第7話 学校へ行こう!

 夏休みの学生を現実に引き戻す日、登校日。なぜこの暑いのに、峠越えありで1時間も自転車をこいで学校に行かなければならないのか。その真夏のたった1日。どうしても学校には行きたくない。小遣いをはたいてバス通学の笑美と楽をするか、節約して自転車で行くべきか。悩んでいると良い話が舞い込んできた。

「私も学校行く! この時代の普通の女子高生したいのよ!」

 その心意気やよし。しかし、それを決めるのはお前じゃない。お前は要望を出すだけだ。

「長谷川さんが学校に許可取ってくれたから、明日の登校日だけでも楽しむわよ!」

 長谷川さんもうまいことやったな。遙香から解放されたかったんだな。しかし、どうしてこう、どこもかしこもゆるいんだ。確かに未来過ぎてどうしてもしていいのかわからないのはそうなんだけど。

「というわけで、明日は長谷川さんの送迎で学校に行くから」

 そんなわけで、ついでに笑美も一緒に乗っていくことになった。行き先は同じだし合理的だ。


 俺たちを学校に送ると、長谷川さんはすぐに町役場に戻っていった。忙しいだろうに、帰りも迎えに来てくれるらしい。ありがたい。

 職員室に挨拶に行く遙香と別れ、俺と笑美は教室へと向かう。笑美とはクラスが違うので廊下で別れ、教室に入る。半月ほど会わなかっただけなのに、教室にもクラスメイトにも変な懐かしさがある。

「よう大、すっかり全国区の有名人だな!」

 挨拶もなしに突然話しかけてきた少しガタイの良い男子は、まだ登校してきていない隣の席に座った。

「おっす田宮。毎日大変だ。でもな、ほらこれ見てみろ。アレに乗らせてもらったんだぜ」

 うらやましかろう。俺は自慢げにスマホを見せる。アルバムは俺が乗ったときに撮った写真がずらりと並んでいる。

「つか、なんで連絡くれねぇんだよ。お前が乗るとこ見に行ったのに」

「急な話だったんだよ。それにこのクソ暑いのに、あの山を自転車で上りたいか?」

「くっそー、せめて親にイベントに連れてってもらえばよかった。こんな経験何回生まれ変わっても出来ねぇぞ」

 話していると隣の席の主が現れ、田宮は席を譲る。その後も男子に囲まれ、AAに乗った話などをしていると予鈴が鳴る。が、今年の登校日は少し違った。担任が来ることもなく、校内放送で体育館に集合と告げられた。


 体育館にクラスごとに並ぶと、教務主任のありがたいお話の後、校長直々に紹介され、いつもとは違う雰囲気の、すらりとスタイルの良い美少女が壇上に上がる。ピンと背筋を伸ばして歩く姿は、軍人として鍛えられていることを実感させられる。服装はTシャツに七分丈パンツだけど。

「みなさんおはようございまーす! ニュースで知ってるとは思いますけど、改めて青島遙香、マイナス400歳でーす! 夏休み中の登校日でまともな授業もないらしいけど、半日よろしくお願いしまーす!」

 その挨拶はもう持ちネタなんだな。アイドルか何かのつもりか。しかし体育館の中は温かい拍手と笑いに包まれている。先生方もこのイレギュラーを楽しんでいるようだ。

「おいなんだよあの子、テレビで見ても可愛かったけど、生で見るとすげぇかわいいじゃねぇか」

「紹介しろ」

「このままこの時代に居着いてほしい」

 俺と同じ列に男子たちの本気なのか冗談なのかわからない声が聞こえてくる。大丈夫だ。俺とつるんでいたら否応もなく絡んでくる。というか誰とでも絡むだろう。

「少し離れてますけど、是非岡ノ島町にAA……アドバンスアームを見に来てくださいね!」

 しっかり宣伝をするあたり、有名人の鑑だと思おう。


 体育館での緊急全校集会が終わると、当たり前のように俺のクラスの列にくっついて教室に移動する。せめて笑美の方に行ってくれないか。男女関係ない囲みが出来、その囲みが教室に移動する様はなんだか異様だ。

 教室に入ると、めんどくさそうに、だが少し楽しそうに担任が机と椅子を運び入れると、遙香は用意されたその席に座る。

「あー、伴の家に落ちてきた青島さんだ。見ての通り、普通の人間に代わりはないので、未来人だからと生体実験などしないように。じゃ、今日提出の課題を後ろから回して」

 なんかよくわからない冗談が飛び出したが、ここはスルーしよう。ほら、誰も笑ってない。

「で、今日は課題の提出がメインの日だが、まあこういうことなので、伴」

 突然の名指し。

「はーい」

「元気ねぇなぁ。夏バテか? この後部活のやつらもいるから、学校案内してやれ。どの部活も青島さんの見学はOKだそうだ」

「いや、なんで俺なんすか」

「お前が世話係って聞いたぞ。本人と、なんつったっけ、国の機関の人から」

 このおっさん、俺で楽しんでるのかやる気がないのかどっちだ。多分前者だ。しかしどうしたものか。世話係というワードで全員の目が俺に向いた。男子の目は、それはもううらやまけしからんと言った感じで、女子の目は色めきだっている。

 夏休み明けの提出物の確認や、その他連絡事項など担任の話が終わり解散。部活に行く生徒や、帰宅する生徒……うちのクラスは全員俺の所に集まるのだが。担任もだ。

「伴、あのロボットの写真あるんだろ。全部くれ」

 担任もこれだからな。仕方がないので秘蔵のコクピット写真などを提出する。

 しばらく人の山で動けないでいると、廊下からよく知った声だ。助けてくれ笑美。と思いきや、笑美は女子たちに連行されてしまう。なぜ。

「男子はロボットの話でもしてなさい!」


 落ち着いたところで俺と笑美、そして遙香は案内役を買って出た帰宅部男女数名を引き連れて、校内を練り歩く。楽しそうに話しながら歩く遙香は、俺にはないコミュ力を持ち合わせている。見習わなければ。

 まずは遙香の要望で体育館だ。先ほど入った体育館では、バレー部とバスケ部が練習しており、ボールの音が響いている。

「こんちはー」

 遙香が邪魔にならない程度に挨拶をして近づくと、女子バスケ部の顧問の先生が目を輝かせる。

「どう? ちょっと楽しんでいかない!? バスケは未来にもあるのかしら?」

「テレビで見てましたけど、スポーツはほとんどそのままですよ。強いて言うならVRやARの競技が増えたくらいで、やっぱりリアルなスポーツのが人気ですね」


 部員からシューズを借りると、ストレッチをしてコートに入る遙香。その後はもうすごかった。こいつ、身体能力高いんだな。男子に混ざってもそれなりに動けているし、詳しくない俺でも動きが綺麗だと思うほどだ。

 「バスケはそこそこやってたんですよ。だから最初に来たんです」

 はにかむ遙香の額には爽やかな汗が輝いていた。


 その後、文化系の部を回ってパソコン部を見てローテクだと困惑したり、漫研を俺の巣だと言ったり。失礼なやつだ。俺は帰宅部だ。

 外に出ると陸上部に。俺はウォータークーラーで喉を潤すと、遙香と陸上部の同級生に声をかけられる。悪い予感しかしない。

「大、2000m勝負よ!」

 ほらやっぱりこうなる。というのも、毎日自転車通学を片道1時間、それも峠越えありだ。それをしている俺は陸上部から目をつけられているのだ。そこでスポーツ万能らしい遙香が話を聞いてしまった。俺は漫然と自転車に乗っているだけなのに。

「じゃあ、勝った方がジュースおごりね!」

 お前、現代のお金どれだけもってるんだ?


 辛くも勝利したが、吐くかと思った。炎天下で持久走などするものではない。授業でもこんなに本気で走ったことないのに、ましてや体操服ですらないんだぞ。予想通りおごってもらえなかったが、もしかしてジュースと引き換えに負けておけば良かったのか?

 ニコニコと笑い、お疲れ様と笑美から差し出される水筒を力なく受け取り、お茶を少し口に含んで座り込む。その光景におしどり夫婦だとかいつも言われるやつが聞こえるが、まずは休ませてくれ。遙香も死にかけているじゃないか。そして、なぜか田宮がジュースをおごっている。勝ったんだから俺におごってくれよ。

「あー、くっそー。こっち来てから訓練してないもんなー。なまってるなぁ」

 チラチラとこっちを見るが、体育会系には付き合わないからな。俺はオタ活に忙しいのだ。

 死にかけていた俺と遙香が蘇生したのを見計らったかのように、長谷川さんが登場。

「遙香ちゃん、楽しんでるみたいね」

 やった、帰れる。そう思った瞬間、俺は男子数名に引きずられる。

「おい、今度は誰だ」

「見てたぞ。あのお姉さん朝もいたよな」

 未来技術保護局の局員だと説明すると、みんな納得してくれたが、納得してくれない。

「お前には片山さんがいるだろ? どういうことか説明しろ」

 俺が納得いかない。

「別に笑美と付き合ってるわけでもないし、遙香はただの居候だ。なんで詰められるんだよ」

「「「居候!?」」」

 しまった。うっかり火に油を注いでしまったようだ。

「田舎なめんなよ。無駄に広い土地に家が2軒あって、遙香が住んでるのはじいさんたちの住んでる方だ」

 現実はそんなに甘くないと説明すること数分、男子たちはラッキースケベのひとつも望めないことにがっかりしていた。しかし女子はそうはいかない。男子の騒ぎを聞きつけて俺に詰め寄る。待ってくれ。俺と笑美はそういうのではないと1年の時からずっと言ってるし、遙香とも何もない。というか、なんで遙香はニヤニヤしながらこっち見てんだ。かくなる上は──。

「長谷川さん、そろそろ帰らないとまずいですよね!」

「そうね、車の中で詳しく聞かせてもらおうかしら」

 やぶ蛇だ。長谷川さんと遙香が、女子たちに詰められておどおどする笑美とぐったりする俺を局のミニバンに押し込む。

「悪いな、このミニバン4人乗りなんだ」

 ドアを閉めるとどう見ても4人以上乗れるミニバンは走り出す。


「私は勉強漬けで青春なんて縁がなかったのに、なによあんたたち……」

 帰りの車中は、終始長谷川さんから漏れ出る黒いオーラがただよっていた。

 

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