観客0人

「さあさあ、ぼくたちのお笑いをその目に焼き付けるがいい!」

「観客いねーんだよ!」

 くがっちが威勢のいいことを言うが、それに対して悟がツッコミをかます。

 シタミデミタシは何とかして作ったネタを公園でやっているのだが、人っ子一人そばにはいない。

 試しにネタをやってみるものの、そもそも大した人通りが無いので誰も立ち止まることがない。

「でもよかったじゃん」

「何でだよ」

「緊張してとちることがないし」

「すげー後ろ向きじゃねーか!」

 くがっちがかなり気持ちが後ろに行ってるので、悟がちょっと呆れ気味にツッコミを入れる。

 本当なら人前で緊張する中でのネタをしっかりやっておくのが今後のためだろう。

 それは間違いないのだが、シタミデミタシの二人は今一つ踏み込めていなかった。


「おっ、観客が来たぞー」

「人ですらねえし」

 シタミデミタシの目の前に突然野良猫がやって来た。

 茶色と白の縞模様をした、よく見かけそうな野良猫だ。

 それを見たくがっちが早速野良猫の方に駆けつけ、触ろうとしたその時だった。

 野良猫に威嚇されてしまい、くがっちが思わず腰を抜かして尻もちをついた。

「わー、何なんだよあいつ!」

 くがっちは中々にいいリアクションをしてくれているが、残念ながら悟しか見ていない。

 そしてそのまま野良猫はどこかへ行ってしまった。

 再び無観客の状態で二人は突っ立ってしまった。

「ふっ、小手調べにもなりゃしない」

「あんだけびびっておいてそれ言うのかよ!」

 くがっちが余裕の表情を取り繕おうとするので、悟が見逃さなかった。

 傍から見たらくがっちはただのだせーおっさんだ。


 次にどうしようかと二人は悩んでいた。

 正直言って、真面目に練習すればいい話ではある。

「あっ、カラスが飛んで来た!」

 くがっちが近くに降りてきたカラスに近づこうとしている。

 くがっちが何故カラスに近づこうとしているのか、悟には理解できなかった。

 カラスの鋭いくちばしが黒光りしているのが見える。

「これこそが世界平和への第一歩だ!」

「誰もそうは思わんぞ……」

 くがっちの意味不明な発言に悟が何とかしてツッコミを入れようとしている。

 くがっちがなおもカラスに近づこうとするも、ふいに足が止まってしまっていた。

「さとるー、怖いよー」

「じゃあ近寄るなよ!」

 びびってカラスから遠のいているくがっちを見て、悟が思わず反応してしまった。

 カラスという生き物は想像以上にいかつい外見をしているものだ。

 そうしていると、再び二人の間に沈黙が走った。


 何故だか分からないが、お互いに様子を伺っている。

 正直言って、真面目に練習すればいい話ではある。

「あっ、カエルみーっけ!」

「くがっちもカエルのかっこしなくていいんだよ!」

 くがっちが唐突にカエル目掛けて飛び跳ね始めた。

 悟には何故くがっちがカエルみたいな飛び跳ね方をしているのかが皆目理解できない。

 恐らく悟じゃなくても理解できない。

「このカエルってもしかして元々は人間だったりするのかな?」

「そんなわけねーだろ」

「なるほど、これが蛙化現象か!」

「そんなわけねーだろ!」

 相変わらずくがっちが意味不明なことを言い続けていた。

 くがっちが本来の目的から逸れに逸れまくっている。

 もはや悟はくがっちを制御しきれていない。

 くがっちが余りにもフリーダムに行動しているからだ。

「ここなら大丈夫って決めつけない方がいいぞ、蒸しガエルになっちゃうかもしれないから」

「それを言うなら茹でガエルだろ!」

 くがっちの何の気ない言葉に悟がツッコミをかましている。

 相変わらず、漫才の練習が進む様子は見られない。


 こうしているうちに日が暮れ始めていた。

 街灯も次第に点き始める。

 公園に取り残された悟とくがっちは、何とも言えない雰囲気の中、公園に立ちつくしていた。

「おーい、くがっちー」

「どしたのさとるー?」

「帰ろうぜー」

「はーい」

 結局のところ、悟とくがっちは練習をやめて家に帰ることにした。

「結局、観客0人だったな」

「今日見てくれたのは猫、カラス、カエルだね」

「動物をカウントするなよ!」

 悟のツッコミは紛れもない正論だ。

「でも、そう思うことでつく自信ってもんがあるじゃん」

「くがっちポジティブ過ぎるだろ!」

 どうしようもなくなって、悟とくがっちが帰路で雑談をしながら歩いていた。

 こうして悟とくがっちの漫才の練習が終わってしまった。

 もっと踏み込んだ練習が必要だと分かっていながら、二人は出来ないでいた。

 ここを超えられるかどうかが一つの関門となるだろう。

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