第18話 祭のあと

 遙香に向かって走る男だが、元々少し離れていたため、まだ距離がある。しかし包丁を持っているため、誰も手を出せない。AAならこちらは無傷で止められるが、包丁を持つ男に対して最悪の事態になりかねない。どうする、考えている暇はない。

 俺はレバーを操作すると、赤はブルーシートのマントを引きちぎり、足下まで来た男の目の前に広げた。突然巨人が目の前でブルーシートを広げたものだから、男は対応できるはずもなく派手に転び、あっさり体育教師に取り押さえられた。転んだときに包丁で自爆しなくて良かったと胸をなで下ろす。遙香と長谷川さんまで、あと20mといったところだった。

 残るは4人。バラバラに逃げられると面倒だ。幸い揉み合いになっていたので簡単には逃げられそうにないが、念のため今日唯一の出入り口である正門を塞ぐように移動する。手の空いた教員が避難誘導をしてくれているため、人が少なくて非常に動きやすい。

「さて、逃げ道は塞いだけど、どうするか。人間相手に派手に立ち回るわけにもいかないし」

「大、これでとりあえずなんとかするか」

 混乱の中で青に乗り込んだ田宮が引きちぎれたブルーシートの残りを広げて、周囲から見えないように配慮する。俺の乗る赤は正門前に駐機させたので、ドローンでも飛ばされない限り校外からは何があったのかはわからないだろう。

 周囲をブルーシートで覆われて、なおも喚いている残る4人の言葉を拾ってようやく理解した。今回狙われたのは長谷川さんだった。

 彼らによると、実はAAが日本が秘密裏に造っており、我が校はパイロット養成所で、将来ある若者を戦争に使おうとしているということだ。そこで、局のメンバーである長谷川さんを襲おうとした。つまり彼らは陰謀論者であり、思い込みのみで動いてしまったわけだ。馬鹿だなあ、現代にAAを作る技術なんかないのに。

 田宮が彼らをAAの腕で囲むと、途端に静かになる。そして警察が到着。ご苦労様です。


 ……ご苦労様なんて言っている場合じゃなかった。事情聴取で先生と警備員数名に俺まで警察に行くことになるとは。遙香と長谷川さんは狙われただけで無事だったので、とりあえず問題なしと判断された。田宮、遙香、AAのことは頼んだ。おい、俺を拍手で送り出すのはやめてくれ。なんだか恥ずかしい。

 警察署ではほぼ先生たちが受け答えしてくれたので、俺はただAAの中でどのように判断して動いたのかとか、そんな話だけをしていた。俺は最後に制止しただけで、揉み合いになっていたのは先生なので、それは至極当たり前だ。しかしこのような事件ともなると、聴取は時間がかかるものなんだな。自転車が盗まれて盗難届を出すのとはわけが違う。しかも、後半は警察官からAAについて個人的な興味で質問攻めだし。そういうのは未来人の屋形に聞いてほしい。俺は現代人なんだ。

 そんなこんなで、俺だけ先に解放されてパトカーで学校に送ってもらうと、文化祭は終わっていた。一般客は残っておらず、生徒は後片付けの最中だ。みんなが仕事をしている中で後から現れるというのは、サボってしまったようで申し訳ない気持ちになるのはなぜだろう。

 夕日に照らされたAAが2機、校舎に影を伸ばしている。俺はポンと赤の脚を叩き、お疲れ様とつぶやいた。


「お、戻ってきたか」

 AAにもたれて黄昏れていると、担任に声をかけられる。あの後は一般客を入れないよう制限して文化祭は続行し、無事終了したとのこと。文化祭が終わる頃に俺が警察を出たと聞いたので、ゆっくり片付けをしてみんなで待っていたらしい。帰ってくれていいのになぁ。

 教室に入り、席に着くとホームルームが始まる。今回の事件もそうだが、何よりも文化祭自体は事件を含めてAA中心に盛り上がったということで一般客に好評だったと聞いた。SNSでは防げた事件ではないかとか色々議論が交わされているようだけど、拡散された動画やニュースサイトには好意的なコメントが多くついているので、学校側も生徒会含む実行委員も、今日のために来てくれた警備会社の人たちも救われると思う。

「で、伴と青島」

「「はい」」

 いきなり名指しだ。

「建物は違うとは聞いているが、一応同居してるんだから、まあ、今日のことで若さに任せて盛り上がらないように」

 担任が話にオチを付けて俺のクラスは解散となった。


「夜の移動まで暇だなあ」

「そうね、ほんの少し前まで賑やかだったのが嘘みたい」

 俺と遙香はAAを役場に戻す深夜まで自宅待機だ。あとで形原さんと富士見さんが迎えに来て、学校にAAを取りに行くことになっている。とはいえ、実際は俺と田宮で動かすことになっている。遙香は家で寝ていろということだったのだが、未だ落ち着けずに俺の部屋にいる。普段奔放に振る舞っているが、遙香も普通の女子だ。

「ねえ、なんであんた、私より経験少ないのにあんなに動かせるのよ」

「これもロボットへの愛だな」

「何よそれ」

 遙香は小さく笑う。

「あのね、結果的に狙われていたのは長谷川さんだったし、あの人は咄嗟に私を庇ってくれてたのよ。でも、もう駄目だなーって思ったの。長谷川さん共々刺されるか、私だけ刺されるかって。足がね、動かなかったの。駄目ね、こういうときに動けなくて、何が軍人志望だか」

「そりゃ、あの状況だとな。ビビって足もすくむよな」

「でもね、私よりも経験の少ないあんたが、まさかあの短時間でほぼ最適解みたいな動きで助けてくれたなんてね」

 伸びをし、続ける。

「悔しいなあ。私だったらどうしてたかな。犯人を潰しちゃってたかも知れないし、運任せで蹴飛ばしてたかも。本当に悔しい」

「でもね、ありがと……」

 遙香は少しだけ俺から目線をそらし、照れくさそうにそう言った。俺も照れくさくなり、会話が続かない。


「今日は疲れたわね」

 遙香は俺の横に座り直し、ためらいがちに肩に頭を乗せてくる。

「ごめん、笑美。少しだけ、大を借りるわね」

 そう言って目を閉じた。もうほとんど秋の虫も鳴かなくなった静かな夜に、遙香の頭を撫でたりするわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていった。

 笑美の俺への気持ちはわかっている。だからこそ、笑美はきっと、今だけは仕方ないと遙香を許す気がする。だから俺も、迎えが来る時間まで遙香を甘やかすことにする。結局俺も笑美に甘えてるな。

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2024年9月20日 18:00

遙かな未来の落とし物 ヤマグチケン @kin-kuro

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