たまにはお肉がいいんじゃない
「さーて、今日の晩御飯はどうしようかな……」
悟は仕事帰りにスーパーへ食材の買い出しをするべく向かっていた。
くがっちと二人暮らしになったので、冷蔵庫の中身が減るのがどうしても早くなってしまう。
無理もない話だ。
「そういえば、くがっちって何が好物なんだろう?」
悟は一緒に住んでいるくがっちに聞いていいはずのことを聞きそびれていたようだ。
共同生活をするにあたって、食べ物の好き嫌いは事前に確認しておかないと争いのタネになってしまう可能性がある。
ただ、悟はくがっちに今まで手料理を振舞って『不味い』や『苦手』と言う感想は言われたことが無い。
いつも美味しいと喜んで食べてくれている。
悟はスーパーに入るなり、お肉のコーナーへと吸い寄せられるかの如く向かって行った。
その足取りに迷いは一切感じられなかった。
「よく分かってないけど、貧しかったくらいだからな。これだろ」
悟はくがっちのことを考えながら、鶏むね肉と卵を買い物かごへと入れていく。
他の飲み物や食料品を無事購入した悟はそのままアパートに帰り始めた。
せっかくだから腕によりをかけて料理を作ってあげたい。
伊達に今まで一人暮らしをしているわけではないのだ。
そんなことを考えながら、悟は今日の夕食を脳内で作り始めた。
とは言っても、作り慣れた一品なのでしくじることはないだろう。
「今日はくがっちどうしてるかな? またぐったりしてんのかな……」
まだ働き始めて間もないのだから、自分のペースがつかめていないのだろう。
自分にもそんな時があったなと悟がしみじみとしている。
そんな中で、仕事のかたわらお笑いに邁進してくれている相方くがっちの努力は認めているつもりだ。
後は人前で堂々とネタが出来るようになれば、どんどん前に出ていける。
そのためにも、今日は元気の出るものを食べるとしよう。
悟は軽い足取りでアパートへと向かって行った。
悟がアパートに帰ると、案の定くがっちがぐったりとしていた。
「おかえりーさとるー」
「ただいま、帰ったぞ。これからメシ作るからちょっと待っててくれ」
悟の口からメシという言葉が聞けたので、くがっちがちょっと元気を取り戻している。
つくづく現金な奴だ。
それでも、くがっちの足取りはいつもより重く感じられた。
そんなくがっちを尻目に、悟は料理の支度を始めた。
念のため、賞味期限が近いような食べ物が無いかどうか悟がくまなく調べ始めた。
冷凍庫を見てみると、賞味期限は切れていないが、使いどころに困るくらい少量の豚こま肉を発見した。
「せっかくだからこれも使うか……」
そしてそのまま今日の献立に使うことを悟は決意した。
中途半端に残して冷蔵庫のこやしにしてしまうのが一番良くない。
合理的な判断であると言える。
悟は豚こま肉、鶏むね肉、卵、タマネギを準備し、鶏むね肉とタマネギを切りそろえ始めた。
豚こま肉はレンジで解凍し、そのままフライパンに入れてしまった。
フライパンにはごま油をしいて、切った鶏むね肉とタマネギを合わせて炒めていく。
ある程度火が通ったら、水、しょうゆ、みりん、砂糖、めんつゆを合わせ入れる。
ひと煮立ちしたら、最後にかき混ぜた卵をフライパンに回しかけ、軽く火が通るのを待つ。
アツアツのご飯に乗せると、豚肉こそ入っているものの親子丼の完成だ。
「いいにおいがする……」
くがっちが鼻をヒクヒクさせながら起き上がった。
つくづく現金な奴だ。
「よーしくがっち、出来立てを食べようぜ」
「わーい」
くがっちが親子丼に引き寄せられるかのようにやって来た。
いただきますとあいさつをするなり、くがっちが親子丼にがっつく。
「んめー、んめー!」
「まああれだ、作った甲斐があったさ」
美味しそうに食べるくがっちを見て、悟が一安心している。
悟の言葉通り、作った甲斐があったというものだ。
「こんなにいっぱいお肉食べたの初めて」
「遠慮なく食べてくれ」
「これが鶏肉? 何だかカエルの肉と似てるね」
「逆だろ逆! 例えるならな!」
くがっちが当たり前のように見せる反応に、悟が困惑しながらツッコミを入れている。
苦学生だったのは伊達ではない。
「あと肉と言えば墓場の肉だね」
「畑の肉だろ! 日本は土葬やんねーんだよ!」
「そうだそうだ、お豆腐はよく食べてたよ。安いし」
くがっちが本気か冗談かよく分からないような反応を見せてくる。
それを聞いている悟は内心ハラハラしていた。
くがっちから何が飛び出すか分かったものではない。
「くがっち、お前何食べてたんだよ……、全く」
「畑のイモ!」
「そりゃあイモは畑だろ!」
「色々食べてたよー、じゃがいも、さつまいも、タロイモ、ヤムイモ、キャッサバ!」
「何で熱帯にありそうなイモが食卓にあんだよ!」
くがっちのボケに悟がすかさず反応を見せる。
「あとは畑のクズかな?」
「何なんだよそりゃ! ヤバそうなものを……」
「これはご近所さんが食べないって言ってた野菜くずだよ」
「ホントにくずなのかよ……」
くがっちの答えが予想出来ないものばかりだったので、悟は話について行くので必死だった。
くがっちの知られざる一面を知ることが出来たので、悟としてはそこは良かったのだろう。
今後の役に立つかどうかは知らない。
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