初ライブ、初前座

 円城社長からお笑いライブの前座をやらないかという話が舞い込んできたのだ。

 これは嬉しくもあり、驚きもある話だった。

 会場名を聞いて、それなりの収容数であることも分かった。

 悟とくがっちは確かな緊張感を感じている。

「いきなりのお仕事、いいじゃないか」

 三橋ジロウがシタミデミタシの二人に声をかける。

 先輩らしくどっしりと構えてくれているので、心強い存在だ。

「もちろん嬉しいです。ですが、俺たちでいいんでしょうか?」

「そりゃそうよ! 社長に期待されている証拠さ!」

 悟もちょっと気にしていたのだろう。

 だが、それに気づいた深川ジンが背中を押してくれている。

「所属して初ライブをする場所としてこの会場は破格だぜ! 俺たちの初ライブは古くて小さいライブハウスだったからなあ」

「何故かトイレが汲み取り式のあそこな」


 深川ジンと三橋ジロウが昔を懐かしむように話をしていた。

 トイレが水洗式ですらないライブハウスとはどのような場所なのか。

 疑問である。

「ぼくたちだけで行く感じですか?」

「俺たちも一緒にそのライブに出る。ラブソングバラードの二人も一緒だ。そういう意味では安心してくれ」

 くがっちが心配そうな声を上げるので、三橋ジロウが優しく声をかける。

 それを聞いたくがっちが安堵の表情を浮かべる。

 ついこの前まで社会人でなかったくがっちからしたら、知らない大人たちに囲まれた場所なんて緊張するに決まっている。

 それにしても、ここまで恵まれた条件で人生初ライブなんて出来るものなのだろうか。

 もはや二人に迷いなどなかった。

 悟とくがっちは、ライブの参加を決意したのだった。

 手にしたチャンスを活かさない手はない。

 自分たちの漫才がどれくらい通用するかを試す絶好の機会だ。



 シタミデミタシの二人はラブソングバラード、カニカマ工場と一緒に近くの公園でネタの調整を行っていた。

 残念ながら円城プロは稽古場が無いので、外での練習となる。

 ちょっとずつ気温が冷えるはずの季節だが、まだまだ外は暑い。

「先輩方の漫才、始めてみましたけどすごいっすね」

「照れてまうよー。シタミデミタシの漫才見せてもらったけど、決して他のコンビに劣るなんてことないから、思い切ってぶつけていくとええよ」

 悟の言葉をうけて、ラブソング糸川が嬉しそうな表情を浮かべている。

 それを聞いた悟は自分のネタに自信を持つことが出来そうだ。

「さとる」

「俺たちは俺たちで全力出していこうぜ」

「うん」

 悟とくがっちのライブに賭ける思いが次第に大きく、そして強くなっていった。


「思った以上にスタンダードな漫才するんだなと思ったよ」

「東田はん、もっと二人を褒めてやってーな!」

「それだとかえって緊張するだろ!」

 ラブソングバラードの二人が急に漫才みたいなやり取りをし始めた。

 確かに、過度に褒められると緊張してしまうのは間違いない。

 こうして調整を終えた一行はライブの会場へと移動を始めた。

 やることはやったのだが、シタミデミタシの二人は緊張を打ち消すことは出来なかった。

 だが、打ち消せなくてもいい。

 本番で自分たちのお笑いがしっかりと出来るのであれば。

 そして、会場に着いた一行はリハーサルで登場から退場までの通しを行っていった。

 コンビの芸風によっては会場いっぱい動き回る人たちもいるので、悟とくがっちはそれを見て驚いた。

 ちょっとしたカルチャーショックと言えるだろう。

 そして、ついに本番の時を迎えた。

 舞台袖で悟とくがっちが待機している。

 トップバッターをビシッとやってしまいたいところだ。

「それでは登場していただきましょう。シタミデミタシのお二人でーす」

 司会者から呼び出され、悟とくがっちが舞台へ向かう。

 ついにシタミデミタシの初ライブとなった。



「どーもー、『シタミデミタシ』でーす。よろしくお願いしまーす」

「お願いしまーす」

「俺がさとる、んでこいつが相方のくがっちでーす」

「ここが新しく住むシェアハウスか」

「くがっちは一体何と勘違いしてるんだよ!」

「ねえさとる、ぽんぽ痛いから帰っていい?」

「来たばっかなんだよ! 何もしてねえし! そんでお腹をぽんぽって言うのな!」

「もうダメだ。そうさ、僕は諦めることを諦めない!」

「一番ダセえ組み合わせじゃねえか! そこはせめて諦めることを諦めたとかだろ」

「うわー、さとるのセンスすげぇ!」

「なんかうぜぇ、すげー馬鹿にされてる感があるわ」

「そういえばさとる、腹痛いで思い出したんだけど、受験の面接って急にお腹にくるよね」

「想像以上にまともな話だった! そうだよなー、懐かしいわ。確かにお腹痛くなるんだよなーあれ」

「ぼくが受験生やるから、さとるが面接官やってよ」

「おう」

「失礼します」

「コホン。それでは久我さん、あなたが本校を志望された動機を教えてください」

「滑り止めです」

「印象最悪じゃねーか!」

「ありのままをさらけ出すって大事じゃん」

「そこはちゃんと理由をつけるんだよ」

「物販サイトを見て思いました。テープ、マット、シール……」

「やっぱ滑り止めじゃねーか! 連想しちまうだろどうしても!」

「もっと理由が深くないといけないってことだよね?」

「そりゃあそうだよ」

「貴校のことを思うたびに、胸がときめき、心が躍ってしまいます。しかし、かと言って第一志望校のことは忘れられません」

「つまりどういうことだね?」

「滑り止めです」

「やっぱダメじゃねーか! 滑り止めって言われる学校の身になったことあるか?」

「学校って所詮体制派じゃん、反体制派のぼくとしてはね……」

「何を急にスケールでかくしてんだよ!」

「受験って人生において大事な関門だし……」

「確かにスケールの大きい話ではあるな、一応納得しとくわ」

「おおわーっと」

「大丈夫かくがっち!」

「靴に貼ってて良かった滑り止めシール!」

「だから何なんだよ!」

「やっぱお笑いも滑り止めがないとさ」

「もういいんだよその話は! どうも、ありがとうございましたー」



 ドキドキの中で行った初ライブの前座だが、思いの外観客からの反応は良かった。

 滑ってしまうのではないかと不安もあったが、漫才の最中に拍手や笑いを受けると心が躍るというものだ。

 とにかくウケている瞬間が気持ちいい。

 悟とくがっちはもっともっとライブに出たい、自分たちのお笑いをぶつけに行きたいという気持ちでいっぱいになった。

 舞台袖に戻ると、先輩芸人から笑顔で出迎えられてちょっと恥ずかしい気持ちになった。

 ライブの雰囲気を作ることに協力させて頂けるというのが純粋に嬉しい。

 その後も、シタミデミタシの二人は勉強のために舞台袖で他の芸人さんのお笑いを聞き続けていた。

 どのコンビも自分たちにはない持ち味で勝負しているので、勉強にもなるしとにかく楽しい。

 全てのコンビをお笑いを見届けていたシタミデミタシにカニカマ工場の二人が声をかける。

「これが終わったら打ち上げがあると思うけど、その後は事務所のメンバーで一緒に行こうぜ」

「「ありがとうございます」」

 悟とくがっちは深川ジンのお誘いに二つ返事で返した。

 お楽しみはまだまだ続くようだ。

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