第11話 落とし物、もうひとつ

 始業式が終わって、制服から私服に着替える。まだまだ暑いこの時期、ジャージ素材のハーフパンツにメッシュTシャツだ。まるでスポーツするような格好だが、昼食のあとはAAの操縦という仕事に出勤なのだ。というのも、大量の教科書がギリギリ夏休み中に間に合わず、今日遙香と長谷川さんは取扱店へ取りに行くらしい。きっと400年も未来から来た遙香は、教科書までもが紙であることに驚くだろう。特にその重さに。まとめて持って帰るの重いんだよな、教科書。

 せっかく着替えたところだが、役場まで自転車に乗ると汗ばむ。しかし俺は出来る男なので、消臭スプレーと制汗スプレーを用意している。コクピットが汗臭いと遙香がうるさそうだからな。

 一漕ぎするたびに汗が落ち、自転車のフレームを濡らす。錆びないか心配なほどだ。まだまだ残暑は厳しい。

 汗だくで役場に着くと、ほぼ同時に笑美も来た。珍しい。

「お、いらっしゃいご両人」

 局長の形原さんだ。相変わらず暇そうにしているが、実際の所はどうなんだろう。

「今日はどこかの大学の研究室が来るんでしたっけ」

「そうそう。理系の小僧たちは絶対に喜ぶから、サービスしてやってくれ。もちろん、ちゃんと協力はしろよ」

 大雑把な打ち合わせのあと、コクピットに乗り込むとウォームアップがてらAAを動かすことにする。もう乗り降りも慣れたものだ。手早く起動させ、ゆっくりとペダルを踏み込む。ペダル操作に反応して立ち上がり、カメラに映る視界が高くなる。ガレージから数歩歩き、少ない通行人に手を振ろうとレバーを操作したそのときだった。

 ぐにゃりと後方カメラの視界が歪んだ気がした。とっさにAAを反転させ、再度前方カメラで確認するも、特に異常はない。当然、後方カメラももう問題はない。

「ガク、なんかおかしくなかったか?」

「はい、映像に乱れを確認しました。理論的に説明は出来ません。当機の機能は全て正常です」

 ガクもしっかりと現象を認識している。その声はいつも通りだが、いつもより応答が遅く感じた。

 俺がスピーカーでこの現象について外に問いかけるが、暇そうにしていた形原さんは気づいていなかったらしい。しかし富士見さんと笑美はしっかりと肉眼で確認していた。一瞬、空間が歪んで見えたのだと言う。

 AAを屈ませると富士見さんを手に乗せコクピットへ。狭いところに男二人で寿司詰めとは暑苦しいことこの上ないが、ガクに映像を再生してもらう。外部に出力するにも規格が合わないため、富士見さんはスマホで画面を録画する。

「なんだこれ……何度見てもあり得ない……」

 自分の目で見た現象を、何度も映像で確認する。熱のこもった顔の富士見さんに、分野はともなく、やはり本職の技術者なのだと痛感した。

 結局、それからは何も起こらず大学の研究室の人たちと解析にならない解析をして、形原さんの指示で動画は関係各所に送ることとなった。そして、念のためAAは我が家に移動させることとに。

 普段はあれだけやる気のなさそうな形原さんが、真面目に仕事をしているのを初めて見た。この時ばかりはかっこいい大人に見えた。笑美も、後から来た遙香も同じ意見だった。出来る大人はかっこいいのだ。


 その後、俺の自転車を積んでもらった局の車の先導で、AAを我が家のガレージに移動させる。日の落ちるのが早くなった道路に、AAの影が長く伸びていた。

 夏の終わりを感じながら帰宅すると、これからはいつも通りの時間だ。しかし何もなかったとは言え、あんな不可解な現象があった。考えながら夕食を食べていたら遙香にコロッケをひとつ取られた。くそ、不可解1号め……。

「なーに考え込んでるのよ、らしくないわね」

「お前も映像見ただろ? あんなの目の当たりにしたらな」

「私もよくわかんないままこの時代に来たし、あんたもよくわかんないまま受け入れて生活できてるでしょ。何もないならそれでいいのよ」

 恐ろしく楽天的な遙香は、教科書の量と重さに文句を言いながらも箸が止まらない。その姿のおかげで少し楽になった。そうだな、一介の高校生ごときが考えたって何もわからない。

 食後、自室に戻ると難しいことを考えるのはやめて、ベッドに倒れ込む。遙香のおかげで多少すっきりしたものの、もやもやした気持ちも残る。

 体を起こすと、裏の畑に行った。真っ暗な畑は害獣対策に申し訳程度のロープがある程度で、その一角に風景に不釣り合いなAAのガレージがある。スマホのライトで足下を照らしてガレージまでいくと、AAに乗り込む。そしてシステムを起動させ、ガクに命令する。

「このまま待機状態で、カメラの映像は全て保存しておいてくれ」

「了解。例の現象が再現した時のためですね」

 物わかりが良くて助かる。

「俺が考えても仕方ないけど、こういうことで頭のいい人たちのサポートができたらな」

 コクピットのシートに深く腰掛け、独りごちる。ガクは何も答えず、ただ周囲をモニタリングしている。俺はただ、コクピット内の全てのモニターを眺め続けていた。まあ、ガレージの中だから前方以外壁なんだけど。


 2時間ほどこうしていただろうか。スマホを見ると時計は21時半を過ぎている。風呂に入って寝るかと思ったその時だった。また、あの空間がぐにゃりと歪む現象が起きた。音もなく空間が歪むと同時に、ガクのシステムがダウンする。違う。AAそのもののシステムがダウンした。

「おい、ガク!」

 少し間を置いてシステムが自動で再起動をするが、エラー音らしき不快な電子音が響く。画面には初めて見るメッセージだ。

『AI is could not start』

 AIが起動できない? その後全てのモニターが消灯する。幸い、今使えないのはガクとモニターだけのようだ。しかし安心してはいられない。すぐに遙香に電話をかける。

「遙香、すぐ裏に来てくれ!」

「何よ、私はこれから動画を見るのよ。プレミア公開なのよ」

「そんなの後でいいだろ! 早く!」

 俺の声に異常を感じてくれたのか、すぐに出てきた。俺はモニターが使えないのでハッチを開いて外を確認。

「あの映像の現象が起きた。今はシステムが再起動してガクとモニターが使えない」

「それ、私が──」

 言い終わる前に、目の前の空間がさらに歪む。そして歪みから1機のAAが現れ、畑に落下。轟音とともに砂煙が上がった。


 砂煙が晴れると、空間の歪みはなくなっていた。そして倒れていたAAがよろよろと立ち上がる。こちらもガクのサポートなしのフルマニュアルで、しかもハッチ全開で立ち上がる。

 ……あれ? 目の前にいるのは、まさに今俺が乗っているのと同じ機体ではないか。強いて言うなら色が違う。肩の装甲が赤い。同型の56式トレーナーだ。

 あちらもモニターが死んでいるらしく、ハッチを開く。そしてパイロットが叫んだ。

「青島さんだよね!?」

 前のめりになり叫ぶと、誤操作したのかAAがバランスを崩す。俺は咄嗟にAAを走らせ遙香を庇い、もう1機のAAを背中で受け止める。練習していてよかった。

「あ、ありがと……」

「早く離れてくれ。こっちは初心者でフルマニュアルなんだ」

 遙香が離れると、倒れてきたAAをなんとか起こして話しかける。

「信じられないかも知れませんが、聞いてください。ここは2460年ではありません」

「は!?」

 うん、理解できないよな。俺も自分で何言ってんだって思う。

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