかさ」
「さっきの話の続きじゃねーか! 何も変わってねーんだよ!」
「よしよし、それじゃあグーターッチ!」
「どうしたんだよ?」
「これで気分がまぎれただろ」
「そんなわけあるか!」
「こう見えても野球好きなんでね」
「何の言い訳にもなってねえんだよ! なあ、さっきからずっと気になってたんだけどさ」
「どうした?」
「好きな球団とか選手とかいないわけ?」
「お、俺は野球を広く愛しているからさ……」
「本当だな」
「そ、そりゃそうさ」
「じゃあさ、令和の三冠王村上選手だ! 村上選手三冠王獲得年のOPSを教えてくれよ?」
「お、おーぴーえす?」
「おいマジかよ!」
「OPSって『おばさんプリプリスプラッシュ』の略じゃないの?」
「そんなわけあるか! 『On―base plus slugging』の略だぞ! ジロウお前あれだな、にわかだな?」
「何でだよ?」
「野球ファンが推しの球団や選手を語らない時点で怪しいだろ!」
「おい」
「何だよ!」
「ジン、てめーは俺を怒らせた」
「ついにプライドかなぐり捨てて来たな。名作漫画のセリフかまして来るとは」
「やーきゅうー すーるならー」
「野球拳に逃げるとかくそだせーじゃねえか!」
「辛いです、野球が好きだから」
「そこオレ流じゃねえのかよ! もういい終わり! どうも、ありがとうございました」
カニカマ工場のネタで悟とくがっちは会場と同じように大いに盛り上がった。
もはや観客のような心境で視聴していた。
先輩たちの漫才を始めて見たので悟とくがっちは少々こそばゆい気持ちになったが、それを吹き飛ばす程のパワーをこの漫才から感じられた。
どうやら漫才以降の続きがあるようだ。
舞台袖に戻るカニカマ工場の二人を、カメラが追いかけている。
「お疲れさまでした。とても面白かったですよ」
円城社長の声だ。
となると、カメラを回しているのは円城社長なのだろうか。
人がいない場所に画面が変わり、カニカマ工場の二人がインタビューを受けている。
「一発かますことが出来ました」
「会場がウケてくれてたんでほっとしました」
三橋ジロウと深川ジンがそれぞれ思いの丈を語っている。
「素晴らしい漫才でした。今日一番盛り上がっていたかもしれないですよ……」
「社長、すみません。このレベルのネタを腹筋BREAKERにぶつけたかったです……」
「すみません、不甲斐なくて」
三橋ジロウと深川ジンが急に涙交じりに話をし始めた。
余程心残りなのだろう。
「腹筋BREAKERだけが賞レースではないですよ。二人の活躍の場は他にもたくさんありますから、別の賞レースで優勝を狙っていきましょう。二人の実力なら食い込むだけの力がありますよ」
「ありがとうございます」
「精進します」
動画を視聴した悟とくがっちもにもこみ上げてくるものがあった。
二人は今にも泣きそうだ。
いつも頼もしい先輩であるカニカマ工場の二人。
普段の二人からは想像もつかない姿だった。
そして、カニカマ工場の二人にかけられた言葉を思い出す。
「俺たちからもリクエストだ。決勝トーナメント進出と言わず、思いっきり優勝して欲しい」
「それで俺たちで大盛り上がりしてやろうぜ! まあ、俺たちは俺たちで目指す大会があるんだけどな」
カニカマ工場の二人は別の賞レースを目指していることだろう。
だがしかし、腹筋BREAKERへの無念は晴らしきっていないだろう。
これは自分たちの番だなと、悟とくがっちは感じた。
「この動画、本当にバトンだったんだな」
「どうしたの、さとる?」
「俺たちが腹筋BREAKER優勝しないといけない理由が出来ちまったってことさ」
「優勝して賞金三百万円!」
「それだけじゃねーんだよ! 先輩たちの無念を俺たちが晴らす!」
「事務所にお土産でトロフィー持って帰りたいね」
「そういうこった」
シタミデミタシの二人に熱い思いがこみ上げてきた。
腹筋BREAKER優勝という目標を掲げ、シタミデミタシは更に自分たちの漫才を
バトンを受け取り、決意を新たにした悟とくがっちの奮闘が始まる。
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