くがっちの武者修行
「さとる、ちょっといい?」
「どうしたんだ?」
くがっちから急に声をかけられた悟。
部屋の中でまったりしていた時に真剣な口調で話をされるものだから、悟は驚いている。
「ぼく、武者修行しようと思っててさ」
「マジかよ! どうするんだ?」
「これなんだけど」
くがっちがスマホの画面を悟に見せる。
そこには近く開催される大喜利大会のことが記されていた。
大喜利大会『笑っちゃいまSHOW』という大会だ。
くがっちは一体どこで調べたのだろうか。
悟がふとくがっちの方を見ると、そこには真剣な眼差しをしたくがっちの姿があった。
くがっちが本気なのは間違いない。
「いいぜ」
「本当?」
「ああ。でもあれだ、気負い過ぎるなよ。俺たちの本分は漫才だかんな」
「ありがとう、さとる」
ちょっとした不安が無くはないが、悟はくがっちがお笑いに真剣に向き合ってくれているのが嬉しかった。
そこまで規模の大きい大会でないとはいえ、観客がたくさんいる中での大会だ。
くがっちの度胸試しにもいいのかもしれない。
そんなくがっちだが、喜び半分緊張半分で若干震えているのが悟には分かった。
「俺はその日何故か休日出勤になってしまったし、思いっきりやってくればいい」
悟がくがっちに優しく声をかける。
出来ることなら、くがっちには後ろめたい思いを吐き出してから大喜利に臨んで欲しいからだ。
そうしているうちに、くがっちの表情が次第に柔らかくなっていくのが悟には感じられた。
「そうさくがっち、変にかっこつけようと思わなくていい。いつも通りでどんな感じなのか試してみようぜ」
「さとる……。うん、やってみる」
くがっちが大喜利大会に向けて燃えている。
果たしてくがっちのお笑いがどこまで通用するか、気になるところだ。
「さーて始まりました。『笑っちゃいまSHOW』の時間だよー。おいらに今日もおまかせおまかせ!」
この『笑っちゃいまSHOW』はお笑い芸人のマルコス友蔵がMCを務めている。
マルコス友蔵はサングラスに白いシルクハットという特徴的ないで立ちで、軽快に進行を務めている。
ベテランの風格を感じさせる進行だ。
回答者はくがっちの他に、つわり3号、おつまみマカロン、百年ぶりのはやたの計四名だ。
いかにもな芸名のメンバーがそろっている。
くがっちは小規模とはいえ大会だったので、その場の雰囲気に飲まれてしまった。
決してくがっちにとっていい状況でないことは確かだ。
大喜利は漫才と違い、事前の仕込みが出来ない分、瞬発的なお笑い力がものを言う。
くがっちが中々いい回答が出来ない中、他の回答者がバシバシ笑いを取っていく。
「さーて、次のお題だ。『旅行やピクニックでおやつの話になった時、生徒が言った嫌な一言とは?』」
マルコス友蔵が次のお題を告げる。
くがっちとしては何とかして食らいつきたい。
「はい、それじゃあくがっち!」
「おやつ代は経費で落とせますか?」
「何だよ、子供らしからぬ質問じゃんか!」
何とかしてくがっちが振り絞るようにして答えた。
ただ、残念ながらくがっちらしさが出ていないと言える。
そんな中、他の回答者が次々と回答を出してきた。
「材料と調理器具持って行くんで現地で作ってもいいですか?」
「そりゃもうアウトドアだよ!」
つわり3号が独創的な回答をかます。
「いいですよね、大人は給料で好きなだけおやつが買えて……」
「そうはいかねえんだよ、おやつも値上がりしたから!」
おつまみマカロンが皮肉たっぷりに返す。
「僕はオーガニックのものしか食べないんで、そんな予算じゃ足りません!」
「うぜー! 意識高い系のガキうぜー!」
百年ぶりのはやたがすごく生意気な感じを醸し出していた。
他の三人は常連なのか、客席が条件反射で笑ってしまっている。
もちろんくがっちよりも大喜利の経験値が高いというのもあるのだろうが。
「それじゃあ最後のお題だ! 『通販番組で見かけた、いかにも役に立たなさそうな商品とは?』」
「すりおろした大根とリンゴの区別がつかなくなるおろし金」
「ホントにどこで使うんだろな、それ」
つわり3号が相変わらず独創的な回答をかます。
「キレイに深爪が出来る爪切り」
「これもいまいち欲しくねえなあ」
くがっちも何とかして食らいつこうとするが、相変わらずパンチが足りない。
「電子辞書」
「それを言っちゃあおしめえだよ!」
おつまみマカロンが皮肉を炸裂させる。
「指が出せるように穴の開いた靴下」
「それ穴空いてるだけじゃんよ!」
百年ぶりのはやたが間髪入れずにかましてくる。
「養豚場の香りがする消臭スプレー」
「ただの嫌がらせなんよ、それは!」
つわり3号が最後にかましてきた。
ついにくがっちは爪痕を残すことが出来ずに、『笑っちゃいまSHOW』を終えてしまった。
とても悔しく、残念な気持ちがくがっちにこみ上げてくる。
自分の笑いはこうも通用しないのか、と。
楽屋でのあいさつをくがっちが程々に終えたその時だった。
くがっちは大会終わりにマルコス友蔵に声をかけられた。
「お疲れねー、初参加ありがとう」
「お疲れ様です」
「今日はどうして来てくれたのかな?」
「相方が納得できる笑いがしたくて、自分を鍛えに」
くがっちが精一杯の思いを振り絞って答えた。
「ってことはコンビなのかな?」
「はい」
「そうなんだね。ここの参加者はピン芸人になりたくてなった奴もいるが、コンビを解散しても何とかしてお笑いに食らいつきたいって奴が大半なんだ。かく言うおいらもそうでね」
「すみません、知りませんでした」
マルコス友蔵の話を聞いて、くがっちが精一杯の謝罪をした。
表情からして申し訳なさそうにしているのが分かる。
「今コンビ仲はいいの?」
「まあ、そうですね」
「忠告っつったら偉そうだけど、相方のこと大事にしてあげてね。コンビ仲がいいんなら、コンビとして漫才やっていった方がいいと思うんだ。ピン芸人になっちまったから余計にそう思うよ。相方のことをもっと大事にしてあげればよかったってね」
先輩芸人として、そして人生の先輩としてマルコス友蔵がくがっちに言葉を送った。
その言葉には優しさと共に、後悔の念も伝わってくる。
悟がいなければ、今の自分はない。
それはくがっちにも十分理解できることだった。
くがっちは先ほどまでの辛い気持ちが少しずつ晴れてきたような気がした。
これからはもっとシタミデミタシとしてのお笑いを突き詰めていこう、と。
それが今くがっちが出来ることであり、悟のためにもなる。
くがっちは胸を張って帰路についた。
「ただいまー」
「おお、くがっち。帰って来たか!」
「ああ、愛しのさとるー!」
「んだよー、気持ちわりーなぁ!」
くがっちは未だに相方を大事にすることと、コンビ愛について勘違いをしているようだ。
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