第17話 初の試みにトラブルはつきもの
あれから数回、田宮は念願の遙香コーチの指導もあってAAを動かせるようになっていた。そして文化祭は明日。俺と田宮、そして遙香は町役場でAAの操縦を学んでいる。すっかり日の落ちたこの時間まで準備に奔走する生徒もいるだろうに、田宮は実行委員でありながら、ここでこんなことしていていいのかというと、当日の補欠としてちゃんと仕事できるようにと学校から言い渡されている。
「まあ、操縦に関しては大に一日の長があるけど、明日の展示や撤収だけなら問題ないわね」
「暇なときに乗り回してた大と一緒にしないでもらえるかな」
「最悪、AIに丸投げでいいんだよ。戦争するわけでも人間としての思考が必要なわけでもないし」
「じゃ、夜中の移動まで時間あるし、一時解散しましょうか」
長谷川さんの一言で俺たちは帰路につく。しかし長谷川さんがまとめて俺の家に送っていくので解散と言えるのかどうか。
「遙香ちゃん、何か食べたいものはある?」
ミニバンのハンドルを握る長谷川さんが珍しくこんなことを言い出す。
「長谷川さんどうしたの!? いつも職務中の外食とか学校帰りの寄り道とか絶対に許さないのに!」
「夜まで長い中抜けよ。でも気が変わったわ。あなたたちの青春に付き合う暇があったら、私も空いた時間で好きなことするわ」
遙香のいらない一言に長谷川さんのおごりの可能性が一瞬で潰えた。素直にラーメンとか言っておけば、市街地まで連れて行ってもらえたかもしれないのに。
しかしこうなってはどうにもならないのは、遙香もわかっている。いつも通り俺の家まで送ってもらうと、田宮は親に迎えに来てもらって帰宅した。今晩の移動は俺と遙香。局の車は長谷川さんと富士見さんだ。つまりこれもいつも通り。行き先が学校というだけだ。
時計の針がてっぺんを回る直前、俺と遙香は長谷川さんに連れられて役所へ移動し、AAに乗り込む。さあ、深夜のウォーキングだ。
……などと意気込んだものの、AAは自動で局の車について歩き、俺と遙香は二人ともコクピットの中で居眠りしていたのは秘密だ。発達した機械文明って便利だなあ。
学校に着くと校長自ら出迎えてくれて、俺たち4人と握手をする。
「いやー、実は本物を見たことがなくて。すごいねぇ伴君。現代人の君もこれを動かせるなんて」
校長はグラウンドに立つ2機のAAを見上げてそう言うが、たった400年で人間が進化するわけもない。現代で考えられないほど進化した機械に乗っているだけなのだ。
「それでは私たちはまた明日来ます。よろしくお願いします」
長谷川さんの挨拶で俺たちは岡ノ島町へ帰る。当然、AIたちに不審者に警戒するよう命令するのも忘れない。
迎えた文化祭当日、遙香と笑美は長谷川さんに、俺と屋形は富士見さんに車に乗せてもらって登校した。学校側が呼んだキッチンカーも早めに準備している。キッチンカーを呼ぶなら各クラスや部活の出し物で飲食店を許してもいいのにと思うが、強い意志で言葉を飲み込む。素人が作るよりも完成度が高いのは当たり前だし、何よりも今回は一般公開だ。受験を控えた中学生や、生徒の関係者だけを呼ぶという、少しだけ解放された文化祭とは違う。学校としても気合いを入れたいのだろう。もはや文化祭と言うよりも、地域のイベントみたいだけど。
ほんの数週間来なかっただけの教室に入るのは、なぜだか妙に懐かしくもあり、気恥ずかしさもある。まだ誰も来ていない教室で自分の席に座ると、笑美が前の席に座る。
「久しぶりだね、こういうの」
「そうだな。学校に来れなくなったもんなあ。そっちのクラスもまだ誰も来てないのか?」
「うん、私だけ。いつもはみんないて大だけリモート授業だけど、今は大と私だけだね。でも、大が文化祭に参加できて良かったよ。私と田宮君に感謝してよ?」
「はいはい、ありがとな」
話していると、クラスのやつらが続々と登校して賑やかになる。画面越しには会話するし、撮影会も何度かやったが、やはりこうして教室で会うのは何か違う。みんなと挨拶や軽口をかわし、それぞれが自分の持ち場につく。
さあ、文化祭開催だ。
校内放送で校長が挨拶すると、校門が開かれ一般客が校内に押し寄せる。目的はもちろん、AAだ。
青に遙香、赤に俺、休憩時の交代要員で田宮という布陣で臨む我が校のAA展示には多くの人が集まった。足下には生徒会メンバーもいる。
「内側の円には小さなお子様、中学生以上の方はその外でお願いしまーす!」
「脚立、三脚等は他の方のご迷惑になりますのでご遠慮くださーい!」
先生方と生徒会の誘導で、子どもが埋もれずAAを見ることができている。足下でAAを見上げる子どもたちは、町役場に来る子たちと同様、目が輝いている。なんでこれでロボットアニメやSF作品が流行らないんだ。世の中ファンタジーか。そんなに剣と魔法がいいのか。
世の中の流行に嫉妬しつつ、ブルーシートのマントを纏う俺のAAにポーズを取らせる。その横で遙香のAAもポーズを取ったり、夜間用の照明を明滅させる。
しかし文化祭の展示はポーズを取るだけではない。定期的に実行委員の放送が入る。
「抽選番号、赤の83番の方! いらっしゃったら赤い肩のロボットの足下へどうぞ!」
やってきたのは一眼レフカメラを首から提げた、いかにもと言った感じのお兄さんだ。俺はAAを屈ませると手を地面につけ、手のひらの上で座るよう促す。乗ったのを確認すると、両手で守るようにして、ゆっくりと立ち上がる。お兄さんは興奮しっぱなしだ。
「どうぞ、こちらへ」
ハッチを開くと、その上に立たせる。当然、コクピットの撮影も許可。どうせ世界の誰にも真似のできない技術の塊なのだから、存分に見てもらおうという趣旨だ。操縦技術のない人に動かされないため、一応全ての操作をロックする。
横を見ると、遙香が抽選で当たった子どもをコクピットに招き入れている。
「ボタンとか触っちゃ駄目だぞー。はい、笑って!」
シートに座らせ、その子の親から借りたのであろうカメラで写真を撮っている。子どもは言うことを聞いてくれるからいいよな。というか、遙香は案外子どもの扱いうまいな。
そんな展示が2時間ほど。足下から交替と叫ばれる。
「2年4組の教室で、生徒の撮ったロボットの写真を販売しております。是非お立ち寄りください!」
言うと、俺は田宮と交替した。田宮には一通りの操作を遙香が教え込んでいるから、多分心配ない。
「なあ、お前たちがやってたみたいに手に人を乗せて優しく動かすの無理なんだけど」
「大丈夫だ。練習通りにやればなんとかなる。AIもついてるし屋形も見ててくれてるし」
「いや、屋形が見られてるだろ」
屋形がいるであろう場所はすぐにわかった。女子の囲みが出来ているのがそこだ。気づいた先生が散らすも、すぐに囲まれる眼鏡イケメン。きっと囲みの中心でおどおどしているのだろう。後で差し入れを持って行ってやろうと誓った。
AA展示会場となっているグラウンドから校舎の中へと移動すると、遙香もついてくる。
「あれ、お前も休憩? 交代要員は田宮しかいないんだけど」
「AIに任せて撮影用に立たせてきたわ。私も文化祭を楽しみたいのよ。私の時代の技術のすごさも見せつけられるし、ちょうどいいわね。さ、行くわよ」
本当に自由な奴だ。あとで長谷川さんに怒られても知らないぞ。
まず向かったのは自分のクラス。段ボール製のAAのかぶり物も子どもたちに大人気だ。
「伴と青山さんは田宮を生け贄にして仲良く文化祭デートか。片山さんにバレないようにやれよ」
なんか当たり前のように俺が二股をかけているようになってきてるな。どちらとも付き合ってないんだけど。
「いや、そういうんじゃ」
「青春してるでしょ。いいでしょ」
遙香の言葉に遮られた。ちょっとそれっぽいけど否定してくれないかな。お前のファン多いんだよ。
「で、何か見たい出し物とかあるのか?」
「えーと、そうね。体育館での軽音部の演奏も見たいし、第二グラウンドで運動部が色々やってるのもいいわね……。あ、理科部!」
家庭科部と並んで飲食店を許されているところであえて理科部を選ぶとは、なかなか見る目があるな。
「まっず!! 何これめちゃくちゃまずいんだけと!!」
理科部で謎の炭酸飲料を飲んで、笑い転げる遙香。透明感があって輪切りレモンが浮かべてあって、いかにも写真映えしそうなのに、笑うほどまずいのか。
「じゃあ俺は、『紫とも灰色とも言えない、形容しがたい色の濁ったソーダ』で」
商品名もひどい。ちなみに遙香が頼んだのは『写真映えだけはするソーダ』だった。味に関しては俺のが当たりだったようだ。若干どろっとした感触とざらついた感触が喉に残るが、味はいい。炭酸も良いアクセントになっている。見た目は最低だけど。
「大のジュース、ちょっともらうわよ」
俺の手から濁ったソーダを取って飲むと、またギャップに笑う。それはそうと、男子たちの目が怖いから、目立った行動は控えてほしい。俺は遙香の手から戻ってきたジュースを一気に飲み干し、理科部からやや早足で立ち去った。
軽音部は見に行くと時間がかかるので昼休憩に見に行くことにして、AAに戻ると田宮と交代する。なんだかんだ言いながら、ちゃんと出来ていたようで安心だ。俺もミスしないようにしないとな。
AAに乗り込むと、勝手な行動に出た遙香が長谷川さんに小言を言われているのが見える。いつものことだが、長谷川さんも少し場の空気を読んでもらいたい。そう思いながらコクピット内の別のモニターを確認すると、なにやら受付付近で5人組の男たちが警備員と教師たちを相手にもみ合いになっている。男たちは皆、文化祭シーズンには必要ないほどの厚着で、サングラスをしている。この男たちを見た人は全員が直感的にヤバいと思うだろう。俺もまさにその一人だった。
そして次の瞬間、一人が隙を突いて走り出した。男が一直線に向かうのは遙香。手には包丁を持っているのが、はっきりとカメラに映っていた。
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