円城プロ訪問
「ここの二階だな……」
「さとるー、緊張してきたよ」
「そりゃそうだよな、俺もだよ」
悟とくがっちはスーツ姿で円城プロを訪問しようとしていた。
普段からスーツを着ている悟はともかく、普段が作業着なくがっちは着慣れていない分新鮮に映る。
ここで立ち止まっていても何も始まらない。
ということで悟とくがっちは意を決して円城プロのインターホンを押した。
「はい、円城プロです」
「十三時半で訪問のお約束をしています、シタミデミタシです」
「どうぞ、お入りください」
「失礼致します」
事務員さんの案内で事務所のドアを悟が開けた。
すると、円城社長の他に、男性が四人事務所で待っていた。
「ようこそ、円城プロへ。来てくれてありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
悟とくがっちは円城社長に丁寧に頭を下げた。
「今日はうちの所属しているコンビを紹介しましょう。こちらの二人が『ラブソングバラ―ド』の二人。そしてこちらの二人が『カニカマ工場』の二人です。二組とも主に地方営業でのライブ活動を中心に行っていましてね。本当は専業でお仕事できるくらいにしてあげたいけれども、中々叶わなくてね」
円城社長が少し悲しそうな表情をしている。
「それでも、彼らは懸命に自分たちのお笑いを追求してくれています。私の自慢のコンビたちなんですよ」
「いえいえ、社長あっての我々なんで」
円城社長の心温まるコメントに、カニカマ工場の
「初めまして、シタミデミタシです。ツッコミの悟です。そして」
「ボケのくがっちです。よろしくお願い致します」
シタミデミタシの二人が思い出したかのようにあいさつをし始めた。
あまりタイミングを考えなかったのだろうか。
「へー、珍しい感じの名前ですな。わてはラブソングバラードでボケやってます、ラブソング
「同じく、ラブソングバラードでツッコミやってます、バラード
ラブソングバラードの二人がシタミデミタシのあいさつに続いた。
長身で天パのラブソング糸川と、中肉中背でメガネとマッシュヘアなバラード東田のコンビだ。
二人とも絶妙な感じの芸人顔をしている。
「やはり、若いっていいねー。俺はカニカマ工場のボケ担当、
「同じくカニカマ工場のツッコミ担当、
こちらは二人ともがっちりめの小デブで、何となく見た目が似ている。
芸人さんというよりも、普通に会社員やってますって感じの風貌だ。
「お二人さん、せっかくだからうちの子たちと話でもどうですか? 私はこれからちょっと用事がありますんで。どうぞ、皆さんお席に座って下さい」
そう言って円城社長が席を外してしまった。
「名前も珍しい感じだと思ってたけど、結成も珍しい感じでんなあ」
シタミデミタシの結成話を聞いたラブソング糸川が驚きながら頷いていた。
「ラブソングバラードのお二人はどこで出会ったんですか?」
「わてらは大学の落研でんなあ」
悟の質問に、ラブソング糸川が答えてくれた。
「さとる、落研って何? 落合〇里香研究会?」
「んなわけあるか!」
くがっちが意に不明なボケをかましてきたので、悟が捌く。
「ちょっと興味深いけど、違いますなー」
「落語研究会でっせ」
ラブソングバラードの二人が反応を返してくれた。
「落語研究会と言えば……、やっぱりあれなんですか? 飲み会ってえぐいんですか?」
「間違いないね」
「コールとかもやばかったんですか?」
「そりゃあもう」
悟の質問にラブソングバラードの二人が答える。
「見本見せられるよ~」
「「まだー飲んでいたい! まだー飲んでいたい! まだー飲んでいたくーなるー! お酒の導きでー今! 惹かーれあーったー! まだー飲んでいたい! まだー飲んでいたい! 酒を愛してーるー! 本気ーのトコロ見せーつけるーまで! わたーし眠らないー!」」
「想像以上にえぐいんですけど……」
「良い子も悪い子も絶対やっちゃいけないやつだ」
悟と深川ジンがドン引きしている。
しかも、名曲をコール用にカスタムしている。
これは飲みの場が阿鼻叫喚となっているような印象を容易に受ける。
「コールの間で飲みきれてたらええんですが、飲みきれんかったら地獄でっせ」
「そんときゃコールに続きがあってね」
「「何しに生ーまーれーたのー? 何しにこーこーにーいるー?」」
「これでさっきのにループして延々と飲まされるんですわ」
ラブソング糸川が淡々と説明してくれている。
これは余りにもえぐい。
潰す気満々である。
「じ、地獄過ぎる……、落語研究会でこのコール作られたんですか?」
「いいや、誰かが知らんうちによそから輸入しおってね」
「一体どこで作られたんですか……」
バラード東田の説明に悟の表情がこわばってしまった。
無理もない話だ。
「何だよー、さっきからお前らばっか話を盛り上げやがって」
「これは芸人魂に灯がつく展開だねー」
カニカマ工場の二人が急に闘志を見せつけてきた。
やはり彼らも笑いを取らずにはいられないのだろう。
「お二人の出会いってどこなんですか?」
「俺たちは職場の同期なんだ」
くがっちがカニカマ工場のコンビ結成について質問すると、深川ジンが説明してくれた。
「お二人はどこで働いていらっしゃるんですか?」
「俺たちはとある食品工場で働いているんだ」
「ざっくり言うと、コンビニに置いてある弁当を作ってるんだ」
カニカマ工場の二人の説明をくがっちが真剣に聞いていた。
ただ、真剣過ぎてリアクションを全く返していない。
「なんだ、不服か! 俺たちがその手を止めたらコンビニから弁当が無くなるんだぞ!」
「そうなったら俺たち失職してるんだよ!」
カニカマ工場の二人が即興でボケとツッコミをかましてきた。
三橋ジロウのボケ、深川ジンのツッコミがすっと入って来る。
よどみのないきれいな流れだ。
「オチ弱ですなあ」
「うるせえ!」
ラブソング糸川が横やりを入れてきたので、深川ジンがたまらずツッコミをかます。
悟とくがっちには、両コンビの仲も良好に見受けられた。
ここでなら自分たちのお笑いを追求できるかもしれない。
こうして、悟とくがっちは円城プロに所属してお世話になる決心をしたのだった。
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