こんな日もあるさ、そして

「マジですか……」

 悟は次の仕事内容を聞いて頭を抱えていた。

「何という事だ」

「これは難しいね」

 悟とくがっちは地方営業の話を受け、喜ぶべきはずだった。

 しかし、今回行く場所は老人ホームだ。

 高齢者向けの漫才は作ったことが無いので、どうしたものかと頭を悩ませる。

 ネタ作りに苦労させられることが容易に想像できる。

「普通にネタ作るのだってそんなに簡単な話じゃないもんね……」

「くがっち、何かネタ無いか?」

「何も思いつかないよ」

 くがっちと悟は何とかしてネタをひねり出そうとするも、一向に先に進めそうにない。

 円城プロの事務所内でシタミデミタシが手詰まりな雰囲気を出していた、その時だった。


「おお、二人とも来てたんだな」

 悟とくがっちが振り返ると、三橋ジロウの姿があった。

 その後ろに深川ジンの姿もある。

「そう言えば、次の場所聞いたんですか?」

「知ってるぜ、かなりの難所になるだろうな。今までのお客さんと違うもんなあ」

 悟の質問に深川ジンが答える。

「俺たちも過去に老人ホームで漫才ってのはやったことがあるが、そんなに爆笑をとれたことがないんだよなあ」

「俺たちと打って変わってラブソングバラードがバシバシ笑いを取るんだ、悔しいくらいにな」

 カニカマ工場の二人が色々と聞かせてくれている。

「糸川さんがすごいんですか?」

「そうなんだよくがっち、あいつ妙なシチュエーションになればなるほど燃えるらしくてな。俺たちはあの二人と付き合い長いはずなんだがな、未だにあいつのツボが分かってないんだ」


 くがっちの予想通り、ラブソング糸川がテンションを上げているようだ。

 何となくだが想像出来そうな気がする。

 三橋ジロウが解説してくれた。

「あいつらある意味すごいところがあるからな……」

「コールの話を聞いた時からそんな気はしていました……」

 深川ジンの言葉に悟が追随する。

「それにしても、今度やるネタどうしよっかなー」

「俺たちもずっと考えていました」

「お客様に合わせてネタ作りをするってのもまた、芸人としての技量だからなあ」

 三橋ジロウと悟が遠い目をして天井を見つめていた。

 とにかくネタ作りに苦労させられそうだ。



 やって来た老人ホームはとにかく大きかった。

 その大きさに一行が衝撃を受ける。

「それにしても、かなり規模のデカい老人ホームでんなあ」

「初めて行くところだな」

 ラブソング糸川とバラード東田が率直な感想を語っていた。

 ただ、そこまで緊張している様子は見られなかった。

 至って平常心だ。

「さとる、一体どうなってしまうんだろうね?」

「こればかりは全く予想できん」

 対するくがっちと悟はずっとそわそわしている。

 練習こそ行ってきたものの、最適解が見いだせていないのだ。

「まああれだ。トリはラブソングバラードに任せてるから、俺たちは思い切ってやっていけばいいさ」

「三橋さん」

「そう思わないとやりきれない時があるからな……」

 三橋ジロウが悟に声をかける。

 カニカマ工場の二人も今一つ自信がないのだろう。

「ネタ作ってはみたもののって感じなんですよね」

「それなんだよなあ」

 くがっちと深川ジンもまた、自信のなさそうなやりとりを繰り返していた。


「ワンチャン介護士さんが多いなら、いつものネタやってもいいかな?」

「絶対社長に怒られるやつだろ……」

 三橋ジロウがとぼけたことを言い始めたので、深川ジンが冷ややかなツッコミをかます。

「まあまあ、こういう時こそ元気よく行きましょうや」

「その自信、もっと別の機会に使えねえのかよ!」

 ラブソング糸川が意気揚々としているのをバラード東田がツッコむ。

 そうしていると、施設の方が一行を控室に案内してくれた。

 控室と言っても、建てられた仮設テントの中だった。

 荷物を置いて、すぐに準備を始める三組。

 そしてすぐに、シタミデミタシの出番が始まる。

 悟とくがっちが入り口の方へと向かう。

 この瞬間がいつまでも続くのではないか。

 悟とくがっちの二人は、そんな気持ちに襲われた。

 ついにシタミデミタシの二人がお客様の前へと向かって行った。



 帰りのマイクロバスの中はやや暗い雰囲気に包まれていた。

 ラブソングバラードの二人がウケてくれなかったら、小さなウケしかないくらいしょっぱい結果となってしまった。

「こんなにも違うんですね……」

「そうなんだよな、これが老人ホームの洗礼なんだよ」

 狙ったところがまるでウケなかったことに悔しさを感じている悟。

 それを見かねた深川ジンがフォローの声をかけた。

 悟はそれで心を救われた気がした。

「それにしても、ラブソングバラードの二人はマジですごかったです。あそこできっちり笑いを取りにいくなんて……」

「こんなこともあろうかと、演歌もたしなんでおいて良かった」

「偶然なんだよなあ」

 悟の賛辞にラブソング糸川とバラード東田が反応していた。


 ラブソングバラードはきちんと演歌ネタを仕込み、笑いをかっさらってた。

 これがお笑いにおける最適化ということなのだろう。

 他の四人はその手腕に感心することしか出来なかった。

「すごかったですよね、あえぎ声」

「天城越えだよ! やめろよこんなところで」

 くがっちが無意識にド下ネタをかましてしまったので、悟がたしなめる。

「そういえばさ、お二人さんは賞レース出場って考えてまっか?」

「賞レース……」

 ラブソング糸川が唐突にシタミデミタシの二人に質問を投げかけた。

 確かに気にしてはいた。

 賞レースの優勝は一つの目標であると言える。

「考えてはいますよ」

 悟が答える。


「いくつかあるだろうが、俺たちとしては二人に出て欲しい賞レースがあるんだ」

「それって?」

「『腹筋BREAKER』って決勝トーナメント形式の賞レースだ」

 くがっちが質問すると、三橋ジロウが賞レースのことを教えてくれた。

 その賞レースは『腹筋BREAKER』。

 結成から八年以内のお笑いコンビしか出場できない、決勝トーナメント形式の大会だ。

「さとる、これって」

「俺たちが出たいって思ってた大会だよ」

 くがっちと悟が顔を合わせ、話をしていた。

 どうやらここにいる三組の気持ちは一致していたようだ。

「ラブソングバラード、カニカマ工場は結成して八年超えてしもうてるから、出られまへんねん」

「俺たちが果たせなかった決勝トーナメント進出、二人に託してもいいか?」

 ラブソング糸川とバラード東田がシタミデミタシの二人に熱い気持ちを送る。

「俺たちからもリクエストだ。決勝トーナメント進出と言わず、思いっきり優勝して欲しい」

「それで俺たちで大盛り上がりしてやろうぜ! まあ、俺たちは俺たちで目指す大会があるんだけどな」

 三橋ジロウと深川ジンもシタミデミタシの二人にエールを送った。

「ありがとうございます! 俺たちやってみます!」

「大会にどうしても挑戦したかったんで」

 悟とくがっちも応援に対して意気込みを返してみせた。

 こうして、シタミデミタシが新たなる目標へ向かって再スタートを切ることとなった。

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