腹筋BREAKER

 悟とくがっちは部屋で腹筋BREAKERのルールに目を通していた。

「結成八年以内はいいとして、予選一回目から準々決勝まではネタ時間二分。そして準決勝以降はネタ四分かあ」

 悟がネタ時間を気にしながらルールを眺めていた。

「決勝は八組が残ってトーナメント方式で行う。敗者復活戦は無し。一日目が一回戦、二日目が準決勝、三位決定戦、決勝戦のスケジュールだね。優勝賞金三百万円、準優勝賞金百万円、三位が五十万円かあ」

 くがっちはその隣でスケジュールと賞金を確認していた。

 これもまた大事な要素である。

「やっぱくがっちは賞金額見てたのか」

「お金は大事だよ!」

「そりゃそうなんだけどさ」

 自分に正直なくがっちを見て、彼らしいなと悟は思った。


「そして、腹筋BREAKERの最大の特徴は決勝トーナメントのお題が事前に三つ発表されることだな。そしてトーナメント一日目にくじが引かれ、どの試合でどのネタを出すかが決まる。正直言ってオリジナリティに自信が無いと、後攻は大分不利な気がするな」

「ネタが先攻と被ったら後攻は辛いね」

「そうだな、客席が盛り上がらないだろうしな……」

 通常、賞レースはトップバッターを始め、出順が早いほうが不利だと言われている。

 理由としては後のネタの採点基準とされてしまうケースが多いからだ。

 だがしかし、お題に沿ってネタをするとなると話は変わる。

 後攻になって先攻とネタ被りでもしようものならアウトだ。

 そして、どの順でネタを出すかが分からない以上、三つのお題のネタ全てで高いクオリティが要求される。

 持ちネタに穴があるとそこで負ける可能性が非常に高い。

「逆に先攻のほうがいいのかもしれないな」

「どうやったら先攻になれるの? 賄賂わいろ渡すとか?」

「そんなわけねーだろ!」

 真面目な話をしている時にくがっちが変なことを言い出すので、悟が思わず声を上げる。

 隣の部屋の人に怒られないか心配だ。


「やっぱあれだな」

「どうしたのさとる?」

「もっと色々なネタ作ってやらないといけないな」

「だよねー」

 経験の浅さを理由にするわけにはいかない。

 もっと多くのネタを作り、試行錯誤するのが王道となるだろう。

 悟とくがっちはその辺りで妥協する気は一切なかった。

「四分のネタも実戦で試してみたいな。社長に直談判してみようかな?」

「まだ短いネタしかやってないもんね……」

 そして、お客さんの前でネタをやらないことにはどうにもならない。

 四分という尺をどのようにして使うか、試す場というのは必要不可欠だろう。

「そうなれば、オーディションを突破する必要が出てくるだろうな。くがっち、今より要求されることが多くなると思うが、いいな?」

「いいよ。ここまで来たんだ、ぼくらで大舞台に立ちたい」

 悟もくがっちも決意は固かった。

 全ては大舞台で漫才をするために。



「二人の思いはしかと受け取りました」

 シタミデミタシ必死の直談判に、円城社長はゆっくりと頷いた。

 円城社長は二人を穏やかな眼差しで見つめている。

「うちが主催でやる分には四分の尺が二人に渡せるだろうけど、うちが招待される場合はオーディションで権利を勝ち取るしかないですね。実力勝負です」

「それは覚悟の上です」

 円城社長の言葉に、悟が真剣な表情で返す。

 くがっちも同じように真剣な表情だ。

「二人の実力はまだまだ伸びていきます。大会に向けてしっかりやってみて下さい。こちらも出来ることは全力でサポートします。あと、私から注意点を一つ」

「何でしょうか?」

「準決勝でやったネタを決勝トーナメントで使うことはないように。腹筋BREAKERはネタ作りの力をかなり見られる大会ですから」

「ルールには書いてなかったですが」

「そう、それで失格にはなりませんが大きく減点されます。審査員のとある方からね」

 円城社長から注意点を教えてもらったシタミデミタシの二人は悟った。

 ネタの精度だけではなく、ネタ数も作れないと腹筋BREAKERの頂点には決して立てないという事だ。


「あと、二人にはこれを見て欲しいところですね」

 円城社長がシタミデミタシの二人に動画ファイルを送ってくれた。

「四分のネタで戦うという事がどういうことか、この動画にいる彼らが教えてくれますよ。お家でご覧になって下さいね」

 円城社長は温かい笑みを浮かべていた。

 悟とくがっちはそんな円城社長を見て思った。

 この人は本当に漫才が好きなんだな、ということを。

 そして、この渡された動画ファイルはある種バトンのようなものなのではないかと。

「「ありがとうございます!」」

 悟とくがっちは円城社長に深々とお辞儀をした。

 これは早速帰って中身を確認しなければ。

 そう思わずにはいられなかった。

 悟とくがっちは急いで帰路へと向かって行った。

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