第8話 夢の続き

 遙香が風邪を引いた。症状はそんなに重くなさそうだが、治るまで寝ていてもらうことになった。思いっきり汗をかいてエアコンで汗冷えをしたのが原因だと考えている。未来人も現代人とやることは同じだな。なにかもっと、そういうのを防ぐ未来の知恵とかはないのだろうか。

 遙香には悪いが、俺はこの静かなうちに課題を進めなければ。夏休みは残り少ない。新学期早々怒られるわけにはいかないのだ。

 昼間から真面目に課題をこなしていると、長谷川さんから電話がかかってきた。

「大くん、遙香ちゃん動けないじゃない? そこでね、今だけ夢の続きを見てみない?」

 つまり、AAに乗らせてもらえると言うことだ。

「喜んで!」

 こうして俺は、課題を放り出して役場に向かったのだった。


「今回やってもらうのは、このAAをあなたの家に運んでもらうことよ」

「え? そんな操作したことないですけど」

「大丈夫。関係各所に巨大ロボット通りますって許可取ってるから。それに、AIがサポートしてくれるでしょ? ああ違う、AIが自律運転でね、あなたの家に行くのよ」

 なるほど、つまり移動の予定を組んでいたが、パイロットが風邪を引いたための代役か。そしてオートパイロットという建前の俺の訓練というわけだ。

「君は一度乗っているから、根拠はないけど大丈夫」

 なんとも情けない激励をしたこのおじさんは、未来技術保護局の局長、形原さんだ。前に乗った時に家まで迎えに来たのも、形原さんと長谷川さんだったな。

「でね、これを持って行ってほしいのだけど」

 渡されたのはボイスレコーダー。俺とガクのやりとりを録音したいのか。

「わかりました。やらせていただきます!」

 前回と同じ手順でコクピットに乗り込むと、AAを起動する。ガクに操作を教えてもらわず、ゆっくりだが前回の復習をかねて自分の操作で立ち上がらせる。多少もたついたが、無事に成功。

「お見事です、大さん。長谷川訓練生は2度目でこんなにスムースに立ち上がれませんでした」

「ありがとう。あとは俺が自分の操作で歩かせるだけ?」

「その通りです。バランスや子どもの飛び出しには私が細心の注意を払いますので、どうぞ操作してみてください」

 ええと、両足を制御するペダルをゆっくり交互に……。ブツブツと言いながらペダルを操作する。外から見るこのAAは、とてつもなく歩くのが下手だろう。

 慣れてくるとガクのサポートもあってか、うまく歩けている気がする。試しに歩道にいる親子連れに手を振ってみたりするが、画面越しに見える腕は自然な感じで動いている。精密な作業でなければ問題ないと確信した。これは面白い。

「大さんは操縦のセンスがあると思います」

 ガクからのお墨付きをもらった。これは嬉しい。しかし社交辞令として受け取っておこう。全てはサポートありきの動作なのだ。

 いい気分で操縦していると、先導する局の車がまっすぐ俺の家に向かっていないことに気づく。最初はガクのサイズを気にして広い道を選んでいたのかと思ったが、どうやらそうでもない。とは言え、なるべく広い道を選んでいるのは伝わってくる。

 到着したのはお寺だった。局の二人が住職を呼んでくると、AAと住職が並んで手を合わせているところをカメラに収める。次は小さな神社の鳥居の前でお辞儀をして撮影。公園の入り口で屈んで子どもを手に乗せて、田んぼの横で夕日を眺める等……。至る所で写真を撮って回って、最後は俺の家で完成したばかりのガレージ(屋根と壁だけのなにかとしか言えない)に入れて終了。

「助かったわ。日曜に資源回収でアルミ缶や段ボールがたくさん集まるから、AAをどかしてほしいって言われてて。ついでに良い写真も撮れたわ。もう私たち、未来技術保護局じゃないわね。観光課ね」

 長谷川さん投げやりにならないで。きっとそれっぽい仕事はこれから来ますよ。最近自衛隊の調査も来てない気がするけど、うん、きっとそろそろ民間企業とか……。


 今日の写真はさっそく役場にも共有されて、SNSで「巨大ロボットのいる町」という短い文章とともに投稿された。最も評価が高かったのは、住職と一緒に手を合わせている写真だった。シュール過ぎて面白いとは俺も思う。


 さて、せっかく我が家に置いてあるのに乗らないのは無作法というもの。翌日も畑の隅でAAを動かしてみる。と言っても道に出るわけにもいかないので、本当に畑仕事を手伝う程度だ。例えば、手のひらに乗せた肥料を盛大にばらまいてみたりとか、そんな感じだ。力加減も大分わかってきたぞ。

「頑張ってるじゃない。なかなかいい感じだと思うわ」

 突然の遙香だ。風邪は大したことなかったみたいだし、そりゃ出てくるか。AAで手を振り、スピーカーで答える。

「楽しいな、これ。他のこういうのわからんけど、思った通りに動いてくれるのマジですごい」

「ねえ、ところでさ、私のアイデンティティ、取らないでもらえる?」

 なるほど、未来人とは言え、AAがなければ俺と同い年のただの小娘。

「大丈夫。あくまでも遙香が動けないときの代理程度にしとくから」

「本当に頼むわよ。絶対に私よりうまく動かせるようになるんじゃないわよ」

 それは振りなのか。コソ練を続けて、もっとうまく操縦できるようになろうと心に誓った。

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