秋の夜長の怖い話

「このお店だ、このお店」

「特別な場所じゃないが、俺たちの行きつけでさ。コンビで飲みたくなった時によく行くんだ」

 深川ジンと三橋ジロウがとある居酒屋に案内してくれた。

 シタミデミタシの歓迎会を兼ねて、カニカマ工場の二人が気を利かせてくれたのだ。

 随分と手際がいい。

 ネタも仕事も手堅い二人ならではなのだろう。

 二人が案内してくれたお店は、普通の見た目をした『きらく』という個人経営の居酒屋だ。

 ラブソングバラードの二人を合わせた六人でお店に入っていく。

「おお、来たねえ。六名様お座敷でーす」

 店長が笑顔で出迎えてくれた。

「さあさあ、行こうぜ」

 カニカマ工場の二人が座敷の方へ先導してくれた。

 座敷の方には取り皿、お箸、おしぼりがキレイに並べられている。

「みんな適当に座ってくれればいい」

「上座とか下座とかそんなめんどくさいことは言わないから」

「くがっちはウーロン茶、あとのみんなは生でいいかい?」

 カニカマ工場の二人がこれまた手際よく段取りを進めてくれている。

 大分場慣れしていると見ていい。


 みんなが着席し始めると、お店の方からお通しが出てきた。

 お店の方も随分と手際がいいようだ。

「さとるー、なんかドキドキしてきた」

「くがっちはこういうの初めてなんだな」

「そうそう」

 くがっちは悟と話すことで気をそらそうとしているようだ。

 どことなく初々しさを感じさせる。

 そうこうしているうちに、ビールとウーロン茶がテーブルに届く。

「本日は、新たに円城プロに所属してくれたシタミデミタシの二人の歓迎会と、ライブのお疲れ様会を同時に行いたいと思います! シタミデミタシの二人は初ライブ初前座を堂々とやってくれていたので、嬉しい限りです! それではみなさんお飲み物を持って下さい。僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきます」

 三橋ジロウがすかさず乾杯の音頭を取り始めた。

 もしかしたらすぐにでも飲みたかったのかもしれない。

「カンパーイ!」

「「「「「カンパーイ!」」」」」

 こうして、シタミデミタシの歓迎会が始まった。



「秋の夜長と言えば怖い話ですなあ」

「急にどうしたんだよ?」

「秋になると、落研時代のことを思い出してしもうてねえ」

 歓迎会は何だかんだで盛り上がっていた。

 そんな中、ラブソング糸川がふと話を切り出した。

 対するバラード東田の質問に、神妙な面持ちでラブソング糸川が話をし始めた。

 先程までワイワイしていた座敷にふと冷たい風が吹いたような気がした。

「落研で飲み会をやっていた時、ワイワイ飲んでいたら突然疼き始めたんですわ」

「一体何が……」

「もっと盛り上げたいという気持ちですわ」

「嫌な予感しかしないんですが」

 ラブソング糸川の話に対して悟が何かを感じ取ってしまったようだ。

「コールがかかってしまうんですわあ」

「やっぱしですか」

「あのコールね……」

 悟の予感が的中し、バラード東田もラブソング糸川の言わんとすることが分かったらしい。

「「ハイハイお酒! グイグイ飲んで行こか! おーさーけふぁんくらぶ! だんだん君が! 飲んでる姿ーに! 惹かれてくー! もう一杯! 言わせてよー!」」

「これは分かりやすいループものだな。ひどい奴だと延々とこれをループするんだ」

 ラブソングバラードの二人が突然コールを歌い出す。

 またもや名曲をコール用にカスタムしたものだ。

 それについてバラード東田が解説をし始めた。

 内容としては相変わらずエグい。

 良い子も悪い子もマネをしてはいけないやつだ。


「これを聞いた者は一人、また一人と机に突っ伏してしまうんですわあ」

「潰されてるんですよ! 怖い話じゃなくて」

 ラブソング糸川の言葉に悟がツッコミをかます。

「ちなみに補足すると『言わせてよ』を『言えるかな』にしてコールされている相手を煽るパターンもある」

「飲んでる時に煽られるの、めっちゃ腹立つんですけど!」

 バラード東田の補足に悟が憤りを見せる。

「ハイハイお酒! グイグイ飲んでいこか!」

「いいよくがっちも言わなくてさ!」

 今度はくがっちが急に歌い出したので悟がツッコむ。

 今回の悟はそういう役柄なのか、忙しそうだ。

「そんなこともあって、このコールはやめようと落研で言われるようになりましてなあ」

「どう考えたって妥当な判断だろ!」

 ラブソング糸川が話を続けるので、深川ジンがツッコミを入れる。


「それでも我慢できなかった奴がいましてなあ。またある日の飲み会、どこからともなく聞こえてきたんですわあ」

「ああ、あのコールね」

 ラブソング糸川の言わんとすることがバラード東田には分かったようだ。

「「お酒グビリ! ずっとぐいっと! 飲酒で輝く光! お酒グビリ! もっとどばっと! 私はお酒が飲みたい! お酒グビリ! きっとキュンっと! 飲み始ーめたら! 止まらない! お酒グビリ! ぐっとギュッと! 私はお酒が大好き! イエイ! フレーフレー頑張れ! さあ行こう! フレーフレー頑張れ! 最高!」」

 ラブソングバラードがまたコールを始めた。

 これまた名曲をコール用にカスタムしたものだ。

「これを聞いたものは一人、また一人と机に突っ伏してしまうんですわあ」

「じゃあコールやめろよ!」

 ラブソング糸川の言葉に深川ジンがツッコミをかます。

「俺気づいてしまったんだ。カワイイ感じの曲をコールにするほどエグさが増すってことに」

「んなことどうでもいいよ!」

 三橋ジロウが唐突に気付いたことを口にし始めた。

 当然のように深川ジンがツッコミを刺す。

「フレーフレー頑張れ! さあ行こう! フレーフレー頑張れ! 最高!」

「いいよくがっちも言わなくてさ!」

 またもやくがっちが口ずさんでいたので悟がツッコむ。

 そんなこんなで楽しい時間は続いていた。

 


 宴もたけなわになっている頃だった。

 食事も飲みも一通り楽しんで、そろそろシメかデザートを頼もうかと言うタイミングだ。

 そしていつの間にかくがっちが机に突っ伏していた。

「おい、くがっちしっかりしろ!」

「嘘だろ、ウーロン茶しか飲んでねえはずだぞ……」

「この透明な飲み物は……」

 くがっちが全く起き上がる様子がないので、悟と三橋ジロウが心配している。

 もしかして知らない内にお酒を飲んでしまったのだろうか。

「まさか、くがっちお酒を……」

 くがっちのそばには透明な液体が入ったグラスが置かれている。

 それを恐る恐る悟が確認する。

 アルコールの味は全く感じられない。

「これお冷じゃねえか!」

 悟がたまらず叫んでしまう。

 お酒が入っているせいか、悟のツッコミがいつもよりテンション高めだ。


「疲れて寝ちまったんだよ」

「仕方ないんじゃない?」

 寝ているくがっちを見て、カニカマ工場の二人が悟に声をかける。

「ということで悟はん、くがっちのことはおまかせー!」

「すまんなあ、俺はこっちのお守りをせんといかんのでな」

 酔いが回っているラブソング糸川をバラード東田が介抱している。

 あっちはあっちで苦労しているのだ。

「やっぱさ、相方のことは見てあげないとさ」

「勘定はしとくからさ。じゃあな、また会おう!」

 そう言ってカニカマ工場の二人が撤収していく。

 ラブソングバラードの二人もそれに合わせて撤収している。

「俺たちだけになっちまったなあ、くがっち」

 悟は起きないくがっちを見つめて呆然としていた。

 こうして、楽しい時間が過ぎ去っていったのだった。

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