観客1人

 シタミデミタシはそこそこ人通りのある駅前でストリート漫才を行っていた。

 照りつける太陽の下でネタを披露している。

 今までからすると、これは大きな一歩であると言えるだろう。

 やはりネタ作りが今までより上手くいってるのか、漫才に力が入る。

 シタミデミタシの漫才を見てくれる人もいるにはいるが、せいぜい片手で数えるほどだ。

 魂込めて漫才をやり抜くも、労力に見合っていないのは間違いない。

 しかし、それでも悟とくがっちがへこたれる様子はなかった。

 悟とくがっちは汗をぬぐい、水分補給をしながら漫才を続けていた。

 そんな時だった。

 シタミデミタシの目の前に男性が一人立っていた。

 その男性は壮年で、品のいい表情と身なりをしている。

 いかにも紳士的だが、ぱっと見はそんなにお笑いに興味があるように見えない感じだ。


「こんにちは、漫才されていらっしゃるんですか?」

「は、はい」

 男性の質問に悟が答える。

 急に優しく声をかけられたので、ちょっと戸惑っている。

「せっかくだから、一ネタ見せて頂けないでしょうか?」

 男性からシタミデミタシにリクエストが入った。

 人生初のリクエストだ。

 悟がくがっちに耳打ちを始めた。

「相手は一人。だが目の前の一人から本気で笑いを取れないなら漫才やる意味ねえからな。くがっち、全力で行くぞ!」

「オーケーさとる」

 こうして、シタミデミタシの漫才が始まる。



「皆さんこんにちは、ロコ・ソラーレです!」

「いっこもそんな要素ねーじゃねーか! シタミデミタシでーす、よろしくお願いしまーす」

「ねえねえさとる、さとるは人生の最期に食べたいものある?」

「そりゃああるよ」

「教えてよ」

「あちあちの白飯に明太子乗せて食べたいね」

「注文多くない?」

「いいんだよ! 冷や飯じゃ明太子乗っけてもだめなんだよ! それは分かってくれ!」

「お悔やみ申し上げます」

「勝手に殺すな! まだ生きてるよ、この通りな」

「でも美味しいよね、明太子にごはんって」

「だよな、そう言うくがっちはどうなんだよ?」

「僕はやっぱり家系ラーメン!」

「随分ヘビーな奴を選んだなおい、年取った胃が受け付けるかね?」

「大丈夫、僕男盛りで死ぬから! だから心配しないで」

「かえって心配するわ、そんなん! 例えその設定だとして、家系ラーメンっていろいろあるからくがっちの好みを聞きたいね」

「そうだなー、トッピングはチャーシュー、ほうれん草、海苔だな」

「定番のやつがいいのかな」

「おい待てよ! 何でうずらの卵入ってねーんだよ!」

「急にキレるなよ! じゃあ町田商店行けよ!」

「あとちょっと迷うんだよなー」

「どうしたんだよ?」

「固め濃いめ多めにしたいけど、早死に三段活用って言うしなー」

「人生最期の食事なんだよ! そんなん気にしなくていいんだよ!」

「あとニンニクいっぱい入れたいけど、息が臭くなるかなー」

「だから人生最期の食事だっつってんだろ! ニンニクも豆板醤も好きなだけ入れろよ!」

「紅ショウガに粉山椒は?」

「ねーよ! 町田商店どころか、その組み合わせがあるかどうか怪しいぞ」

「さとる」

「どうしたよ?」

「ライスつけていい?」

「確かに家系ラーメンとライスはセットと言っても過言ではないな」

「美味しい、美味しい。ライスお代わり」

「人生最期の食事でどんだけ食うんだよ!」

「うめえ、うめえ」

「食べ方も言葉もどんどん汚くなってきた」

「ごちそうさまでした! やっぱうめえ! 明日も来るわ!」

「全然死ぬ気ねーじゃねーか! もういいぜ。どうも、ありがとうございました」



 男性はシタミデミタシの漫才をじっと眺めていた。

 柔和で紳士的だった表情が、まるで職人のような鋭さに変わっている。

 その表情はただのお笑い好きというわけではなさそうだ。

 悟とくがっちにもそれは理解できた。

 いつの間にか彼らは男性に審査されていたらしい。

「初めまして、私こういう者ですが」

 男性が再び柔和な表情に戻り、悟とくがっちに近づいていく。

 そして、男性が悟とくがっちに名刺を渡してきた。

 その名刺を見た悟とくがっちの手が急に震え始めた。

 なんと、その男性は芸能プロダクション『円城プロ』の円城社長だった。

 いくら偶然と言っても出来過ぎではなかろうか。


 正直言って、悟とくがっちは名刺を受け取るまで男性の正体が分からなかったのだ。

 この『円城プロ』は在籍する芸人こそ少ないものの、地方営業を中心にした実力者が揃う知る人ぞ知るプロダクションだった。

「二人はもうどこかに所属しているのですか?」

「い、いえ」

「もし良かったら、一度うちに遊びに来ませんか? うちは小さいですが、芸能事務所を見るのもいい勉強になると思いますよ」

「ぜ、是非ともお願い致します!」

 珍しく悟の声が裏返りそうになっていた。

 円城社長の提案は、悟とくがっちにとって余りにも魅力的な話だった。

 思いがけないチャンスが舞い込んできた。

 悟とくがっちは内心舞い上がっていることは間違いない。

 こうして悟とくがっちは、二つ返事で円城プロを訪問することを決めたのだった。

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